大鬼を誘うデコイ
矢は最初の不意打ち以外は急所を外されている。魔術はそれが来ると分かってしまった後は小鬼たちも魔力を操って耐性を上げて
、今は嫌がらせくらいでしかない。ペチペチ当たるなま肉と同じだ。
「くぅっ、厳しいかも」
サヤとカチュワが押され気味だ。遠距離の2人が飛び込むわけにも行かず、まだ残る6匹を相手取っているのはサヤたちだけ。金的も警戒された内股の小鬼にサヤの華奢な蹴りは効果がないどころか、踏ん張りを失うたびに押される。
劣勢のまま危うい局面だが、突然小鬼たちの動きがぎこちなくなり、力が抜けたようになる。サヤはその瞬間を逃さず斬りつけて蹴飛ばし、カチュワも思い切り打ち払う。
「なんだか分からないけど、今のうちに体勢を立て直すよ!」
サヤが叫び、フレッチャとマイムも小鬼たちの後方へと回り込み今度は小鬼たちが囲まれる。
(やっぱり小鬼たちには呪い人形カーズくんは効果的面だわ。けどあいつは──どうなのかな)
横倒しの馬車の上で大きなクマのぬいぐるみを掲げるアイシャ。いつも通りに奇行をしているアイシャにみんな安心してしまうが、ヤツは違う。
アイシャの奇行を、その意味を見抜いて行動に出る。素早く的確な判断で。
「ゴオオオオオオオオッ」
サヤたちも小鬼も怯み竦むほどの雄叫びとともに、大きなヤツは小鬼たちを飛び越え、カチュワの亀甲の盾も足蹴にアイシャ目掛けて真っ直ぐに膝蹴りで襲った。
「アイシャっ!」
「アイシャちゃん!」
まともに目撃したフレッチャとマイムは叫び、攻撃を放つが慌てたそれは相手にかすることもなく通り過ぎていく。
(やっぱり効かない。それにしてもまさかあの距離を真っ直ぐくるとは思わなかったよ)
アイシャは掲げたカーズくんを盾にして大きな小鬼とともに馬車の向こうへと落ちていく。
──いるさ、大鬼も。そんなのが出てきたなら、どうなるか分かったものじゃない
行きの馬車の中でそう言ったベイルの顔は真剣そのものだった。
(どう見てもコイツがそうでしょ。こんなのとサヤちゃんたちを戦わせなくて済んでよかった)
膝蹴りで破裂したカーズくんをモロに浴びた大鬼は血に染まり臓物にまみれて醜悪さを増していく。
「えんがちょ」
「ゴオアッ!」
アホの子と魔物の間でコミュニケーションが取れたわけでもないだろうが、大鬼はたいそう怒っているようだ。
「くそっ! アイシャを助けたいのに小鬼が!」
「あたしたちは距離をとる。何匹かでも引き離せたらラッキー」
「カチュワちゃん大丈夫⁉︎」
「カチュワは平気なのです! サヤちゃんも、気をつけてなのですよ!」
カーズくんが壊れて小鬼たちにかかっていたプレッシャーも無くなったためにまた戦局は劣勢になる。
「アイシャちゃん──っ!」
「──“プラネタリウム”」
みんなからはまたも馬車の陰になれたことを確認してアイシャは大鬼と不可視の空間へと閉じこもった。
「“ディルア”」
唱えるもこちらは何も起こらない。
「これは連続使用が出来ない仕様なのかな。アップデートを求めるよ。──仕方ない」
アイシャは唸る大鬼に対し構えを取る。もはや完全に名前を忘れたそれは合気構えと呼ばれるものだが、ムエタイともごっちゃになった彼女には知ってもあまり意味のないことだ。
「始めようか、誰も求めていない真面目な闘いってやつを、さ」
「ゴウァ──ッ!」
守る闘いなら仕方なく全力だって出しもするが、アイシャはあくまでも自分は闘わず寝て過ごしたいと日々願っている“普通の女の子”のつもりだ。
今回もさっさと終わらせて帰りたいアイシャだが、その意に反してこの闘いは命懸けとなった。




