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SEASONS~紅葉~ 11

 汐里さんに席を勧めて卓上の食べ物を一緒に減らしながら、なんてことのないお喋りをした。メイン会場の様子や構内で行われていたイベントについてなど。律さんは忙しくて学祭には来ないとのことだった。

「ゼミの発表は午後から?」

「うん。そろそろ戻るね、綿あめも店じまいしてると思うし」

 教授の提案でゼミの発表だけなら人も来ないので、ついでに簡単なものを売ってしまおうと数年前から始めたのが綿あめ販売だったとか。いつもは関係者の子供や一般のお客さんが買う程度だが、今年は例年の何十倍も売れてしまい昨日は開始二時間で終了したそうだ。

「誰とは言わないけど、積極的に綿あめ作ってたから。何の宣伝もしなかったんだけど、いっぱい人が来たよ」

「あー、そりゃあれだけ人が集まるよね」

「そうだと思った」

 納得の私たちと、一人首を傾げる里奈ちゃん。その手にある黄色い綿あめはまだ食べられていない。

「パイン味の綿あめは即完売だったよ。いつもだったらイチゴとかメロンが先に無くなるのに、って教授も驚いてた」

 貴重な物を本当にありがとう。真実は食べる前に教えるべきか、食べてから種明かしをした方がいいのか。保存の効かない食べ物だから、今日中に食べて欲しいな。

「じゃあ、私はこれで。いろいろとご馳走様でした」

「こちらこそありがとう。お使い立てしちゃってごめんね」

 バイバイと手を振り見送った後、店番や用事、友人との約束があるということで私たちも解散することにした。三人にお礼を言う里奈ちゃんに鈴原が爆弾を投下する。

「その綿あめ、もしかしたら沖君が作ったやつかもよ」

 知ってから食べる方が希少価値が増すでしょうという優しさ。伝えてくれてありがとう。私の教え子は本日二度目の声にならぬ叫びをあげました。



 こうなると学祭の見学なんてもう記憶から吹っ飛ぶよね。一応、敷地内や建物をぐるりと一周しながらサークルや学部のあれこれを話したけれど、そのうちの何が頭の中に残るかなんてわからない。しっかりしているし真面目な子だから私の説明はきちんと聞いてくれているので、なんだか悪いな~とこちらが思ってしまう。これが高校生なら気持ちを切り替えてと言うけど、大学受験はまだ先の中学生にはそこまで必要はないものね。

 時間も程いいところで、駅まで送り届けることが出来た。改札の前で別れの挨拶をする。

「先生、あのね」

「うん、どうしたの?」

 里奈ちゃんの手にはまだ食べられていない綿あめと、学祭のフリマで買った小物がある。その小物が入った紙袋を一つ、私に差し出してきた。

「今日は本当にありがとうございました。沖君のこと、びっくりしたけど嬉しかったよ。でも、それ以上に先生の大学に遊びに来れて楽しかった」

「もしかして、お礼?そんなのいいのに」

「お揃いで買ったの。今日の思い出にしたいから貰って!」

 受け取った袋から中身を取り出して見てみると、白猫のマスコットキーホルダーだった。里奈ちゃんの手には色違いの黒猫がいる。

「嬉しい、ありがとう。鍵に付けて持ち歩くね」

「私も!じゃあ、先生。また授業で」

「うん。またね」

 彼女の思い出には推しのアイドルだけではなく、私のことも入るのだと考えたら自然と笑みがこぼれていた。騒がしく落ち着きのない一日だったけど、何事もなく見送ることが出来て良かった。

 里奈ちゃんの背中が見えなくなってから、携帯電話を取り出した。サークルメンバーから『今日はもう撤収したので、帰って大丈夫』とメールが一通。もう一通は登録したばかりのアドレスから。

『今すぐ行きます』との返事。二時間前に送信されている。


 昼間、貰った手紙に書かれていたメアドにメールを送った。

『都合がつくなら、今日の夕方に駅前西口公園で。無理ならまた別の日に』

 用事はすぐに済ませないと気が済まない性格なので、その日のうちに片付くならばと思った。学祭の最中なので期待はしていなかったけど、わりに早い連絡だなと思った。しかし二時間前に公園に向かったとなると、とっくに到着している筈だ。せめて時間を確認してから動かないか?指定しなかった私が悪いのか。

 秋の深まる今日この頃。今の時刻は午後三時過ぎ。日が出ているとはいえ肌寒い風が吹いている。屋外で人を待たせている罪悪感から少し駆け足になって待ち合わせ場所に向かった。



 休日の公園は心なしか静かな空気が流れていた。東口に大きな市立公園があるため、こちらの公園は遊具もなく人の利用があまりない。平日はうちの学生が休んでいたり、近所の保育園の散歩ルートやお年寄りの憩いの場所になっているくらい。日も暮れかかる今の時間は用事でもなければ通り道に使う程度なのだ。だからここで会おうと思ったのに、そういう時に限って人はいる。

 公共の場だし誰がいたって構わない。ただし、私に関わりがない場合に限る。


 落ち葉に埋もれたベンチで居眠りする男と、その前にしゃがみ込んで顔を覗き込む男。

 起きてる男の理性が保たれない場合はあと数十秒でキスをかます。私は知ってる。そういうの教科書もといBL小説で読んだ。


 出来ることなら見て見ぬふりをしてこの場から立ち去りたい。それが出来ないのは私が待ち合わせをしていて、その相手があそこで寝こけてる男だからだ。

 声かけたくないなぁ。面倒だし、碌なことが起きないし。止めに入ったら噛みつかれるのは私だもん。嫌だけど、嫌なんだけど、それじゃあ何も解決しない。ここから二人の位置まで10mはない。起きろと念じて声を張る。


