SEASONS~紅葉~ 4
来るかな?まあ来るだろうな、なんてちょっと自意識過剰な部分があるよなと自分でも考えてた。今までの浅見の行動を見ていた人間なら勝率は半々かそれ以上だと思うじゃない?と心の中の自分に訊ねてみる。当然だけど返事はない。
「来ちゃった」
手をひらひらと振ってアピールされなくても、見えてます。
お隣の女性は私ではなく、視線をブース内のあちらこちらに向けている。ごめんなさいね、今は私しかいないんですよ。
「昨日はご馳走様でした。修也もお世話になりました」
仕事中の私語は怒られるかもしれないけど、これくらいなら見逃して貰えるでしょう。
「全然気にしないで!むしろ前の日に買ったものを渡してごめんね。今日、修也君から電話で教えて貰ってびっくりしちゃった。凄く美味しかったから、ちょうどいいと思って買いに来たんだ」
嘘か誠かわからないけど、本当に買うつもりはあるようだ。4個入りを二箱という注文を受けてすぐに用意をする。お目当ては見つからないとわかったようで、女性が浅見に声をかけた。
「郁人、誰」
面倒なことはごめんなので、多くは語りたくもないし語らせたくもない。
「沙世ちゃんは同じ大学で、子供の時に……」
「お待たせいたしました、こちら中身のケーキが崩れやすくなっております。気を付けてお持ち帰りください」
有無を言わさずケーキのお渡し。笑顔を見せれば、ありがとう!と受け取ってくれるので話が早い。私のいない場所で話題にされるのも嫌なので、本来の目的だった話をさせて貰う。
「そうだ。浅見君のお友達の柳君も一緒に働いてるんだけど、今日はお休みなの」
柳という苗字に浅見が一瞬だけ眉をひそめた。そんなに嫌われることをしたのか、柳。
「沙世ちゃん、明良と知り合いなの?」
あなたと会った時に真っ先に噛みついて来たのが彼でしたよね。知り合いと言えば知り合いだけど、分類としては顔を知ってた人ってところかな。
「知り合いって程じゃないけど、このバイトで一緒になって、浅見君の知り合いだよねってことで話したくらい。よくわからないけど、最近は浅見君と上手くいってないって言ってたよ。二人で話してみれば?話し合いで解決することもあるんじゃない?」
部外者も部外者だけど、一方的に話された内容をかいつまんで報告した。浅見にも思うところがあったのか、少し黙り込んでから一人で頷いていた。顔はさほど険しくないので、嫌ではないらしい。
「……ありがとう、帰ったら電話してみるよ」
「それなら良かった」
これ以上のお喋りは勤務中なので駄目だ。浅見も感じ取ってくれたようで、そのまま女性を連れ立って去って行った。終始無言だった女性だけど、なんだったんだ。
なんて、思っていた時が私にもありました。
今日のバイトを終えて催事場のあるフロアーからエレベーターに向かうと、そこに立っていたのは数時間前に見た浅見のお連れ様。
「沙世さんよね?郁人のお友達の」
腕を組み、胸を張って存在をアピールしながら立っている女性を何故誰も気にせずにスルー出来るんだろ。目を合わせて私みたいに絡まれても困るから見て見ぬふりをしてたのかな。
「何か御用でしょうか?」
私は労働の直後なので早く帰りたいです。
「郁人のことでお話しておきたいことがあるの。いいかしら」
この場合のお話が私にとって都合の良いことである可能性はとても低い。けれどもこれを無視することで、のちのち状況が悪化する場合もありそうで放置も出来ない。爆弾処理班にでもなった気分。
「家族が家で待っているので長話は無理です」
「じゃあ下のコーヒーショップで」
店に入る気かよ。
人の話聞いてた?と頭が痛くなったけど、駄々をこねて時間が延びるのも困ってしまう。渋々とエレベーターに乗り込んで、B1ボタンを押すことにした。
滅多に入らないコーヒーチェーン店。普段だったら目新しいメニューを楽しめたのに、今一番考えているのは疼痛緩和作用のある薬膳茶とかないのかということばかり。もちろんそんなものは存在しないので、無難なカフェオレを頼む。これから胃痛も襲ってくる予定なのでミルク成分を少しでも取っておきたい。
女性は店の奥の座席を確保した。人に聞かれたくない話題なのだろうけど、私としては逃走経路が長くなって精神的に大変よろしくない。
諦めて席に着くと女性は早々に本題に入ってくれた。助かります。
「単刀直入に言うけど、あなたは郁人とどうなりたいの?」
どうって、曖昧過ぎる質問は困ります。もっとバッサリと切り捨てるレベルの質問を下さい。
「私と浅見君は大学の知り合いで、共通の友人がいるくらいの接点です。それ以上の繋がりはないです」
