SEASONS~紅葉~ 7
イチョウの葉が黄色く染まり、本格的な秋が来たかと思えば早いものは散り始めている。秋は一瞬だというけれど早過ぎる。刹那的に過ぎていく時間は声をかけても止まってくれない。
授業、バイト、バイト、授業、学祭準備、バイト、授業。以下同様。忙しくて死ぬ。
短期バイトの数を減らしたとはいえ、休みの日はフルで働いている。家庭教師の方も最近では解説に詰まることも出てしまったので、更なる予習復習が欠かせない。それだけ里奈ちゃんの学力が伸びているのだから喜ぶべきだ。家庭教師として鼻が高い。
とどのつまり、疲れていた。
時間が足りない。やることが多過ぎる。修也との約束の手前、仕事の数は減らさなきゃ……なんて思ってたけど、約束以前の問題で私の体が足りないのだ。体が三つあれば大学とバイトと疲労回復で役割分担が出来るのに。非現実的なことを真面目に考えるくらいに思考が飛んでいる。
自分一人だったら家に帰って泥のように眠ってしまえばいいけど、家族がいるとそうはいかない。逆に言えば修也が居るから人として最低限度の生活を送っていられる。化粧も落とすしお風呂も入るし部屋は片付けてご飯も食べる。弟に生かされる姉って言うのも情けない。
何も言わないでとお願いしたけれど、姉の生活の破綻が見え隠れしていれば何もしない訳にもいかないようで、家事のほとんどを修也が担ってくれていることに頭を下げる以外できることがない。
「学祭が終わればもう少しまともに戻るから……」
化粧は最低限、髪も一つにまとめるだけ。重たい瞼をこじ開けて皿を洗えばすぐに止められ、通学バッグを持たされた。
「お願いだから、行き帰りで事故に遭わないでね」
ウンとも、ハイとも取れぬ鳴き声を上げて、家を出る。今日は授業ではなく明日の学祭の準備日だ。この四日間はバイトもお休み。お金は入らないけれどその分早く帰れるし、睡眠時間も増えるのでそれを心の支えにして頑張ろう。
大きなあくびで吸い込んだ空気が少し痛かった。
準備日の大学は忙しい。補講をやっている学部もあるが、お祭りを前に浮足立った学生たちがわーきゃー騒いで賑やかだ。そのうちの一人である私もそれなりに学祭を楽しみにしている。
業務スーパーで大量に仕入れたキャベツとコッペパンとソーセージを前に楽し気な声を上げる女子学生と、いいところを見せようと力仕事を積極的に請け負う男子学生。これぞ正しいキャンパスライフと言わんばかりに青春の一ページを見せつけてくれる。
去年一昨年と同じ準備をして来ている私たちは、とにかく手を動かさないと終わらないことを知っている。それ故に無心でキャベツの千切りをするのだ。
切って加熱してパック。ソーセージはひたすら茹でる。コッペパンの切れ目を入れるのは経験者や飲食店バイトの経験がある子。テクがないと百均のパン切りナイフは扱いづらいから。
部室にある冷蔵庫、冷凍庫の中を空にしたのはこの日のため。一心不乱に作業をする私たちを見た後輩も、最初のはしゃぎようから大人しくなり、すぐに包丁とホットプレートに向き合うようになる。箱いっぱいのキャベツの処理が終わった頃にはお昼の時間をとっくに過ぎていた。
「あ~、しんどい!!」
包丁を握りっぱなしだった太刀川が悲鳴を上げて椅子に腰を掛ける。他の面々も足が痛い、手が攣る、腱鞘炎になる、と泣きが入っている。三日分をまとめて作れば当日が楽という先人の知恵は素晴らしいが、前日が酷過ぎると思わなくもない。せめて二日目辺りに追加分を作るのでは駄目なのか?という議論は何度も出てるけど今も変わらずまとめて調理のままだ。冷凍、冷蔵しているから当日に火を通すけど所詮は学祭クオリティなので許して欲しい。
死屍累々という言葉がふさわしいサークル仲間たちを奮い立たせるため、最後の力を振り絞りホットプレートの前に立つ。
「ほら、準備期間だけのお楽しみやるよ」
準備を行った者だけの特別メニュー。出来立て熱々のホットドッグ、追加トッピングあり。
一年目にこの惨劇を体験した時、お腹空いた金なら払う!と下準備を済ませた材料を使ったのが始まりだった。その場にいた四年生を共犯にして、温めたパンとキャベツとソーセージを合体させ、冷蔵庫に残されていた粉チーズをふんだんに振りかけてチーズホットドッグを作った。空腹と疲労で極限状態にいたメンバーにより瞬殺されたため、次は何故かあったコンソメ顆粒とキャベツを混ぜて第二弾を作り、これも即座に完食。
