今のままではダメだと思うんだ
「結局北門は封鎖されたまんまだったね」
「私はお昼寝出来れば何でもいいよ」
「もうー。でもみんなの訓練に付き合ってくれてたのは意外だったかな」
冬の休みは年明けまで続き、春までの短い期間を聖堂教育でその年の総まとめとして過ごすことになる。
その休みの間、サヤの誘いに付き合っていたのは機嫌を損ねるからだけではなかった。
「私もみんなの動きから得るものがあったと思うよ」
ただの少女観察である。
「お昼寝館は私の理想的なところではあるんだけど、なんだか最近は物足りない」
アイシャはひとり東屋の骨組みに足を引っ掛けて逆さまの体勢でぼやく。
ぐうっと折り曲げていき手で足にタッチする。その手の中にはアイシャの頭よりも大きな岩が握られている。なので正確にはタッチしているのは岩が足に、である。
「お昼寝にはベッド。枕にお布団、ぬいぐるみもある。足りないもの」
『女の子』
「ちがう」
ぐうっと折り曲げる。反動はつけないじっくりとした動きはかなりお腹に、胸に、腕にまでもくる。
ふと、今の自分のひとりごとの呟きを振り返り、その手の中にある岩をアイシャは思わず落としてしまった。
「いま、会話しなかった⁉︎」
けれどその声は聞こえなくなりアイシャは仕方なく岩を拾いに地面に降り立つ。
見渡す景色は雲に包まれている。いつか見たあの景色。
アイシャがゆっくり振り返ると、東屋のベンチに座って手にした本で顔を隠すようにして驚いている女の子がいた。『彼女』だ。
「──今回は、逃げない?」
アイシャは思わず前屈みに少し手を差し出すようにして言うと、『彼女』はコクコクと頷く。
「なんで──」
『引きこもってばかり、はさすがに悪いかなって思うようになって。』
会話が出来ている。
「あなたは、私が助けたかったあの女の子なんだね?」
『彼女』はコクコクと頷く。本人から聞いておきたかったことだ。
「そっか。そうなんだね。出てきてくれたのは、もう引きこもりはやめるの?」
『彼女』は残念ながらフルフルと首を振る。
『お昼寝、には抱き枕』
「いや、どういうことよ」
まるでそれが言いたくてきましたーっみたいな。そんな決意ある声音であった。
『人間、抱き枕』
「ただの願望じゃん……」
またも本で顔を隠して脚をパタパタさせて恥ずかしがる『彼女』
『私のお願い。“添い寝”』
「いやぁ、いきなり何言ってるのか」
すると『彼女』は手にしている本のページを見せてきた。
アイシャの間に飛び込んできたのは、いつかのマイムとの肌と肌の触れ合い100%な添い寝のイラスト。
「ちょっ! ええっ? 何それ──上手いし。描いたの?」
またコクコクと頷く『彼女』の顔ははっきりと視認できない。
「ほ、他のページも?」
それには本を裏返してもとの位置に戻した『彼女』は
『もっと沢山。たくさん描きたいな。だから、お願い、ね?』
「一方的に伝えて消えちゃうなんて」
アイシャは元の東屋におり、そこには当然『彼女』はおらず、足元の岩が冷たく鎮座するのみだ。
「じゃあ、私の思っている物足りなさも、その影響なのかな」
それはちょっとまずいなぁと思うアイシャだが、とりあえずは自主トレの続きに励んで頭から追い出すことにした。




