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SEASONS~紅葉~ 10

 噂が広がるのは早いけれど、伝わり方はまちまちだ。

 面倒な仕事を終えたらさっさと退却すべきだと、里奈ちゃんを連れて中庭の休憩スペースに来たのが30分前。ついて来てくれた友人らがテーブルに沢山のご飯やスイーツを並べてくれたのが10分前。その間も里奈ちゃんは呆然としたり、早口で喋ったり、突然泣き出したりと忙しかった。

 教え子のあまりの状態に狼狽える私に対し、鈴原が


「推しを前にしたファンってこういうもんだからさ」


 と肩を叩いた。そういうものなの?

 太刀川と伊月が自分で買ってきたナポリタンや中華ちまき、どら焼きや串団子を次々と平らげていく。一応私たちの分もあるそうで、お礼を言って手を出したけどチョイスが王道から外れてる気がする。

「メイン会場で勧められるがまま買ってきた」

「緑茶とジャスミン茶とチャイと黒ウーロン茶とトウモロコシ茶買ってきたよ。教え子ちゃん、そろそろ喉枯れそうだから水分取りなよ」

「後半の飲み物の選び方、雑になってない?」

 里奈ちゃんは緑茶を受け取った。うん、それで良いと思う。私は黒ウーロン貰う。


「ごめんなさい、まさか本当に会えるとは思ってなくて」


 気持ちの整理が一旦ついたのか、私に頭を下げてくれた。


「謝らないで。こっちこそびっくりさせちゃってごめんね」

 こちらが狙ってやったこととは言え、タイミングが合えばラッキーぐらいのつもりだった。遠目か、横顔でも拝めたら儲けもんだなぁ、と。

 まさかあちらが里奈ちゃんに声をかけてくるとは思いもしなかった。


「そのウサギはライブグッズか何か?」


 伊月が質問する。沖智弘がお礼を言ってたってことは何か関係があるんでしょう。それを見て自分のファンだって気付いたっぽいし。ぬいぐるみにしては小さく、バッグチャームとしては少々大きい。なんの思い入れのない私からすると邪魔そうだなという感想が生まれる。


「ファンクラブ限定グッズの『ソラウサ』!結成5周年の時の記念アー写の衣装と同じのを着てて、この子は耳の色が沖君のメンバーカラーの黄色になってるの。カバンに付けて歩くと、白い毛が汚れちゃうから嫌なんだけど、今日は特別だから連れて来たの。そしたら……!!」


 おっと、またスイッチが入った。

 これはもう止めずにお喋りを聞いてた方が良いね。学祭どころじゃない大事件だもん。学校見においで~なんてのはただの息抜き目的だったんだから、それ以上の出来事が起きたなら水を差す必要はない。

 三人も里奈ちゃんの様子を微笑まし気に、楽しそうに相槌を打ってくれている。可愛いでしょう、この子。私の教え子なんですよ。


「先生、本当にありがとう!沖君が来るのわかって、呼んでくれたの?」


 うーん、なんと言うべきか。いくつかの偶然が重なって生じたことだから、知っていたけど私が手配したものではないから。私の手柄ではないんだよね。

 全部を説明するには話がまとまらない。わらしべ長者とも違うし、塞翁が馬という訳でもない。なんでこんな面倒なことになってるんだろう?


「偶然、沖君のゼミが今日の分の予約を入れてくれたから、もしかしたら沖君が取りに来るんじゃないかなって思ったから里奈ちゃんに早く来てもらったんだよ。確実に会えるって決まってなかったから言えなかったの」

「そうだったんだ。私びっくりし過ぎて全然覚えてないんだけど、先生と沖君が話してたから知り合いなのかなって思っちゃった」

 人間、予想外のことが起きると頭が真っ白になるよね。近くに居ても会話が耳に入って来ないのも、あるあるの一つかな。

「友達が沖君と同じゼミだって話をしてただけ。知り合いなんかじゃないよ、恐れ多いもん」

「山さん、里奈ちゃんに教えてもらうまで沖智弘のこと知らなかったもんね」

 太刀川の言葉にウンウンと周りも頷く。すみませんね、芸能界に疎くて。


「今めっちゃ友達に自慢したいけど、ソラビトの子たちには怖くて言えない……」

 もどかしい!と腕をぶんぶん振り回す里奈ちゃんに、わかる~と同意する鈴原。そうなの?と訊ねると、自分の嬉しい体験を伝えたい気持ちと、抜け駆けした、ズルいと悪感情を抱かれるのが怖いという気持ちがせめぎ合うのだとか。あ~、なんとなくわかるかも。友達から宝くじ一等当たった!って報告された時におめでとうって口では言うけど、自慢しに来ただけ?って眉を顰める感じかな。そんな体験は一度もないけれど。

 ちなみにソラビトは沖君のグループ『空色』のファンの総称だって。随分前に知識として得た。


「難しいよね。素直に良かったね~って言ってくれる人もいれば、なんであの子だけ……って陰でコソコソ言う人もいるし。別にうちの学祭はオープンだし、本人も在籍してることを公にしてる。誰が来たっていいのにね。そういう問題じゃないってなったらそこまでなんだけどさ」

 ファン心理を語る鈴原に、素朴な疑問をぶつけたのが伊月。

「事務所や本人が学祭に来るなってお触れを出してるなら駄目だけど、そういうのないんでしょ?何が問題なの?」

 芸能人が多い学校や若手俳優が所属する事務所によっては、タレントのプライベートへの接触禁止がルール化されているところもあるそうだ。私生活を追いかけまわされるのは嫌だという意見はごもっともだと思う。

