青空の向こう
アイシャの手を引き後ろに退がるバラダー。盛りあがる澱みの正面にベイル。左後方にエルマーナが立ちはだかり構える。
「物理耐性強化。魔術耐性強化。魔術障壁展開」
「助かるぜ。まだ何もんかわかんねえが、どうにかはなるだろうよ」
「ベイル、絶対に通すな。俺もいざとなれば闘うが素手だ。あまり当てにするなよ」
バラダーも構えをとる。アイシャから見ても強者と分かるそれは今なお衰えぬように鍛錬を続ける男の姿である。
盛りあがる澱みはさらに高く伸びてやがて中空に天井でもあるかのように広がっていく。
「なんだあ、こりゃ⁉︎」
「こんなのっ……見たことないわよ」
やがて広がった端から地面にまで突き立った黒色の澱みはドーム状に4人を包み込んでしまう。
「おい、何も見えんぞ。全員無事か」
「ベイル、問題なし!」
「エルマーナ、問題なし!」
「アイシャは⁉︎」
「いるよー」
全員の安否が確認できて多少の落ち着きを取り戻した3人。アイシャは元からマイペースだ。何故ならまた“寝ずの番”が反応していないからだ。
やがてドームに光の点が現れる。1つ、2つと針で穴を開けたような小さなものだが、黒い世界に光の点が無数に広がっていく。
「おいおい何だこりゃ」
「ちょっと、気をつけて。あそこだけ違う」
エルマーナが注意喚起したあたりに光の点と点を結ぶ光の線が走っていく。
「まさか魔法陣でも出来るのか?」
バラダーも息を呑むそれはしかし陣などというものではなく、点と直線をいくつか繋げただけのものだった。
「あー」
アイシャひとりが納得した。地上から見上げてもそうはならないだろうけど、わざわざそこに見に行くとその視点は地上より遥か遠い大気圏外からと思われる。
つまり大気の影響のないそれを見上げることのがない、この世界の人たちには分からない闇と光の芸術。
(プラネタリウムだわ、これ)
その星の並びがこの世界のものと同じかどうかすら分からない。
(オリオン座にカシオペア座。あれは夏の大三角だったはず。ひときわ明るいあの星は──)
なんだったかとアイシャが見つめていた星は瞬く間に広がってその光量を増していき、もはや3人は目も開けていられない。
「み、みんな無事か」
「ええ、私は平気。でも眩しすぎて目が開けられないわ」
「ああ、俺もまだダメだな。嬢ちゃんも無事か?」
「うん。私は大丈夫」
そう、大丈夫。アイシャだけは目が眩むようなこともなくその一部始終を見ていた。
光は澱みを吸い上げて景色に青空を取り戻した後、そのままアイシャの小さな胸に溶け込むようにして消えていったのだ。




