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SEASONS~紅葉~ 8

 うちの大学の学祭、三季祭は11月の三日間で行われる。金曜日は学内向けの催しが多いけど、近隣住人やOBOGが集まるので平日であろうと関係なく人が集まっている。

 どんなに事前準備をしようとも当日にバタつくのは当たり前。周りのテントから叫びに似た大声が聞こえてきて、こちらもつられて慌ててしまう。建物と自分たちのブースを行き来していたら、あっという間に開場時間になっていた。


「始まる前にもう疲れた」

 ホットドッグを温める鉄板の前に陣取り、弱音を吐けば松戸が苦笑いを浮かべて頷く。人が入り始めたらあとは流れに身を任せるだけだ。接客と会計は一年と二年の仕事なのでその背中を見守っていればいい。

「修也君は来ないんだっけ」

「うん。仕事だからね。来たがってたけど、目新しいものもないし別に良いんじゃない?って言ったら拗ねてた」

 大学に進学せず働いている修也にとっては大学は未知の世界でしょう。遊びに来て欲しい気持ちは少しあるけど、大学で勝手気ままに遊び歩いている姉の姿を見せたくないのも本音。申し訳ないので来年見に来て貰いたい。その頃には私の就職が決まってて欲しいな。

 老若男女が構内に流れていく様子が見える。私たちのテントは正門から真っ直ぐ来て最初にある広場の一角に置かれている。朝一に学祭に来て最初にご飯を食べよう!なんて人はあまりいないので、のんびり構えている。お昼に備えて体力を温存しておこうね。


 そう思っていたのもつかの間。開始早々に大量注文が入った。

「先輩、ホットドッグ20本お願いします!」

 準備をしていたので苦ではなかったけど、予想以上の量にびっくり。その場にいた数名で温めた物から順番に詰めて袋に入れる。売れ残るより良いので大歓迎だ。マスタードの有無を確認するため、お客さんの方を見るとそこに居たのは田山。一瞬、身構えてしまう。連れているのは同期の女子のようで浅見の姿はない。一応警戒は解かずに声をかける。

「マスタードはどうしますか?」

「あっ、半分はマスタードなしでお願いします」

 見知らぬ女子のお答えに感謝をし、後ろに同じ内容を伝えると元気な「ハーイ」という声が返ってきた。私もお手伝いに戻らなきゃ。しかし行く手を阻む人間が。

「玉子のやつはメニューにないの?」

 田山は浅見と同じ学部で、浅見は汐里さんと同じ学部だった。となれば、汐里さんと田山も同じ学部でしたね。証明終了。

「玉子は正規メニューじゃない特別メニューでーす」

 恐らく彼らは昨日汐里さんと一緒にいたんだ。宣伝してくれたのかな?あとで汐里さんにお礼を言っておこう。

「普通のホットドッグでも大丈夫だよ。食べてくれるって」

 女子が慰めるように話し、田山も納得した様子で頷く。

「そうだな。今朝も何も食べてないって言ってたし……」

 どちらの教授のゼミかわからないけど、欠食学生多くない?朝ご飯食べないと力でないよ、米でもパンでもしっかり食して。

「お待たせしました~」

 伊月が持ってきてくれた商品を受け渡し、二人はお礼を言って去って行った。

 当たり前すぎて忘れてたけど、同じ大学なんだから学内行事だったら浅見との遭遇率も上がるんだよね。ここ最近の様子からするにわざわざあちらから会いに来ることはないのは分かった。けれどばったり鉢合わせてしまう可能性は高い。

 私と会ったらあちらから逃げてくれないかな。この際、登山中に遭ってしまった熊のように扱ってくれてもいいよ。ああでも、熊は目を逸らさずに逃げなきゃいけないから駄目だ。私と会ったら背を向けて一目散に逃げておくれ。



 お昼のピークが終わると一日目分の在庫も残り少しとなって来た。終了時間一時間前まで在庫を抱えているとドキドキしてしまうけど、今日は午後二時の時点でだいぶ減っているので幸先が良い。明日明後日もこの調子で売り切りたいな。

「先輩、ずっとお手伝いして貰ってますけど、シフト通りに休んでくださいね?」

 店頭に立ってる後輩たちが気を配ってくれるけど、お昼ご飯食べに行く以外は暇なのでついサークルの所に戻ってきてしまう。仲の良い三人は自分の学部の友達や学外の友達と出かけてしまって寂しいのだ。私も学部の友達の顔を見に行けばいいのだろうけど、明日も明後日もあるしなぁ……と考えて、お手伝いを選んだんだけど邪魔だったかなと反省。