 なんというか……と言葉にするのが難しそうな顔をしている里奈ちゃんの代わりに、鈴原が応えてくれる。

「駄目と言われてないと逆に難しいんだよ、線引きが。今日みたいな学祭がOKってなったら、じゃあ平日の大学の最寄り駅に行くのは大丈夫か?大学の前に行くまではセーフかも?敷地内はどう?ってエスカレートしちゃう。一人二人でも問題だけど、数が増して行けば加速は一気に進むと思うよ」

「なるほど……そうなると遅かれ早かれ注意されちゃう人が出てくるね」

「注意で済めばいいけど、事件事故が起きないとも限らないからファンは慎重になるんだよ」


 はあ、勉強になる。伊月も太刀川も知らない世界の話を聞いて興味津々と言った様子だ。

「里奈ちゃんみたいにたまたま出会えた人を知れば、偶然を装って会いに行っちゃえって思うファンも出るでしょ。思い出は心の中に仕舞って、ご家族にだけ話を聞いて貰えば良いんじゃないかな。今日のことは」

「あっ……はい!そうします。お母さんとお父さんにいっぱい話します」

 話を聞いてて、もしかして私って余計なお世話を焼いてしまったのかも、と心配になったけど鈴原が偶然を強調してくれたことで、里奈ちゃんも罪悪感をあまり抱かずに済みそうだ。持つべきものは界隈に造詣が深い友人だ。


「鈴原はアイドルファン周辺の事情に詳しいの?」

 丁寧に説明してくれることに伊月が問えば、それほどでもと返ってくる。

「ネットしてたりすると自然とそういう話も流れてくるんだよ。アイドルとか芸能人に限らず、割と身近にある話だと思うよ」


 ないよ、そんなの。


 って言いたいんだけど、なんか身に覚えのある話だなって考えながら聞いてたんだよ。


 一人の人間の周りに多くの人間が居て、中心人物と距離を詰めようとあの手この手を練っている。数が多いから一歩踏み出せばすぐバレるしとても目立つ。誰かが一歩出たら周りも一歩。更に一歩と進めれば良いけれど、膠着状態が続いた円では互いに睨みを利かせてた。

 それで円満に過ごせれば、アイドルのファンたちと同じ形に納まってたんだろうけど、この集団はファンでもないし、中心人物は一般人。

 何故か一般人は円から飛び出て、第三者に近付いたから周辺の人間は驚くし怒るし嫉妬もする。

 里奈ちゃんが危惧していることにちょっと似てるけど、この第三者は接近を望んでないし、誰に自慢する気もなかった。だって迷惑だから。

 でも傍から見たら『中心人物に勝手に近づいた、ルールも守れない無作法者』なんだよね、それ。


 納得いかねえ。


 客観視ではないけれど、よそ様からの自分への評価を遠回しに聞いたみたいで気分が萎える。いらんファンサのせいで立場が酷い。私、ファングッズのウサギとか持ってないよ。



 頭が痛くなってきた。糖分、糖分が欲しい。一気に疲労が襲って来る。

 テーブルの上のどら焼きに手を伸ばし、モソモソと食べていたら向かいからカラフルな雲が近付いてきているのがわかった。その雲はこちらに真っ直ぐ歩いている。もう数mのところで、雲の後ろの顔が見えた。


「汐里さん」


 雲の正体は彩り豊かな綿あめを両手いっぱいに持った汐里さんだった。


「サークルのお店の方に行ったら、沙世子さんはこっちにいるって教えて貰ったの。あの……ホットドッグの件、ごめんなさい」

「汐里さんは悪くないから気にしないで」

 むしろある種の被害者だと思って同情してたよ。

「これ、うちのゼミで売ってる綿あめなの。良かったら皆さんで食べて」

「えっ!嬉しいけど、お金払うよ?」

 準備の時点で聞いてたから、買いに行く気満々だったのに。ただの白い綿あめかと思いきや、ピンクや青や黄色、緑に紫とカラーバリエーションが豊富でとても可愛い。味もそれぞれ違うみたい。

「ゼミの学生がお世話になったんだから持って行きなさいって、うちの教授からなの。安いけど迷惑料代わり」

 あちらの教授はどこまで事態を把握してるのかな。玉子サンドの要求についてだけなら、綿あめ5つで許してくれって気持ちになるか。手間賃取ってる身としては十分なお礼だ。

「うちとしてはホットドッグ売れて助かったから全然いいんだけど、そういうことなら遠慮なく」

「山さんがOKなら私たちもありがたく頂戴します」

「やった!ありがとう、川園ゼミの綿あめでしょ?欲しかったけど、長蛇の列だから並ぶの断念したんだ」

 汐里さんの手からそれぞれの元に渡った綿あめ。ようやく手がフリーになった汐里さんは、肩にかけていたカバンから一枚のルーズリーフを取り出した。

「あと、沙世子さんに渡して欲しいって頼まれたの」


 予想の三倍以上も早く、返事がきた。

 沖智弘を伝書鳩として利用した私が自分を棚に上げて言うのもあれですが、汐里さんを使わないでよね。

 開いてみると、短い文章とメールアドレス。


『迷惑をかけてごめんなさい。そして、ありがとう。一度、会って貰えるなら嬉しいです』


 もしかしたら、はじめて浅見の書く文字を見たかもしれない。


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