夏の屋台に向けて
季節は夏を迎える。この世界でもセミはいるらしく朝から賑やかだがそれも季節のものだとアイシャは別に嫌いではない。
春夏の聖堂教育もあと1ヶ月。そんな時期にこのお昼寝館にやってきた人物がいる。
「よお、嬢ちゃん」
「おお、筋肉モヒカン。じゃない、ベイルさんこんにちは」
「今、妙な呼び方だった気がするが」
アイシャはフルフル、と顔を横に振って否定する。
「まあ、いいやそれでだな、早速なんだが──」
「いやです」
「夏のプールでの屋台の許可は任せろ」
「用事はなに?」
「銀狐の調査なんて休みの日でいいのに」
「まあ、ほら。いつだったかお前を囮にするのは良くねえって言った手前、だな。平日なら他もいないからよ」
「それでマケリさんは分かるとして──」
「俺が同行してもおかしくなどないだろう」
「いや、澱みは解決したのにまだいるんだなって」
森に向かう馬車にはベイルとマケリ、それに国家治安維持局局長のバラダーが乗っている。
「前回はアイシャの潔白の証明だったじゃない?」
「そうだね、マケリさん。そもそもそれで終わったはずなのに」
「そのマケリに聞いたのだ。お前を囮にすればレアな銀狐の魔物が出てくる、と。オールEの使い道がこんなところにあるとはな」
「人道的にどうなんでしょーか?」
「生誕の儀をする前の幼児について言えば明確に禁止されている。しかしお前は法的にも問題ない。人道的にも、だ」
「きっと私の辞書と髭の辞書は違うものなのね」
「俺の辞書には人を“髭”呼ばわりするやつの人権は記されてないな」
「前回も思ったが、アイシャは本気で寝ているのか?」
「サヤちゃんたちの言うところではそうらしいですよ」
「まあ、さすがにあんなでももう14歳。布団をめくって確認ともいかんでしょう」
「まあ、どちらでもいい。要は本当に出てくるのか、だ。それが確認出来なければこの森が正常だと言い切れないからな」
以前に確認の取れたのはあくまで茶色い普段の狐のみだ。アイシャを囮にして銀狐が出てくるというのが以前にあるのならばそこまで含めてこの森の通常なのだ。
「来たようですよ」
「ああ、四つ足の足音だ」
「おい、銀狐というのはあれなのか?」
狐と言えばどんなに大きくても大型犬ほどであろう。実際そうだったのだ。マケリだってそれを知っている。
なのに3人の目の前に現れたのは体高が馬ほどもある真っ白な狐だ。風にたなびく毛が時折光を纏って銀色に輝く巨大な狐。
「あいつと居ると妙な物に出会うのか」
「局長、流石にあれは」
「助けねえと」
狐はアイシャの眠るベッドの天蓋のカーテンを押して中に顔を入れている。
「ああ、もちろんだ。いくぞ──」
バラダーが言う前に、3人の目の前でベッドと狐、そしてアイシャもその姿を消してしまった。