 考えてみれば、先輩が後ろで片付けやゴミ捨てをしてたら落ち着かないもんね。しょうがない、去ろう。

「終わる30分前には戻って来るね」

 明日、里奈ちゃんと回れそうなブースでも下見して来ようか。

 あとは宜しくと後ろにいた後輩たちにも声をかけてテントを出ようとした瞬間だ。


「玉子のホットドッグある?」


 店先がざわついている。あからさまな叫び声はないけれど、ザワザワという表現が一番似合ってる感じ。接客に立っている一年生が挙動不審になり、道行く人たちはゆっくり歩いたり足を止めたりしてその人を見ている。

「あっ、えっと、玉子は売ってないです……」

「昨日はあったのに?」

「それは売り物じゃなくて、昨日だけ作ったもので」

 後輩ちゃんがチラチラとこちらに視線を送って来る。これはヘルプなの?私がしゃしゃり出たところで同じ説明しか出来ないけど。

 人の視線は集まるし、目の前の客は諦めようとしないし、困っているのは確かだ。休憩を一時撤回してテントに舞い戻る。

「玉子サンドなら東棟一階の売店で、サンドイッチ各種なら英会話サークルのブースで売ってますよ」

 玉子ホットドッグを売っている場所は多分ない。同じようにホットドッグを売っているところで言うとバスケ部があるようだけど、あちらも変わり種はない。

「玉子サンドは食べなかった。いらないって返された」

 どうやら既にお試し済みだったようで、こちらの提案はあえなく却下された。

 こちらさんが欲しいのは、うちで作ったもの。……正直、解決法は見えてる。玉子ペーストがなくても多分大丈夫なやつ。五分も貰えばすぐに出来ることだと分かりつつも、考えるふりをしてもう一度客を見た。


「材料がないので、明日なら用意できますけど」


 サークルメンバーに断りもなく決めてしまったのは良くないことだけど、この後も同じようなことを言ってありもしない商品を買いに来る客が増えてしまいそうで。

 だったら唯一こちらにメリットがあるこの客に売ってしまいたいと思い、提案した。

「今日が良いんだけど。今から材料買って来るし」

 食い下がる客にNOを突き付ける。

「作る場所がないので。明日の十一時ならお渡しできます。正規メニューじゃないので数はありません。料金割増しで百円値上げします」

 我ながら強気な交渉姿勢だと感じながら口にすれば、客はあっさりと頷いた。

「じゃあそれを五本。代金は前払いする」

 今までのやり取りを全部見ていた後輩に五百円上乗せした代金を支払い、客が去ろうとする。

「すみません、予約のお名前をお願いします」

 レジ横にあったメモを手にして訊ねると、一瞬だけ目を見開いてから名を名乗った。


「沖。沖智弘」


 七割だった予想が、十割の確信に変わった。里奈ちゃんの部屋で見たポスターや雑誌の写真と髪型が違うから自信がなかったんだよ。周りの様子からして芸能人な感じだったし、恐らくこんな顔だったかな?という私の目は正しかった。

 里奈ちゃんに明日は十一時前に来て貰うように連絡しなきゃ。紹介するまでの仲じゃないから、偶然遭遇できたテイにしよう。


 沖智弘が去った後、後輩たちが私に詰め寄り聞いて来た。

「先輩の玉子には何か不思議な薬が入ってるんですか?」

 レジから五百円を貰うよ、と全員の目の前で材料費を徴収して見せる。ここに居るみんなが承認だからね、着服じゃないよ。

「ゆで卵とマヨネーズと、隠し味に少量の醤油」

 好みでうま味調味料も。




 玉子を買うお金だけ貰えたら良かったんだけど、五百円は多すぎる。烏骨鶏の玉子でも買うべきか。お得用マヨネーズとの相性が気になるところだが、今回は素直にスーパーの十個入りLサイズを購入した。余ったお金は手間賃としてポッケに入れてしまえたら良かったのに、そうじゃないだろうと良心が止める。少しだけ考えて、文房具コーナーにあったシンプルなレターセットを一つ買った。

 沖智弘へのファンレターではない。あの男が食品を差し入れるであろう相手へのメッセージ。


『浅見郁人様』


 封筒に書かれた名前を見て、沖智弘が破り捨てたらそれまで。見て見ぬふりをして届けたなら、浅見が手紙を見るはずだ。

 回りくどいことは面倒くさい。入れ替わり立ち替わり、いろんな人が来るよりも対面して話した方がまだマシだ。

 学祭中に片が付くとは思わないけど、明日以降にメニューにないものを頼む客は減るだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 汐里さんに作った玉子ホットドッグは浅見のとこに行ったんですね…浅見の空腹が周りの人間を動かしてるの流石だなぁ笑 読めば読むほど沙世ちゃんには幸せになってほしくなりますね。あと幼稚園児のとき浅…
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