戻ってきた二年生と三年生に見つかり、すぐさまお縄になったかと思えば次はカレー粉を使おうという提案でホットドッグパーティーが継続されたのだ。みんなお腹が空いていてハイになっていた。
これは二年目も行われ、各々が合うと思う調味料やトッピングを持ってきて、食べた分のホットドッグの販売代金を払うことで合法化された。売り上げは初日分に計上される。
「この日のために、とっておきのサルサソースを買ってきたんだ……」
「私、スライスチーズ!両面焼くの!」
「味噌!味噌が合うって、テレビでやってた!!」
わらわらと立ち上がり、自分のカバンから食材を出す先輩たちに後輩はクエスチョンマークを浮かべている。良いんだよ、とりあえず300円出せばご飯が食べられるからね。
次々と差し出されるブツを机に並べて片っ端から調理をする。個々の具材を温めるだけでは生まれない匂いが発生して自分の空腹が更に際立つ。ご飯の匂いって幸せの形をしている。
定番から謎チョイスの変わり種ホットドッグや、何も知らない後輩用の粉チーズホットドッグを数十本作り終えたあと、さて自分の分に取り掛かる。ちゃんと私も持ってきたんだ、玉子ペースト。昨日の夜に眠い目をこすりながら作ったので朝は悲惨だったけど、この楽しみのために頑張ったんだ。キャベツとソーセージの間に入れても良いけど、今日はソーセージの上に乗せる。
一本分にしては作り過ぎてしまったけど、誰かにあげても良いし持ち帰って家のパンに塗って食べるのでもいい。周りが食べ終えた中、やっと一口。この調子だと一気に食べ終えてしまう。
やれやれ、と腰かけてドアの方に視線をやる。
廊下からこちらを見ている汐里さんと目が合った。
「あっ」
「お疲れ様」
優しく微笑み手を振る姿のなんと優雅か。睡眠不足かつ雑な服装で、準備に疲れてヨレヨレの私をあまり見ないで欲しい。
準備で実行委員会からあてがわれた教室だから気付かなかったけど、ここ汐里さんの方の建物だ。
急いでホットドッグを食べてお茶を飲み干し、廊下に出る。
「お見苦しい所を……」
口の中の物を流し込んで話しかければ、首を横に振って否定してくれた。
「ううん、違うの!たまたま通りかかったら沙世子さんが見えて。お食事中にごめんね?」
見れば汐里さんも手には資料らしきものを持っていて、絶賛準備中なのが伺えた。
「汐里さんはサークルで何かやるの?」
「私はゼミの方で発表があるからその準備。沙世子さんのところはホットドッグ?ここを通るたびにいい匂いがして、お腹が空いちゃった」
おっと、これは香害になってたかも知れない。悪い意味じゃないのよ?と言ってくれたので、明日の宣伝として許して貰おう。
そうだ。
「汐里さん、ご飯食べた?良かったらホットドッグいらない?」
バツの悪さからじゃないけど、余った玉子の消費に貢献して欲しい。
「食べたいけど、明日の売り物じゃないの?」
「前日の試食会だから大丈夫。今日限定で特別トッピングもあるよ。玉子は平気?」
「玉子は好き。えっと……」
何か言いたげな汐里さんをスルーしてホットドッグの加熱に入る。汐里さんの分は私のおごり。
「厚かましくて申し訳ないんだけど、もう二つお願いできないかな?お代は勿論払うから」
本当にすまなそうな顔をして、私と教室の中のメンバーの様子を見る汐里さん。
「購買でお昼を買おうとしたら売り切れで……ゼミの子が朝から何も食べてないの」
仕入れのタイミングと合わないとそういう悲劇も起こるよね。全員を見回して無言で許可を取ろうとすれば、みんなが頷いていた。よしOKだ。
「良いよ。特製ホットドッグは汐里さんの分だけね。お代は600円で」
手早く温めて明日使う予定のパックにホットドッグを詰めて渡す。おつりなしでピッタリの代金を受け取り、汐里さんは何度もお礼を言って頭を下げた。
「本番も買いに来るね。うちのゼミ、発表の会場の近くで綿あめやってるから来て。今度は私がご馳走するから」
「ありがとう、楽しみにしてる」
綿あめなら、里奈ちゃんと一緒の時に行こう。ああ、忙しくて律さんのこと聞けなかった。遊びに来るなら会いたいな。今日帰って覚えてたら、久しぶりに電話をしてみよう。
と思っていたのに。楽しくて忙しい分には大歓迎だが、気力は良くても体力が持たない。
帰ってお風呂に入りご飯を食べたら3秒で寝てしまい、起きたら翌朝だった。太陽がまぶしい。




