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SEASONS~紅葉~ 6

 おにぎり1個と水筒の麦茶。これが最近の私のお昼ご飯。前から特別高いお昼を食べていたつもりはなかったけど、部室にあった雑誌の大学生の節約特集を読み込んだ結果、学食は甘えでペットボトルの水は高いという意識を植えつけられた。家でご飯を作らないならまだしも、自炊しているならお弁当の方が安いというのはごもっとも。水筒をわざわざ買うのは高いけど家にあるなら持参しろという記事に大きく頷いた。この水筒は高校生の時からの愛用品なので買ってない、故にセーフ。

 そんな微々たる節約術を行使して、今では構内のベンチを転々としながらお昼を取っている。誰かがお弁当を持参してたり購買で買ってきたりすれば一緒に食べることもあるけど基本は一人。広い敷地内には一人飯をする学生の姿が点在しているので、私も気にせず読書をしながらおにぎりを頬張る。と言っても所要時間はおよそ5分。おにぎり一個をちょこちょこ食べる可愛らしい食べ方が出来ない。かじって嚙んで飲み込む。早食いではないけれど、集中して食べればあっという間だ。

 鞄の中からランチトートと文庫本を取り出した時、日差しが遮られた。見上げればそこそこ見慣れた顔が一つ。

「一緒に食べても良い?」

 松戸だ。いつか来るとは思っていたけど、想像よりもずっと遅かった。

「良いよ。少し寒いかも知れないけど」

 大きめの二人掛けベンチ、隣に座られても困りはしない。横に詰めて、荷物を真ん中に置いた。それを理解した松戸が隅に寄って腰かけ、コンビニの袋から総菜パンとおにぎり、ホットスナックを取り出した。

「からあげとフランクフルト、どっち食べる?」

 元より私と一緒に食べるつもりだったのか、二つの袋を見せて訊ねる。

「ありがとう、大丈夫だよ」

 気持ちだけ貰おうと断るけれど、松戸も引かない。

「これ両方食べると太るから、一つ貰って欲しいな」

 ……殺し文句にも程があるでしょ。一瞬、何と答えて良いか分からず、だけど堪えきれずに噴き出してしまう。笑う私に満足したのか、松戸はからあげの方を私に差し出してきた。

「ダイエットにご協力ください」

「仕方ないので、手伝ってあげます」

 ダイエットする気なら最初から買わない癖に、人の扱いが上手くなってるな。


 グレードアップしたお昼を食べながら、それぞれの授業のことや来たる学祭について話していた。

「店番の希望シフト出した?」

 うちのサークルは毎年ホットドッグを出している。前日に準備をして、当日は温めて出すだけなのでそんなに人員は割かれない。買い出しやら翌日の準備やらの裏方が忙しいけど、私の担当は主に店番だ。

「金曜と日曜はどこでも良いけど、土曜日は家庭教師をしてる子が遊びに来るから午前中にして貰った」

「教えてる子?中学生だよね?」

 中学生で大学の学祭を見に来るのは確かに珍しい。理由を話すと長くなるのでかいつまんで説明する。

「受験勉強の息抜きに誘ったの。これから本番までどこにも遊びに行けないだろうから、学祭くらいは良いかと思って」

「山岸は相変わらず優しいね」

 松戸の言葉に眉を顰める。その言葉が嫌だったとかではなく、優しいという言葉が自分には適していない気がしたのだ。

「別にそんなんじゃないの。たまたまタイミングが合って、その子が行きたいって言ってくれただけだから」

「家庭教師をしているだけの子と、休みの日に会って大学の案内をしてあげようなんて人はそんなにいないよ」

「そうかな。意外といるかもよ」

 私の場合は里奈ちゃんが良い子だったから、誘っただけ。生意気だったり反抗的な子だったら、教え子だってお断りする。ただそれだけのことだ。

「その子のことだけじゃないけど、山岸は優しいから気を遣い過ぎなんだよ」

「私、結構我が侭よ?」

 これは本当。嫌なことは嫌だと言える人間だ。

「ここ最近だって、学食も部室も来ないで外でご飯食べてるだろ」

 おっと。これは本題に入るかな。

「気付いてた?」

「鈴原さんたちが気にしてた。そろそろ寒くなってくる季節だから、室内に戻っておいでって伝えて欲しいってお願いされたよ」

 私の友達は思いやりに溢れる人たちばかりだ。何故直接伝えてくれないのかが気になるところだが、一旦置いておこう。

 いつも部室で食べていたのは事実だし、皆が気に掛けてくれているのも有り難い。構内の木々も紅葉してきて秋を感じざるを得ない季節だ。冬にご飯を食べる場所を探さないとと悩んでいたばかりなのでとてもタイムリー。


