風になって
「下級職が出尽くしているなんていっても“お昼寝士”は無かったんでしょ? ならそれも元からどっかにあったんじゃない?」
アイシャは自分のことを例に挙げてうやむやにしたいが、2人は魔弓術士という職業に興奮していてまともに聞いていない。
「魔族のワザを職業化できる。もしそうだとしたらこれはとんでもない結果をもたらしたのかも知れん」
フレッチャのギルドカードを手にワナワナ震えるモヒカンをアイシャは不思議そうに眺める。
「そもそもそれが目的だったんでしょ?」
震えるモヒカンはくわっと目を見開いて「そんなわけあるかっ」とアイシャに唾を飛ばしてまた震える。
「あわよくばエルフの弓のワザを手に入れられたらなどとは思っていたのはそうだが、まさか職業を、技能をこんな形で手にするとは」
「だからぁ、それが目的なんでしょ?」
「アイシャ、違うんだよ。微妙に違って全く異なるんだよ」
「フレッチャの言う通りだ。いや、スキルツリーを解放したフレッチャだからこその実感といえるだろう」
アイシャにはまだ分からない。何をこの2人は興奮しているのか。
「スキルツリーに出来たと言うことはシステム化したということだ。誰でもポイントと引き換えに習得できるものへと変化させた。フレッチャは、これからひとつもふたつも、上の弓術士になれる」
なるほど、とアイシャは思い、自分のお昼寝士以外のスキルツリーは絶対に他人に見せないと心に決めた。アミュレットを作ったり、フレッチャの弓を作り上げたことで“森人の武具職人”なんてのが解放されてスキルツリーも専用のものが出来ているなんて知られたら面倒なことこの上ない。
「この弓を使うと自然に魔力を武器に流せるようになったんだ。あれだけ苦労したはずなのに」
「そう、その弓なんだ。だから嬢ちゃん、その職人を是非とも──嬢ちゃん?」
“面倒くさい事になる”その確信はアイシャの移動速度をこれまでにないほどに高めた逃走行動へと昇華させた。
あまりの速さに森のエルフたちが風の精霊の到来かとざわついた程に。
『娘よ、お主はそんな理由で我の寝床を見つけてやってきたというのか?』
「そんな理由とか言うけど絶対あんたたちのせいでしょ」
『それ以前より兆候はあったであろう。そもそものお主の適性とやらからして』
「まあ、それはそうだけど、人のせいにしてなきゃやってらんないよね」
『それで我らのせいにするというのも普通は面と向かってなど出来ぬがな』
マンティコアはそんなアイシャを眺めてご機嫌そうにしっぽを揺らしている。
『何でもかんでも隠したがるお主の事だ。その気持ちも分からんではない』
「うん? 私はそんなに秘密の多い女はやってないよ?」




