魔族の伝承のわざ
「急にそんな事言ったって無理でしょ? 明日には帰るんだしさ」
「1日2日延ばすくらいは構わんだろう。むしろこの提案は人間族の益となるものだと思っている」
「益? どういうことさ?」
「アイシャ、私がもしエルフの弓を習得したならそれは人間族側の戦力増強の足掛かりとなるんだ」
アイシャはベイルに聞いたはずなのに、答えたのは真剣な表情のフレッチャ。
「嬢ちゃんは職業は適性に縛られるわけではないのは分かったはずだな。俺のような半端者の存在も」
「もちろんだよ。私はお昼寝士しかやるつもりないけど」
「ブレねえな。まあ、その適性外の職種を選択した場合にコストが高いやら成長が遅いとかはあるが、もしその対象が適性にがっちりと合っていたらどうだ?」
ベイルの言うところはよく分かっていないアイシャだが、それでも想像出来ることはある。
「お昼寝士とがっちり……楽園ということね!」
「何を想像したのかわからんがまあ、近いんだろうな?」
「エルフは弓の名手だ。人間族がどんなに鍛えたところでエルフの平均より下だと言われている。それは彼らが魔術を併用する弓術士だからなんだよ」
「魔術を?」
「そうだ。さすがにフレッチャはもう分かるか。魔族は人間族よりも魔術の扱いに長けている。人間族はそれに対して適性職種に技能というシステムを授かったがその限界というのは魔族に及ばないのが現実だ。もともとの仕組みがちがう」
ベイルは「それでも一部の人間は才能や努力で到達したりもするが」と例外的に強くなれる人間族がいると補足をして続ける。
「魔族のそれは魔族の中でしか受け継がれていなくて未知のもののまんまなんだよ。もしエルフとの友好関係でそれを変えることが出来たら、教わることができたなら、弓術士はその先にいけるかも知れない」
「その先──」
「それが出来たなら人間族の職業ではない魔族のワザを併せた、言うなれば魔弓術士というものにでもなれるのかもな」
フレッチャはそんな事が出来るのかと希望と期待が膨らむのを感じる。
「そんな事が可能なの?」
「それをフレッチャに試してもらいてえって話だ。過去に公にそうした事をやった記録ってのはない」
「んん? ベイルさん、“公に”ってことは非公式なところでは実績があるってこと、ですか?」
フレッチャもアイシャもベイルがあえて強調した言葉に引っかかるものを覚えた。
「お前たちは知らないかもしれんが、人間族のうちでも何人かはそうして受け継いだ疑惑のある者がいるんだ」
「じゃあ試すこともなく実証されてんじゃん」
アイシャはてっきり人類初めての試みかと思ってワクワクしていたのがそうではないと言われてガッカリした風な口調。
「その何人かは全て“疑惑”でしかない。本人たちが秘匿したままだからだ。たいてい“修練の果てに身についた”と言うだけだ」
「じゃあその筋肉で締め上げてやればいいじゃない」
「んなことできるか。なにせその何人かってのは人間族の職業の中でも“神”と評される連中なんだからよ」
「神さま?」
「いや、そんな現実離れしたもんじゃねえ。とんでもなく強えってだけの人間ではある。剣士適性の“剣神”とか、な」
恐らくは先ほどベイルが口にした例外なのだろう。
「“お笑いの神”なんてのもある、とか?」
「ねえよ」
真面目な話に耐えきれずアイシャの限界が訪れてしまったために、あとはフレッチャが是非にと申し出て帰りの予定を2日先延ばしにするという話で締め括られて就寝の時間を迎えた。




