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SEASONS~紅葉~ 16

 修也と二人で部屋に戻り、空になったマグカップを見て疲れが溢れ出てきた。ノタノタと動き、それを流しに運んでいると横から手が伸びて来た。

「洗っておくよ」

 出来た弟に甘えさせて貰い、夕飯のことを考える。あまり食欲がないので、修也には悪いが外食はパスだ。修也が一人で行くのが面倒なら、冷蔵庫にあるもので済ませよう。何があったか思い出せないポンコツ脳なので扉を開けて中身をチェック。

 するとすかさず修也が寄ってくる。

「冷凍ご飯と玉子とネギがあるから、おじやにでもする?」

 おじやくらいなら胃に入るが、仕事から帰って来た修也には物足りないメニューでしょうに。

「せめてチャーハンじゃない? ハムもあるよ」

「じゃあ俺はチャーハン。姉さんはおじや」

 二度手間にも程がある。

「作っとくから、お風呂行っておいでよ。時間かかるからお湯張っても良いよ」

「面倒だからいいや。修也君が入りたいなら用意するよ」

「俺も面倒だからシャワーで」

 姉弟揃ってズボラだこと。

 お言葉に甘え、部屋着を用意して脱衣所に向かった。




 滝行の真似事のように湯を頭から被り、今日の出来事を思い返す。午前中に会った芸能人や、里奈ちゃんや友人たちとのお喋りが遠い昔のようだ。

 学園祭ということを抜かしても、あれこれと起こるイベントのせいで目まぐるしい一日だった。


 なんで私がこんなに頑張る必要がある?

 『私』という自我が目覚めてから何回も何百回も抱いた疑問がまた沸き上がる。

 家族や友人のために動くことは悪いことじゃないけれど、ここまで他人のために動いて、私に返って来たものがいくつあったかな。見返りを求めて行動するなんて、褒められたことじゃないのはわかってる。お互い様の精神、情けは人の為ならずという言葉。全部を受け入れても、負の気持ちは止まらない。

 正の数×負の数は負の数なのだから、気持ちも同じでしょ。マイナスの感情が増えて行く。


 綺麗な思い出だった幼少期も、成長してしまえば色褪せるし蘇っても碌なことがない。

 本当は少しだけ、あの男の子が浅見だったのかなと考えたこともある。ずっと前から私のことが好きだったと言い続けるくらいだから、何か凄く大きな出来事があって忘れられないって言われた方が理解できた。

 大きくなったら結婚しようね、みたいな子供ならではの可愛い約束でもして、一緒にいられなくなることに悲観して飛び出した…… 少女漫画の過去回にありそうな、そんな話。まあ、同級生だし同じ小学校に進学したのだから違うことは知ってた。


 浅見の弟、浩人は兄のことが好きなんだろうか。詳しく覚えてはいないけど、あそこは正真正銘の実の兄弟だったはず。恋愛感情とは別の、大きな家族愛・兄弟愛が存在していて、弟が私を嫌っているのなら仕方がない。何がご不満なのかは知る由もないけれど、要らぬ誤解は私も御免だから修也にそれとなく説明して貰えたら助かる。


 ああ、とにかく疲れた。明日も学祭はあるというのに、全部を投げて寝てしまいたい。シフトが入っているし片付けだって丸投げは出来ないから行くけど、打ち上げはパス。今アルコールを摂取したら私は倒れるでしょう。

 眠いな、疲れたな。このままさっさと寝てしまいたいけど、修也がご飯を作ってくれてるんだからあとひと踏ん張りしよう。

 シャワーのお湯を止めて、考える。トリートメントしたっけ? わかんなくなっちゃったけど、もういいや。




「姉さん、ちゃんと温まった?」

 ドライヤーも使わず頭にタオルを巻いて出て来た私に、修也は眉をひそめた。

「お湯は沢山被った」

「その割に顔がまだ白いんだけど」

「冷え性だから」

 今に始まったことじゃないもの。お説教が始まりそうな予感がしたので、早々に卓につく。そこには湯気の立ったおじやが二つ。一種類だけならチャーハンにしておけば良かったのに。

