1匹から取れる量は少ないお肉
「ふっ!」
吐き出した息とともに繰り出した蹴りが岩トカゲを地面に転がす。固い外殻ごと背骨を粉砕された岩トカゲは立ち上がれず追撃の鉄棒で頭部に致命打を受けてただの肉塊となった。
アイシャは以前に来たことのある洞窟に今は1人で来ている。前までは森でやっていた鍛練も澱みの一件からはやり辛くなり、代わりの場所としてここを選んだのだ。ギルドが定期的に掃除に来ているここは魔物の数もそう多くなく、スキルポイント稼ぎには不人気のスポットでひと気はいつも少ない。
魔物の数が少ないというのは前回にクレールたちと来た時にも確認済みの事象ではあるが、先日アイシャが気まぐれに1人で来てみれば岩トカゲがわらわらと出てきてアイシャに襲いかかってきたのだ。入り口を入って少ししてから岩トカゲを返り討ちにしてひとつ目の広場に出た頃には10匹を数えていた。
前は折り返し地点まで進んだところでそこまで出会うこともなかったトカゲがこんなに湧いてきたのは何故なのか。クレールたちの怠慢という事はないだろう。
アイシャはその答えについてはおおよそ目星がついている。
(アミュレット“偽りの正義”のせいね)
あの影がアイシャにお守りとして渡したアミュレットがスキルカードの内容の偽装をしていたという事をマンティコアとの話で知ったばかりだが、果たしてそれだけで偽装として十分だろうか。
魔物はその内容を目で見て理解したりはしない。なのに格下にしか寄ってこない銀狐の魔物はアイシャを嬉々として襲いに来た。その事からして、このアミュレットは他者のアイシャ自身への認識に対しても偽装しているのだろう。だからこそサヤたちもベイルやバラダーたちでさえもアイシャを“弱い子”と認識して疑わない。
つまり前回には少なかった岩トカゲがこれだけ出てきてアイシャを襲うのはアイシャを格下と認定しているからだ。どんな生き物も生きるための食事のために襲うなら自分より強い者よりは弱い者を選ぶだろう。もちろん周りに強者しかいなければその限りではないだろうが。
「舐められてるってのは正直ムカつくけど、お陰で硬いあんたらで鍛えられるから良かったのかもね」
ずっとやってきた習慣だから、マンティコアに指摘されたところでやめようとはならなかった。筋トレも蹴りの練習も。
なのでこの冬休みは予定のない日についてはこの洞窟に入り浸っているアイシャ。気まぐれに食べてみたトカゲ肉は鶏肉みたいな味で濃厚。以来、おでん屋台のメニューには“肉串”が追加されているが、何の肉かは秘匿している。
アイシャは倒した魔物を素材として取っておくことが多い。割合としてはポイントとして捧げるものと半々といったところか。何かしらに使うことも出来るだろうと手元に残してしまう。
そして今日は少し奥の方まで行くつもりで予定は3泊4日だ。親には友達とお出かけという雑な設定を伝えているが、今さらアイシャの両親もそんなことを根掘り葉掘り聞いたりもせずに了承してくれている。元から自由な我が子があちこちで何かやらかしているのは周りから聞いて知っているのだ。ある意味で親の手を離れている。
「あれ? カンテラの灯がいつのまにか消えてる」
片手にしっぽ特殊警棒と片手にカンテラを持って飛び跳ねたり走ったり暴れたりしているうちにアイシャの持つカンテラはその火を消していた。
「じゃあなんでこんなに明るいのかな」
それでも洞窟の中を気づかずに歩いてこれたアイシャ。天井に裂け目があって光が射し込んでいるという事もなく、まるでアイシャがカンテラで照らしているかのようなあかり。
「まあ、いっか。猫なんかも普通に見えるっていうし」
決して猫ではないアホの子はカンテラをストレージにしまって、不思議体験だなあとあまり深くは考えることもなく歩き続けた。




