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SEASONS~桜~ 5

 私は駅前スーパーの朝市に行きたかっただけなのに。9時半開店に並んで、あわよくばお一人様1本の牛乳を一人ずつ確保出来たらなぁと思ってただけなのに。


「ま、待って!時間、時間チョーダイ!!俺着替えてないし、シャワーも浴びてない!松戸、シャワー借りる!10分で出るから!!」

「着替え貸すよ。昨日着てたのは洗うから。俺のじゃ丈が短いかもしれないけど」

「マジありがと!恩に着る!!」

「後でタオルと一緒に持って行くから」

 この時点で9時ジャスト。お前の入浴待ってたら開店に間に合わない。別にあんたがジャージ姿だろうとシャワー浴びてなかろうと私には全く影響ないから。しいて言うならば人間が一人増えるか増えないかで牛乳の収得率が変わるくらいだ。冷静に考えれば一人暮らしの食生活(たまに二人分)で牛乳3本を消費することなんてないわけだし、浅見いらなくない?だったら松戸と二人で朝市買い物デートしたい。甲斐甲斐しくタオルと着替えを用意してる松戸を連れ去って新婚さんごっこしたい。

 実際問題無理だけどね。こんなに嬉しそうな松戸を連れ出すのとか不可能だし。自分の服の中からどれが一番浅見に似合うかなんて真剣に悩んでる松戸の後ろ姿を見て無性に悲しくなり、苛立たしくなり、虚しくなった。

 松戸が浅見を大好き過ぎる。


 一時的に諦めよう。松戸が楽しいなら私も楽しいよ、理由は別として。

 ご飯は食べたかと聞けばまだだと答えたので、一旦自分の部屋に戻る。冷蔵庫の中身がほぼ空だったから朝食は良いやと何も準備していなかったけど、これが人のこととなれば話は別。自分のことは棚に上げているようでアレだが、食事は三食きちんと取って貰いたい。

 冷蔵庫の中身をかき集めた結果、ラップに包まれた玉ねぎ半分としなびた人参、マヨネーズ、おたふくソースが発掘されました。何これ寂しい。

 棚を漁ったら賞味期限ギリギリの食パン4枚とさきいか、柿ピー、以前貰った非常食用のツナ缶とサバ缶とサンマ缶があった。なんだろう、この酒の肴感溢れるストック。一応華の女子大生なのに女子力低い上におっさん臭いラインナップに愕然とした。

 買い物に行く前だからね、と自分を慰めながら材料を選んで調理に取りかかる。女子力云々を語るくらいならば好きな相手への手料理の一つや二つは軽くこなせなくてどうする。例え目の前にある材料が食用ガエルだったとしてもそれを感じさせない料理を作らねば。実際食用ガエルを調理したことも食したこともないが、今はそれどころではない。あの部屋で松戸と浅見を二人っきりにするなどと言う失態を二度と起こさないためにも、今一番必要なのは手早い調理だ。

 刻んだ玉ねぎをレンジで温めてからツナとマヨネーズと共に和え、食パンで挟めば単純明快なツナサンドの出来上がり。コンビニでこんなの売ってたよねと思いながら、トースターに入れる。ホットサンドにしとけば手抜きっぽさが半減されるのではという願望を交えたひと手間だ。

 料理の最大の決め手は愛情。

 松戸にだけ届きますように。浅見は何かに当たって腹痛になれ。

 私の料理の半分は愛情で出来ています。綺麗に半分こするから上手い具合に松戸に渡せば良い。強く念じながら食パンを真ん中で分けた。



 松戸の部屋に戻ると、ちょうどバスルームから出て来る奴と鉢合わせになった。よし、ギリギリ間に合った。

「キャッ!沙世ちゃん、見ないで!」

 金貰っても見ねーよ。別にすっぴんの女子でもあるまいし、風呂上がり見られたくないって言うなら風呂入んな。

 ご本人からのご希望なので視線を合わさず、軽く「ごめんなさい」と返事をして奥の部屋に進む。

「少しだけど食べて。何かお腹に入れないと」

 人のこと言えないだろって言われたら困るので私も食べましたよ。調理中にさきいか噛んでた。お腹は何となく膨らんだ気がしなくもない。

「作って来てくれたの?悪い、気使わせたみたいで……」

 恐縮する松戸にこちらも申し訳ない気持ちになる。少し前だったらありがとう、頂きますで食べてくれたのに、もう違うんだと心の変化を見せつけられた感じ。今日は特に気にしてるんだろう。後ろにいる奴のせいで。

「え、何?沙世ちゃん朝ご飯作ってくれたの!?」

 お前、さっき見ないでって言った口で早々に私の目の前に出て来るってどういう神経してるのさ。今とさっきで何が変わった?時計の針ぐらいしか変化が見えないんだけど。

 仕方ない。こいつをダシに使おう。

「別に普段なら作らないよ?だけど大の男が二人も揃ってスーパーでお腹鳴らしちゃったら恥ずかしいもん。その代わり、ご飯作ったんだから荷物持ちになってね」

 『松戸が特別なんじゃないよ』『浅見にも作ってあげたんだよ』『見返りが欲しいだけだよ』

 そんな風に匂わすだけで強張った顔が緩むなら、私はいくらでも嘘を吐くし隣に立つこの男だって利用する。

「冷めるから早く食べちゃって。朝市終わってたら許さないから」

 冷蔵庫の中が寂しいのはもうごめんだ。今度はもっとちゃんとした朝ご飯を作ってあげたい。

 次がいつ来るかわからないけど。


「ありがとう」

「いただきます!」

 たった4切れのホットサンドを嬉しそうに頬張る二人を見て、ほんの少し1mm程度だけ浅見に感謝した。凄く不本意だけど、こいつが一緒にいることで松戸が喜び、笑顔を見せる。

 私が松戸の心からの笑顔を見る為には、暫くこの浅見と言う男が必要なのかも知れない。考えるだけで泣きたくなる。

 監視を兼ねたこの微妙な知人関係を続けるべきか。わからないけど、今日の買い出しは米10kgとサラダ油を買うことは決定した。いっそミネラルウォーター1ケースも追加しようか。


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