寒い冬に熱い出汁
「うぅ、さびいな。大将、大根とちくわくれ」
「へいらっしゃい! 大根と、ちくわね。はい、お待ちどうっ」
空には満天の星ではあるが、時折吹く風は冷たく夜道を歩く人たちの体温を奪っていく。
そんな冬のシャハルの街の大通りに赤い提灯を掲げた屋台がある。気まぐれ出店のその屋台はリアカーみたいな構造なのに誰もそれを引いている姿を見たものはない。いつの間にかそこに現れて暖かな空間を作っているのだ。
「大将、こっちには熱燗をくれ」
「へい、熱燗一本」
「こう寒くっちゃ門番なんてのもやってられねえなんて思ってたが、冷え切った身体に熱燗なんて覚えたらもうたまんねえな、これ」
「あー、あんた門番の。交代したところかい?」
「おうよ。ここんところの寒さがひでえだろ? 指の先までもう感覚がなくなるくらいよ。だからたまにこうして“おでんの屋台”を見つけたら熱燗引っ掛けてから帰るのが楽しみでな」
「それはご苦労様だね。それにしてもこのおでんていうのは熱くて美味いもんだな。大将、これはどこの国の食べ物なんだい?」
3人の客は頼んだおでんと熱燗で暖をとっている。おでん屋台に来る客はみな帰りが遅くなったり1人者だったりする人で、気軽に座れて食べられるあったかい料理がありがたいと常連になりつつある。
「それは秘密でさあ。ただこうして寒い夜には良いかなってやってみただけでさあね」
そのおでん屋台の主は分厚いジャケットに変なお面で顔を見せないという失礼なやつではあるが、屋台を覗いた客は目の前の暖かな空間にそんなことはどうでもよくなる。
「まあ、仮に魔族のメシだって言われても食うんだけどよ」
「このスジなんてのは良く煮込まれててうめえよ。何の肉かは全然答えてくれねえんだがな!」
「案外魔物の肉だとか? まあ美味いらしいから流通するなら売れるのかもな? せっかくのスキルポイントが惜しくないならだけど」
「魔石やらは魔族と交易があるみたいだけど肉は腐っちまうからって手に入らねえからな」
酒とおでん。体を温めてくれるその空間を提供する主が3人の客へと声を掛ける。
「門番さんたち、なんでこの国は魔族と敵対してるんで?」
「あん? 大将はそんなことも知らねえのか? そりゃあれよ、犬と猿みてえなもんで生まれつき合わねえのさ。あとはほれ、俺たち人間族が森の生き物追い出して街を作るのと一緒でお互いに領土を狙ってる。こればっかりはもう仕方ないよなあ。やるかやられるかだもんよ」
「それじゃあ領土拡大を除けばお互いに分かり合えるとか、そんな道もあるんでないかい?」
どうもこの屋台の主は争い事があまり好きではないらしい。
「大将は知らねえみたいだけどよ。昔、人間族はそういう道を模索したこともあるんだ。けど争いを避けるには弱い人間族は領土を明け渡して隷属されるしかなかった。そんな魔族の提案を拒み続けて今がある。対等の交渉さえ出来ないのが人間族で、ギリギリなんだよ本当のところは」
「ギリギリ?」
それはこの街に住んでいるだけでは到底考えつかないようなこと。どこを見てもちゃんと平和で人間たちの生活に不安はない。
「ギラヘリーで襲撃事件があったろ? なんとか凌いだらしいがどうも魔族領に何やら変化があったらしくてな。この寒さもその影響だとか噂されてる。来年がまた平和ならいいんだけどよ……」
そういえばベイルもそんな話をしていたかも知れない。来年、この屋台の店主は聖堂教育の最後の年である。それが終わればこの街この国で一人前として扱われるようになる。
「そういえば、前は卒業証書をもらいそびれたんだっけか」
青空のもと女の子と空を飛んだことのある店主の呟きは酔客たちには聞こえなかったみたいだ。




