SEASONS~桜~ 3
困ったことに三石さんの最寄り駅は私と正反対の場所にあった。予想は出来てたけど、彼女を一人で帰すのはとても申し訳ない。聞けばここからだと一時間弱かかると言うではないか。私は良い。駅二つ先かつ、駅からも徒歩5分のボロアパートは人通りの多い道路に面した位置にあるからどうにでもなる。
「三石さん、大丈夫?」
駅に着く頃には日付が変わっているであろう彼女の心配をすれば、隣に立っていた田山が彼女に訊ねる。
「どこ住み?同じ方面だったら送るよ」
私の中での田山の株が少し上昇。なんだ、ゲイだけど女の子の扱いを知ってる良いゲイじゃないか。因みに悪いゲイとは『泥棒猫』や『雌犬』などと言う暴言を吐き、『あいつの方がずっと綺麗だ』『お前の醜い顔なんて見たくない』と男を引き合いに出し、女の子を見下す輩のことを言う。学校の図書館の本参照。
三石さんが恥ずかしそうに駅名を告げると、隣駅だから一緒に帰ろうと良い笑顔を見せる田山。見た目も中身も好青年でポイント高し。とある理由で総合ポイントはマイナス値にあるのが残念でならない。
「それじゃあ三石さん、気を付けて。田山君、三石さんのこと宜しくね」
私はホームの向こう側に渡ります、と手を振り最後のご挨拶。三石さんとは連絡先交換したし、構内で顔を合わせられたら良いなと思っているが、田山とのお付き合いは考えさせて頂く。挨拶くらいは良いけどお友達としてはご遠慮願いたい。あちらさんも中学の同級生程度の知り合いなんて掃いて捨てるほどいるでしょ。
さようならと手を振りエスカレーターに足を乗せ、前を向く。……何故かすぐ後ろに気配を感じた。
「じゃあな」
ほんの少し低い位置から聞こえた挨拶は私にではなく階下の二人に向けられていた。
絶対振り向いてやるものか。
「沙世ちゃんは大学の最寄りと同じだよね。送ってく」
今から帰るとアパートに着くのは半を過ぎてしまう。予定では0時にはシャワーも済ませ、テレビの前でバラエティを見ているはずだったのに、少し狂ってしまった。
「一人暮らししてるのはアパート?夜道は危ないから近くまで一緒に行かせてくれない?」
こんなことなら録画予約をしておけば良かった。さっさと帰宅するつもりだったから油断してたのかも。今日のゲスト、芸人のアンジャージなんだよね。ネタやるってテレビ欄に書いてあったから、多分最初の方にやるんだろうなぁ。
「……ね、沙世ちゃん。無視しないで」
後ろから聞こえた声が、隣に移って来てる気がするけど気のせい。足早に歩いてるのに、優雅に歩いてきやがってる気配がするのも気のせい。
「俺沙世ちゃんに聞いて欲しいことがたくさんあるんだって!」
コンパスの違いに腹が立つのって同性同士だけじゃないのか。そう言えば、太っているときはあまり気が付かなかったけど、松戸って足が長いんだよね。だけど二人で歩いてる時はいつも私のペースに合わせてくれてて。それに気が付いた時また惚れ直したのは当然と言えよう。
「さっきの田山との話、聞いてた?もしかして勘違いさせちゃってるかもって考えたら怖くなって」
明日は久しぶりに松戸と食卓を囲む日だ。メニューは何にしよう。
別れてから一緒に食事をする回数はめっきり減った。これは私からの提案だった。友達に戻るのならば、以前のように過ごそうと。全くいなくなるのは嫌、だけど恋人同士だった頃と同じようにはいられない。それを明確に表すのが私たちの間では食事の回数だった。
週に二回。水曜日と土曜日の夕飯を一緒に取る。お昼は都合が合えば学食や、たまにお弁当を持ち寄って食べる。なんて健全なお友達。
この時期はキャベツとジャガイモが安いから、コロッケでも作ろうかな。
「あ、着いたよ」
冷蔵庫の中はほぼ空だけど、この時間だとスーパーはもう開いていない。確か今朝の新聞に朝市の広告が入ってた気がする。帰ったら再度チェックしなければ。
ホームに降りて周りを見る。やはり大学の最寄り駅と言うこともあり、乗る人はいても降りる人は少ない。どうせならこっちで飲み会すれば良かったのにと思ったが、幹事には幹事の考えがあったのだろう。タダ飯を頂きに行った身では文句も言えまい。
さあ帰ろう。
だけどその前に。
「ありがとう、もう大丈夫だから」
いい加減、お話は終わったの?
電車が行ったホームには駅員以外の姿がない。目の前にはベンチもあるが、話を長引かせる気はさらさらないので座らず彼の「さよなら」の言葉を待つ。
「沙世ちゃん……俺のこと嫌い?」
眉毛を八の字にし、なんとも情けない声を出して彼が聞く。好きとか嫌いとか以前に関心がない。
嘘。
関心は少しある。主に誰にちょっかい出されてて、誰とくっつく可能性が高いかと言う面だけでの関心。口が裂けても言えないけど。
「わかりません。だって私と浅見君って数えるほどしか話したことない気がします」
「うん、幼稚園と小学校の時は何回か言葉を交わしたけど、中学以降はほとんど接点がなかった。だから沙世ちゃんに嫌われる要素が思い当たらないんだ」
浅見が浅見である限り、私は奴を嫌うだろう。
あ、やっぱり私は浅見が嫌いなんだ。
「中学校くらいから、たまに見かける沙世ちゃんがとっても気になり出した。だけどそれに比例するように沙世ちゃんとの接点がなくなって行った」
変な所にいらない接点が増えて行ったけどね。
「大学の入学式で沙世ちゃんを見つけて、今度こそはと思ったらキャンパスが違った時には虚しかったよ。しかも変な連中が周りに増えて行ったし、最悪」
ゲームの舞台は大学だったから、入学した頃からいろんなフラグが乱立していたんでしょう。ご愁傷様、さっさと誰かに落ちれば良いと思うよ。
「やっと会えたと思えばなんでか沙世ちゃんに嫌われてるし……なんで?」
逆に訊こう。
お前は私に好かれる要素があるのか。
数えるほどしか会話をしていない相手が、自分を好きだと思う時点でお前はBLゲームの主人公なんだよ。誰にでも無条件で好かれると思うな、ボケ。
……駄目だ。今の私は僻んでいるだけの当て馬女だ。こんなんじゃ主役どころか、毒にも薬にもならない脇役にすらなれない。
帰ろう。
彼には悪いが、相手をする気力が今の私にはもうない。丁度電車がホームに入ってきたことだし、下車する人も少ないだろうけど小さな人の波に乗って改札を出てしまえ。
特徴的な声が電車の到着を告げ、ドアが開く。ホームの奥で誰かが降りた。
カバンからパスケースを取り出し、改札に向かおうとすると背後から声がした。
なんで奴じゃなくて、うちの隣人の声がするんだろう。




