現れる闇
「あの中に大鬼がいた、だと?」
「ベイルさん、あれはデカいゴブリンというわけではないのですか?」
説明を聞いたベイルの驚きと説明したフレッチャの疑問。
「小鬼──ゴブリンなんてのはせいぜいそこのちんちくりんくらいのサイズが限度だと言われている。そんな2mを越すようなものは間違いなく大鬼──オーガだ」
ベイルは自分の身長よりも少し高いところを指し示して「これくらいのサイズだったか?」などと聞く。
「オーガって?」
「嬢ちゃんたちが知らないのも無理はない。その凶悪さと残忍さから多くの魔族に恐れられ狩られ続けた魔物。あれに理性や知性があれば亜神にも至るだろうと言われたほどの存在だ」
またしてもアイシャの知らない単語が出てきたが、それだけにあまり深掘りしたくないとアイシャは目を逸らす。
「狩られすぎて今はその数を極端に減らしてしまった魔物だ。それがなぜこんな何もない平原で──」
「それにはわたくしの方で説明しますわ」
「ん? あんたは馬車の乗員か?」
「ええ。わたくしはギラヘリーの街の街長の娘、リコ。鬼人族に街を襲われて父に逃されたところを見つかりあの様に襲われていたのです」
ベイルは馬車にリコたちを誘い事情を聞いている。迎えにきてくれた人たちは馬車から降りて歩きながら周りを警戒してくれている。
大鬼がまだいるかも知れないからだ。クレールなどはむしろ出会い活躍したがっているようでもあるが、残念ながらもうその機会は失われている。
「ギラヘリーが襲われていたのは小鬼たちに、と言う事なんですね?」
ベイルとリコの会話をサヤたちも同じ馬車で聞いているが、何となくリコの連れ3人の男が増えたのが嫌でアイシャは馬車の幌の上で寝そべり話を聞いている。目を閉じてはいるがお昼寝ではない。
「そうですね。父が言うには“鬼人族が使役している小鬼”ということでした」
「なるほど。では鬼人族から侵攻を受けているというのは事実だが、実際には小鬼に襲われていた、と」
「ええ。あれらも数が多いと難儀なもので。それに大鬼なんていうのも」
アイシャは話を聞いているうちにうとうととしてきて、そのまま眠ってしまう。あまり深入りするつもりもないんだから構わないやとそろそろ星が瞬き始めた空の下、意識を夢の中に沈めていった。
「アイシャちゃん、起きて起きて。着いたよ」
空はすでに地平へと消えていった太陽の名残が少しあるばかりで薄暗い夜の時間になっている。
「アイシャちゃん、明日はみんなで森の捜索らしいよ。なんでも大鬼が森にいないことを確認したいって」
「ふあぁ……探すって、そんなの聞けばすぐじゃん」
「聞く? ……おい、まさか」
ベイルは嫌な予感がして幌の上の寝ぼけているアホの子を見る。
「人面けーんっ!」
突然叫んだアイシャに隣街の街長の娘、リコも身体を跳ねさせて驚く。
「あんの、ばかっ!」
アイシャの叫びに薄暗い森の一帯がその明度を下げていく。
『我は人面犬などではないと何度言わせる。そろそろ撫でてやろうか?』
「相変わらずデカいね」
「こ、これは一体どういうこと、なのですか」
空の月を喰らったかのように覆い隠して降り立ったマンティコアを見たリコの供は3人とも腰が砕けて立たなくなりエルフは跪く。ベイルも片膝をついて頭をあげられない。
「お? シミができてるんじゃない?」
幌の上で高さが近くなったアイシャはマンティコアの顔のシミを見つけて指でツンツンしていた。