「美味しそう。早く食べよう」

 まだ何か言いたげな修也を無理矢理にも着席をさせ、ご飯にする。

「いただきます」

 手を合わせ、修也の目を見れば観念したように頷く。

「いただきます」

 じゃあ、ご飯と共に会話の主導権を貰おうか。

「修也が私に会わせたかった友達って、浩人君?」

 今日は忙しかったのでね。疑問や問題点はさっさと片付けるよ。

 この質問に修也はすぐに答えてくれた。

「そう。姉さん、郁人さんのことは忘れてたけど浩人のことなら覚えてるかと思って。こっちに来るって言ってたから姉さんにも会う?って聞いたら会いたいって返事が来たんだ」

「えっ、会いたいって言ったの? 浩人君が?」

 あの反応、会いたいって顔じゃなかったぞ。

「姉さんにはよく遊んで貰ったし久しぶりに挨拶したいって。今日は郁人さんのことがあったし仕方ないね。これからは結構な頻度でこっちに来るらしいから、落ち着いたらご飯食べに行こうよ」

 頻繁に、って就活のためにだよね? 私の一個下でそんなに精力的に活動されると焦ってしまう。こっちは資金を集めることに必死な最中なのに。

「姉さんがお風呂に入ってる間に浩人から無事帰ったって電話来たよ。郁人さんは帰ってすぐに休んだみたい」

 帰路に着いたのなら良かった。浅見のあれは寝不足栄養不足なところに脂っこいものを食べたトリプルパンチだから胃薬飲んで寝れば良いと思う。あいつのことだから、学祭にはいくつもの恋愛ハプニング的なイベントを抱え込んでると見た。明日は休んだ方が身のためだよ。

「お大事にって伝えておいて」

「姉さんが直接言えば良いのに。電話したら喜ぶよ」

 休んでる人に電話はちょっと。それに

「私、浅見君の電話番号知らない」

 連絡手段の交換なんて必要がなかったから。今までは。

「そうなの!?」

 だって知らなくても困ることなんて一つもなかったし。ああでもメールアドレスは知られたか。勝手な想像だけど、知ったからって頻繁にメールを送ってくるとは思えないんだよね。馴れ馴れしいけどそこら辺はわきまえている気がする。浅見の中の線引きがどこにあるか不明。

「携帯あんまり使わないしね」

 これは本当。友達との待ち合わせやアルバイトでは必須だけど、移動や昼休みとかに弄る癖もないし、もっぱら紙の本を持ち歩いて時間を潰している。今は特に使用料がかかるようなことが出来ないのでこれも節約の一種。


「そうだ。一昨日、伯母さんから電話があったんだ。荷物を送りたいから都合のいい日を教えて欲しいって言ってた。あと、姉さんが良ければ携帯番号も」

「伯母さん? 私、電話番号教えてなかったかな?」

「ここの住所は渡したけど電話は忘れてたっぽい。この前の荷物も俺の電話番号が書かれてた」

 夏にお母さんの実家に帰ってから、祖母と伯母からは二回ほど荷物が届いた。帰省後すぐには夏野菜とレトルト食品の詰め合わせ。九月にはお米が10キロも。これが仕送りというものかと感動したのを覚えている。この間いただいたばかりなのに、また何か送ってくれるだなんて。申し訳なさを感じているけど、今はとてもありがたい。

「ごめんね、うっかりしてた。修也君から私の番号伝えてくれる?」

「いいけど、折角なら電話して姉さんから教えてあげてよ。ばあちゃんが声聞きたがってるみたいだから」

 お礼は修也がかけた電話を借りて伝えてたから、私から電話をしたことがない。確かにこれは不義理をしてしまってるな。

「ご飯の後におうちの方に電話します」

 眠いとか疲れたとか言ってられない。これは最優先事項だね。

「一緒にお礼を言います」

 つられて敬語になる修也。なんだかおかしくてお互いに顔を見てふき出した。

 大変だったけど、面倒事ややりたかったことが少しだけ片付いたので、今日はよしとしよう。




『沙世子ちゃん。もしかしてだけど、お金に困ってない?』


 食事後にかけた電話で伯母さんの心配そうな声で投下された爆弾で、心がまたかき乱されたけど。

 伯母様、もしかしてエスパーですか?


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