アイシャのひ・み・つ
森の中にどの方角からもたどり着けない広場がある。そこはこの森に棲みついたマンティコアが亜神となったときに平穏に過ごせるように、と結界を作り外界とを遮断したからだ。
誰かさんのように昼寝をするマンティコアがその醜悪な顔でも気持ち良く寝ているのだなと思わせるような寝顔を無防備に晒していられるのもこの結界のおかげだ。
そんな結界を無視して侵入を果たし無防備な横っ腹にタックルをかましてきたヤツがいる。もちろんアイシャだ。
『何もかもを秘匿しておるではないか。自覚がないのか?』
「回りくどいのはもういいよ、はっきり教えてくんない?」
アイシャは小難しい話が続いてもうおねむだ。さっさと終わらせて寝てしまいたい衝動に駆られてる。
『誰に持たされたのかは想像つくが──そのお守り、お主の秘密を守るために持ち歩いているのではないのか』
「お守り? あー、このアミュレット? これは私の秘密兵器だよ。そんなご利益はないない」
『ふむ、見せてみよ』
アイシャは「はい」とマンティコアの顔の前に転がして、そばで退屈そうにしている。
『そのギルドカードとやらも見せてみよ。ああ、その前にお主自身で確認してからな』
「うん? まあいいけど──ってええっ⁉︎」
『ほう? 何かあったのか?』
マンティコアは期待通りのリアクションをとったアイシャにニンマリと笑って聞く。
「どどど、どういうことなのこれ⁉︎ 人面犬、あんた何か知ってるの⁉︎」
この世界に生まれてから1番の衝撃。アイシャは心臓がバクバクと鳴るのをうるさく感じている。
『知っているとも。娘よ、お主──あの者とどういった関係かの。そのお守りを渡したあやつよ。“偽りの正義”と名付けたそれはお主の失敗への皮肉と本来の効果のダブルミーニングだと笑っておったぞ』
「そそそ、そのせいで私がどれだけ悩んだか!」
『“彼、彼女が望むのが平穏なら争いからだけでも遠ざけてあげようと思った”らしいぞ。その結果、“偽りのステータス”に悩み足掻いて、この世界のギルドカードのシステムに慣れた人間が忘れた筋トレなんぞを繰り返し破格の強さを手にしたのだから、またも皮肉なものよな』
アイシャの頭には例の影が同じように口にしているのがリアルに想像出来る。
「これは筋トレのせいなのっ⁉︎」
『そうとも。多少なりの効果は皆あるだろうが、集中して鍛える者などいない。適性と職業に沿っていればそのギルドカードの恩恵でほどほどに成長するのがこの世界の人間族。誰も彼もが当たり前に生まれながらに魔力の補助で生きるところを肉体のみによって鍛え上げるとは』
みんなが電動アシスト自転車で登る坂道をひたすらママチャリで登り続けたようなアイシャ。そのくせちゃんと人並みの魔力も持ち合わせ、最近は澱みの魔力まで取り込んでいる。
『さて、そのステータスはどこまで開示するつもりかの』
「だ、誰にも! とりあえずそのお守り返して!」
(ステータスもそうだけど、ツリーもやばいけど……それよりも何よ、“女タラシ”って称号は!)
「私はっ、嘘に塗れて生きていくのっ! もうおやすみなさいっ!」
『望めば英雄にもなれように。まあ、そんな奴ならこの先つまらんだろう。我らとしてはそうだな──』
アイシャは既に天蓋付きベッドの中で寝息を立ててしまっている。
『これまで通りにやらかして喚き散らしてくれるほうが良いかの』
独り言はそれきりでやがてこの場には2つの寝息が聞こえるのみとなった。




