進化の道筋はひとつじゃない!
「森に着くまでに追いつかれるぞ、もうだめか⁉︎」
「馬をやられれば囲まれてしまう。切り抜けたとしてもその後続に囲まれてジリ貧だ」
「──こうなったら、3台ともやられるくらいなら」
「お、おいモブ1よ。まさか」
「ああ、モブ2。後のことは任せるぜ」
アイシャたちの馬車を守るように後方左右を走っていた馬車のひとつが覚悟を決めたようだ。
「アイシャちゃん、危ないよ」
馬車の後ろをカチュワの大楯が守っているために隙間から矢が入ってくるとはいえ無事で済んでいる。
そんな頑張るカチュワの後ろからアイシャは顔と手を覗かせてゴブリンたちを見ながらゴソゴソしている。
ガタンっと大きく揺れた馬車のそのタイミングに合わせてアイシャは盾によりみんなから見えない位置からストレージにあるものをひとつ地面に転がした。
「うおっ! 地面が荒れてるな……くっさ! 何だ今の臭いは」
「くっさ! 血のにおいみたいな……変なのでも踏んだのかな?」
「おいモブ1っ、あいつらがひっくり返ったぞ」
「なんだって?」
決死の覚悟を決めていた御者たちだが、後方でのゴブリンたちの動きに異変を感じ、彼らが囮作戦を実行に移すことはなかった。
「アイシャちゃん何してたの?」
「んー、ゴブリン見学?」
「カチュワのお尻を触ってたのです」
「あっ、それは言わない約束」
「そんな約束はしてないのです」
恥じらい抗議するカチュワとイタズラのバレたアイシャ。それでも本当の方のイタズラ──以前に作って臭すぎたためにストレージにしまいっぱなしになっていた“小型凝縮版呪い人形カーズくん”のことはバレずに済んだみたいだ。
あれにはアイシャとサヤの髪の毛しか入っていない。けれどその材料はゴブリンたちの遥か格上のコカトリスの中身。赤と黒のカオスなクマさんはその異臭だけでも魔物の馬を転倒させ、放つ悪臭に乗った魔除けの魔術はゴブリンに底知れぬ恐怖と嫌悪感を与える。
馬車は3台ともが無事にゴブリンを引き離し、ようやく逃れることに成功したようだ。
それを確認してアイシャは他に聞こえないよう小さく「“パージ”」と唱えた。
「うおっ⁉︎ なんか赤いのが飛んでたぞ」
「気のせいじゃない?」
弾けたぬいぐるみから飛び出したその“中身”は紅い花を咲かせてきっと今頃はゴブリンたちを真っ赤に染めているだろう。
「「女神様!」」
森にやっとの思いでたどり着いたアイシャたちはエルフたちの歓迎を受けて中へと通される。
「アイシャちゃん、フェルパちゃん! こんな大勢でどうされたのかしら?」
「ショブージくん、今はみんなを休ませてあげて。馬もケアしてくれると嬉しいかな」
「任せてくださいな。みんな! この人たちを助けてあげるのよ!」
アイシャは目の前でキビキビと指示を出すロリコンエルフのショブージに違和感を感じる。
「──ちょっと待って、ショブージくん。ショブージ“くん”だよね?」
「何を言っているのかしら? 聞かれるまでもなく俺はいつでもあなたの“しもべ”ですわよ!」
アイシャが話しかけるショブージは、確かに記憶にあるエルフのはずなのに、何処か違和感が拭えない。
「アイシャ、こいつは“飼い慣らされたロリコン”じゃなかったのか? これじゃまるで──」
「ベイルさん、みなまで言わないで。やっぱりボールがホームランしちゃってたのかも知れない。けど、まだ……まだ完全体じゃないはず。迷いが残ってるもの。三塁打くらいかも。今のうちならまだ……きっと」
「ロリコンにしたうえにお前は一体どれほどの罪を重ねるのか」
「平和ってなんだろうね──」
そこまで面倒見きれない。アイシャは意識を遠くに飛ばして現実逃避した。