「浅見君」


 居眠り小僧は起きなかったけど、寝込みを襲おうとした男、石崎の動きは止まった。

「お前……なんで」

 なんでもかんでもございません。むしろこっちが聞きたいわ。大学の違うお前が何故ここに。百歩譲ってうちの学祭に来たとして、偶然ここに来て浅見に会うことってある?奇跡か、この世界にとっての必然か、考えると頭が痛い。

「浅見君と待ち合わせしてたの。石崎君は?」

「……二時に公園の前を通りかかった時にここに座っている浅見を見かけた。帰りにも同じ状態で、俯いていたから体調でも悪いんじゃないかと思って駆け寄ったら、真っ青な顔で寝てたんだよ」

 距離を取っているので浅見の顔色までは見れていないけど、やはり体調は思わしくないようだ。それでいてベンチで二時間近く座って待っていたとなると、流石の私も眉を曇らせる。

「こんな状態の浅見を一時間も待たせるなんて、良いご身分だな」

 勘違いが生じている気配を感じるけれど、この際気にしている暇はない。物凄く怖いけど二人に近づき、浅見の様子を伺う。近くで話をしている人間が居ても目が覚めないって、どれだけ調子が良くないのか。

 肩をゆすって起こそうかと手を伸ばすが、番犬・石崎の威圧で触れることは叶わない。

「触んな、どっかに消えろ」

「私が消えたら、石崎君は何をしてくれるの?浅見君の介抱?救急車の手配?私に何もするなというなら、とりあえず浅見君起こして体調を聞いてくれない?」

 さっきの体勢がキスではなく、状態確認だったとしたら勘違いしてごめんなさいね。口に出してはいないから、心の中だけで謝る。

「今するところだったんだよ」

 そうか、すまんよ。頼むね。一連の流れを隣で見させてもらうよ。万が一のために携帯は片手に持って、119番通報の準備もしておくね。


「郁人、郁人。大丈夫か?」

 両肩に手を置き、軽くポンポンと刺激を与えて声掛けをする石崎。昔習った救命講座で、意識ない人にはつねったり大きな声で声掛けをって言われたけど、この状況ではやり過ぎなのかな。現に浅見はすぐに目を覚ました。

「あっ……、やば、おれ、寝てた……」

「郁人、大丈夫か!?」

「え、なに、うっさ……あぁ、石崎?」

 寝起きでボケてるようだけど、反応はしっかりしている。

「お前ずっとここにいて動かなかったから、具合でも悪いのかと心配したんだぞ」

「寝不足で、ベンチに座ったら安心して、気付いたら寝てた」

 意識も問題ないようなので救急車は不要っぽい。良かったねで終われば助かるけど、石崎の怒りは収まっていない。

「郁人、うちに来いよ。疲れてるんなら休んでけ」

 体を支えてゆっくりと立ち上がらせようとする石崎の手を、浅見は気だるそうに払い除けた。

「行かねえし、石崎なんでいんの?俺、沙世ちゃんと……沙世ちゃんは!?」

 今頃名前を呼ばれましても。視界に入ってなかったのかな?さっきから腕組みしてあなたの斜め前にしましたよ。

「どうも」


 最後に会った時よりも頬のラインが細り、色白の肌が青白くなっている浅見の顔はインパクトが強かった。


「沙世ちゃん……」


 私を見上げるその目には涙が浮かんでいる。え、ごめん。私は感情が追い付かない。なんでそんな病的な顔になってるの?自惚れ女じゃないけど私が原因なの?と心配と不安が胸を渦巻いてる。上乗せで私に会って歓喜の目を向けられていることにも動揺が隠せない。待って欲しい。浅見にとって私って何?そこまで感情を揺さぶる存在なの?そんなバカな。

 石崎からの射貫かんばかりの視線と浅見からのどデカい感情に、刺殺と圧死で息絶えそうになる。ダブルの攻撃には耐えられない。


「浅見君立てる?歩ける?喋ること出来る?」


「立てる、歩ける、沙世ちゃんとなら喋れる」


 よし、口は回るな。ベンチからも立ち上がった。動けるならそれでよし。大丈夫、長距離を走れなんて言わないから。


「石崎君、ありがとう。私と浅見君はこれで失礼します。浅見君はしっかりと休ませますので、ではさようなら」


「はぁ!?」


 今日の私のキャパはとっくに超えてるの。浅見だけでもう十分。君の相手までしてらんない。


 言葉で説明するのも疲れたので、普段だったら絶対取らない行動に出る。

 浅見の手を取り、公園の出口へ。


「さ、さよちゃん!?」


 信号は青。車の停止を確認して、真っ直ぐ駅に向かう。目的はそこではなくて、別の場所。駅舎に入らず手前の道路で手を挙げた。黒い車のドアが開いたのでそこに浅見を押し込み、私も続く。

「どちら?」

 慣れた感じのドライバーに告げたのは、個人の住所。大した距離にならず、安い仕事で申し訳ない。

 ピンと来ていない浅見を横目にシートベルトを着用する。

 私のアパートの住所だと気付くこともなく、目的地まで終始無言で乗っていた。




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[一言] 続きが楽しみでしょうがないです。
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