「山岸の居場所は誰にも漏らさないし、部室に部外者は入れないよ」


 どうやらその悩みも松戸にはバレているようだ。

「松戸には私が逃亡者に見えてるの?」

「見えない。けど、俺から第三者に情報が漏洩することを恐れているのは感じ取ってる」

 バレバレじゃん。まあ、修也の様子を見るに松戸と修也の二人には話が回っているのは察していた。だからこそ私が松戸を避けていたんだけどさ。

「……どこまで知ってるか聞いても良い?」

 今回の件に限らず、今まで事実確認するのに怯えて逃げ回っていたけど潮時も近い。怖いながらも突撃する覚悟で聞いてみた。

「浅見の言葉の通りに言うと、浅見の従姉の人が浅見に近づくなって山岸を怒鳴りつけたから、山岸が金輪際近づきませんって宣言をして帰ったって話。それから構内で一度も山岸の姿を見かけないって浅見が言ってた」

「おおよその内容は間違ってないけど、別に私怒鳴られてない」

 短くまとまってるけど、これだけ聞くとまるで私が悲劇のヒロインのようだ。そしてやっぱりあれは浅見の従姉だったのか。なんか悪役みたいな立ち位置にされちゃってるね、ごめん。私的には状況を打開する良い手段だったよ従姉さん。

「従姉のことを謝りたいんだけど、自分が山岸に顔を見せて良いものかって悩んでて、浅見の周りはだいぶお通夜状態になってる」

 自分一人でお通夜になるならまだしも、周りも巻き込む空気ってどれだけのものなのか。折角仲直りをしたであろう柳も同じなのかな。もしかしてバイト最終日に見た柳のあの姿は空気にあてられた結果だったのか。それはご愁傷さまでした。


「浅見が悩んでるから、私の居場所を教えてないの?」

 松戸なら構内で私を探さずとも、隣に住んでいるのだから多少は把握してるでしょうに。

「山岸が浅見に会いたくないと思ってるのに、教える必要ある?」

 さも当然のように言うから、勘違いしてしまう。違うよ、松戸はこういう人間なんだよ。私じゃなくても、誰にだって優しいんだ。私が優しいだなんてとんでもない。ちゃんと相手を思いやれる松戸のような人間を優しい人と呼ぶんだよ。

 部室で松戸に会ったら、浅見に連絡されちゃうなんて考えた私が馬鹿だった。そんな訳ないのにね。

 

「浅見君ってさ、見る目ないよね」


 何度目かの本音。

 突然の暴言に松戸の顔に戸惑いと驚きが浮かんでいる。動揺する気持ちは分かるけど、ちょっとばかり恋バナに付き合ってよ。

「松戸は浅見君に気持ちを伝えたことあるんだっけ?」

「えっ」

 最初に聞いたのは今年の冬だった。あれから松戸と浅見は随分と仲が良くなったけど、告白をしたという話は聞いていない。私に報告する必要はないから勿論いいのだけど、二人の関係が変わった様子は見られない。告白して振られてはいさようならという男もいれば、律さんみたいに良い思い出として大事にしている人もいる。

 松戸はどっちにするつもりなの?


「浅見とは……ずっと良い友達でいたいから、気持ちを伝える気はないよ」

「結構残酷なことを言ってる自覚ある?」

「ある」


 なら宜しい。好きな人が出来たからと振った癖に、思いを伝える気がないとまで言われたら振られ損と言っても過言ではない。春先の私だったら浅見も松戸も揃って蹴りを入れるくらい怒ったかも。

 けど今の私は第三者だ。二人の関係に口出しをする権利はないし、見守るつもりもない。友達としていることが幸せならば、それには意味がある。私と恋人同士だったらきっと無理だった関係だ。振られた甲斐もあったでしょう。


「私は何も感じないけど、松戸は少しだけ負い目を感じてれば良いよ」


 気にしないでなんて口が裂けても言ってやらない。


 風が冷たくなってきた。昼休みももうすぐ終わる。身の回りを片付けて戻る素振りを見せれば、松戸も周囲のごみを片付ける。

「山岸は浅見の見る目がないって言うけど、俺は浅見の人を見る目は確かだと思うよ」

 あんなに変な人間ばかりを見出す男の目を信じるのか。いや、あれは浅見が惹き付けてるだけで見ている訳じゃないのかな?

「松戸や修也君と友達になってるのを見ると分からないでもないけど、どうして?」

 他の交友関係は知らない。


「だって、浅見が好きな人はとても素敵な女性だから」


 大きなため息が一つ。今の私はきっととても可愛くない顔をしている。

 そして先程の比じゃないくらい大きな声で笑った。


 いつから知ってたの?浅見から聞いたの?自分で気付いてしまったの?

 そんな疑問は全部吹っ飛んでしまう。


「どの口で言うのよ!」


 こんな性格の悪い人間を捕まえて素敵だなんて評する人が居るなんて。訂正するよ、浅見だけじゃなくて松戸も人を見る目がない。そうなると、松戸を選んだ私の目も節穴ということになってしまう?なんて間抜けなトライアングルだ。

 意地の悪い私を見て、松戸も楽しそうに笑っている。こんな女と付き合ってくれた時点で、松戸も相当変わり者だったね。知ってた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 2週目中です。 この話の松戸はすっごく良いやつだけどやっぱり小憎くて、さよちゃんが笑い飛ばしていてもなんだか腹が立ちます。物語を読んでいるうちに、さよちゃんのことが友達のように思えてしまって…
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