大鬼が見たものは
たまたま、本当にたまたまでしかなかったが、運も実力のうちということだろう。
この空間は別に異次元でもバリアでもない。真っ暗にして外と内を分けるものでしかない。
そこに馬車を挟んで反対側で戦うみんながいて、弓を射かけるフレッチャがいる。その流れ矢が大鬼の耳にすっぽり入っても確率としてそこまであり得ないことではない。
けれど感覚的に隔絶されたこの狭い空間では、音も立てず突然現れた矢をかわせるわけもなく、大鬼は痛みと驚きに弾けるように跳んで後ずさった。
また目の前の小さな化け物が何かしたのかと訝しむ大鬼だが、ぐったりしたままのアイシャには意識があるのかすら怪しい。それでも──さっき苦し紛れかと思った行動が今の化け物へと変貌する前触れだったのだ。それが自身を追い詰めたのだから躊躇する。
ほんの少しだけ、そんな時間を経て大鬼はそうでなくとも目の前の餌を喰らわねばどちらにせよ死ぬ事になると思い直しステップを踏み近づく。
「かはっ──」
大鬼の躊躇したほんの少しの時間はアイシャが意識を取り戻し、己の体内の感覚にて戻ってきたそれを察知して発動させる。
「“ディルア”」
声としてはずいぶんと小さくか細いものだが、言葉にできた。
あのアミュレットはアイシャの“お守り”。アイシャに更なる力と守りを与える。
腕の力で勢いよく地面から抜け出したアイシャは、大鬼の蹴りなど飛び越えてその背後に着地する。
不意をつかれてもすぐさま振り向く大鬼が見たのは、あの化け物がその腕と脚に黒の縁取りの中に炎が揺らめくような紅を閉じ込めた装具を身につけた姿。
内包するエネルギーがどれほどのものか。大鬼はまたも躊躇い動きを止めてしまう。
「私は死ねないのよ。まだお昼寝神てやつになれてないからさ」
大鬼にその言葉が届いたかは分からない。一瞬の硬直の間に背丈の違うアイシャと同じ高さで目があったのが最期。
アイシャの得意の蹴りは少しの助走による跳躍から放たれ、大鬼の首を刈り取ってみせた。
「ああっ⁉︎ 死ぬかと思ったよ、マジで! 今回は。お腹の中がグッチャグチャな気がする。この大鬼は私の血肉になってもらわないと死ねる」
アイシャは銀狐を捧げた時に自身の負傷が回復するのを知っている。今回は素材としてなんて言う余裕なんかない。
「捧げる」
大鬼は光になってアイシャとギルドカードに吸い込まれていく。
「ああー、生き返るぅ」
大鬼を捧げたことによりアイシャのお腹の負傷はすっかり治ってその顔色も健康そのものだ。
プラネタリウムは解除の際に外と内でタイムラグがあり、内からの方が先に外を確認できる。アイシャは見つけた馬車の下に素早く滑り込んで身を隠す。
アイシャ不在の外の状況はすでに到着したベイルたちも参加していたようで、サヤたちの戦いも終わりを迎えようとしていた。




