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SEASONS~紅葉~ 14


「……ごめんなさい」


 少しの沈黙のあと、なんとか絞り出したのは謝罪の言葉だった。

 全部を思い出したと言えば嘘になる。しかしこじ開けられた記憶の扉から、確かに覚えのある光景が見えて来た。鮮明ではないけれど、過去にあった出来事が蘇る。


「謝らないで。沙世ちゃんが悪いことなんて、一つもないから」

「だとしても、ごめん」


 今言える言葉がこれしか見つからないのだから、仕方がない。

 あの頃の私に代わって修也の面倒を見てくれていたのが浅見だったのか。たまたま一緒に遊んでいただけなのかとも考えたけど、小学生の頃に年下の友達を毎日のように送り届けてくれる子なんてそういない。間違いなく浅見の優しさからの行為。

 そりゃ、修也が懐くわけだ。


「今更だけど、ありがとう。あの時にちゃんとお礼も言えなくて……」

「こちらこそありがとう!」


 ごめん、という前に浅見が遮った。


「俺のこと、覚えてくれててありがとう。沙世ちゃんは俺のこと忘れてたんじゃなくて、わからなかったんだよね。変に過信して、自己紹介もしなくて本当にごめんなさい」


 頭を下げられてなんと返せばいいか戸惑う。もしも大学で浅見に再会した時、修也の友達であることと、先程の話をして貰えてたら知らない人として突っぱねることはしなかったかも。けどそれは今の私だから素直に浅見の話を聞けたのであって、浅見に対する嫌悪マックスだったあの時の私はどうだろう。知るか!って怒って走り去ってた可能性もある。もしもの話はしたってしょうがない。


「じゃあ、お互いに謝罪したってことで」


 思い出せなくてごめんなさい。

 言葉が足りなくてごめんなさい。


 何も解決はしていないけど、知らぬ間にこんがらがっていた記憶の紐が少しだけほどけた気がした。



 それから、少しだけ思い出話のすり合わせをした。

「幼稚園の記憶はある?」

「遠足とかおゆうぎ会のことはおぼろげに」

 動物園に行ったことは記憶していても、それがどこだったまでかはわからない。年少の頃にやったおゆうぎ会は忘れていても、年長で桃太郎の舞台をやったことは覚えてる。

「年長のクラスはなんだった?」

「すみれ組」

「俺はさくら組。一緒のクラスだった子は覚えてる?」

 幼稚園は縦割りクラスで、年齢関係なくクラス分けをされていた。さくら組とすみれ組とひまわり組とゆり組。浅見と修也は同じクラスだったと教えてくれた。

「男の子はあんまり覚えてない。女の子は何人か名前が分かる」

「そっか。同じ小学校に行く子も少なかったからね」

 幼稚園だと送迎バスもあり、学区関係なく通っている子が多かった。持ち上がりで一緒だった友達はほとんどいなくて寂しい思いをしたんだった。


「あ」


 そうだ。

「何か思い出した?」

「一緒に小学校に行けなかった男の子がいた」

「えっ」

 あの子の名前は何だっけ?

 卒園式の日に泣いて道路に飛び出してまで一緒に居たいと思ったあの友達。お母さんに凄く怒られて…… あれ。あの時はなんで助かったんだろう?

 友達の手を取って車道に飛び出して、私は車にはねられて、あの子は無事だった?

 いいや、違う違う。私ははねられてなんかいない。お母さんが咄嗟に投げたカバンがぶつかり、歩道で転んだんだった。あの子の手は、掴んでたっけ?


「ひろと君、だったかな」


 玄関が開く音がした。


「姉さん、ただいま! 郁人さん来てるの?」

 元気な声がする方向を見ると、修也ともう一人の男の人。一瞬、松戸かな? と思ったけれど全然違う。修也と同い年ぐらいのその人は、お邪魔しますと頭を下げてから私を見て、視線の先をすぐに浅見に移した。

 いつものことなので気にしない。

「おかえりなさい。お友達?」

 地元からこっちに出て来ていると話していた友達だろうか。修也が連絡もなしに人を家に連れてくるなんて珍しい。

「メールしたんだけど、見てない?」

「あれ、ごめんね。気付かなかった」

 鞄から携帯を取り出すと、確かにメールを受信していた。そこには『今から友達連れて帰っていい?』との文面が。

「郁人さんが居てくれてよかった。偶然だね」

 良かった、とは?

「姉さんは久しぶり過ぎて顔覚えてないかもしれないけど、浩人だよ。郁人さんの弟」


 ……まじで?


「兄貴、なんで」

「お前こそ」


 この空気知ってる。

 ご紹介を受けた浅見弟を見れば、浅見と見つめ合っている。私の視線に気づいたのか、ちらりとこちらに向けた目線は鋭い、冷たい、痛い。

 隠す気もなくなり、大きなため息を吐く。


 もしかしたら、私の淡い初恋の相手だったかもしれないひろと君。あの子と一緒に小学校に行けなかった理由は学区域が違ったからじゃない。一つ年下だったから、進学しようがなかったんだね。

 この記憶は仕舞ったままの方が幸せだったろうな。



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