間違ったことは言ってませんけど?と女性の目を真っ直ぐ見て回答するけど、納得はしていないであろうことが見て取れる。浅見関係の人間は大体そうよ。思い込みが少し強めか、浅見の言葉を第一とする。その浅見だって振り回されてることもあるようだし、大変だなと同情することが稀にある。
「逆に伺いますが、私と浅見君はどういう関係だと思われているんですか?」
こうなれば一個一個可能性の芽を摘んであげるしかないのか。庭に植えたハーブ並みに厄介過ぎる。
「郁人を自分の実家に連れて行き、二人で映画にも行った。郁人の下宿先に来て夏祭りに一緒に行って、夏季休暇中は遊園地に遊びに行く人間。これって知り合いなの?少なくともお友達でしょう」
うわぁ、よくご存じで。私のこと誰?って言ってた癖に細かく知ってるじゃん。しかも実家のことまで。浅見は他人にベラベラ喋るタイプではないと思ったんだけど……本人の口から聞いたって決まった訳じゃないので、ここは一旦保留にしておこう。
「友達の定義は人それぞれですね。そうですね、浅見君は友人グループの一人くらいの付き合いはあるかも知れません」
友人グループの一人は私の弟だけど。
「それで?お友達からあわよくば恋人になろうなんて考えは?」
「ないですね。全く」
ここでキッチリはっきり否定をさせて頂きます。飲み切る前に帰れるかなとカップの中身を確認したけど、カフェオレは一滴も減ってない。口を付ける暇もないからね。
「郁人はあなたのことを好意的に思ってるようだけど、それでも?」
虚をつかれた。
ここはてっきり『あなたが郁人に興味がなくてよかった』『あの子には相応しい子がいるから、あなたはお呼びでない』とか言われて終わると思ってたのに。
「……ええ、そうみたいですね。でもお付き合いする気はありません」
「好かれてるとわかってて郁人のことを放置してるの?とんだ悪女じゃない」
悪女って。黒のロングワンピースを身に着け、真っ赤なルージュを引いたお姉さんの方が見た目よっぽどヴィランですよ。少なくとも量販店で買ったシャツとパンツ合計3000円で武装している私じゃとても似合わない言葉だ。
「放置なんてしてませんし、私から浅見君に関わったことはほとんどありません」
ほとんど、と付けてしまったのは逃げだと思う。最初こそ浅見からは全力で逃げたし、顔見たらその日一日胃の腑がムカムカするレベルだったけど、慣れというのは恐ろしい。元カレがあいつと並んでいても怒らなくなり、そこに弟が加わり遊びに行っててもハラハラしなくなり、不本意でも二人になったところで蹴りを入れて走り去ろうとまでは思わなくなった。邪魔、と思うことはあっても消えろと怒鳴ることは多分ない。微量の毒を少しずつ摂取したら慣れましたみたいな話だ。
慣れることと、好くこととは全くの別物。
家の前に大きな隕石が落ちてきたら、邪魔だと思うけど段々とスルー出来る。だけどその隕石が可愛く見えてお気に入りになることは多分ない。私にとっての浅見はそれ。突然降ってきて日常生活に大きな支障をもたらした物。ご自由にお持ちくださいの張り紙を貼ってもいいが、私の所有物じゃないのでそれもしない。
あぁ、それを世間では『放置』と呼ぶのか。
「報われない恋に一喜一憂している姿を見るのが、苦しいの。あなたが中途半端なことをしているから、郁人は周りからの好意や想いに気付かない。その気がないならはっきりと振ってくれないと」
この人は浅見の交友関係をどこら辺まで把握してるのかな。きっと私よりも多くの人間を知っていて、誰かとくっつけてあげようと心の底から思っている親切な人なんだろう。
あれだ、BL小説の女性キャラの上位互換。ゲームとかのサポートキャラみたいな感じ。攻略キャラの好感度とかを逐一丁寧に報告してくれる情報屋さん。私が知ってるゲームの中にそんな人が居たかなんてもう覚えてないけど、この女性がやりたいことの方向性は間違っていないはず。
真面目な人ですねと思いつつ、一息つくためにカフェオレを飲み干す。550円の一気飲みはとても贅沢で、こんな雑な飲み方をするなら一番安いブレンドコーヒーにすればよかったと後悔している。
「私が振ったとして、あなたは何をしてくれますか?」
「何って……して欲しいことでもあるの?」
金銭の要求とかしたら本物の悪女になれるだろうけど、いくら貧乏だからってそんなものはいらない。
「浅見君と私の接触を断つとか」
「私がしなくとも、振られたら郁人の方から会いに行かなくなるわよ」
「なるほど、それはどれくらいの確率で?」
「世の中に100%はないわ。でも、振られた相手に何度も会いに行くほど郁人は強かじゃない。あれでいて繊細なのよ」
それは初耳ですよ、お姉さん。お姉さんにちょっと期待してたんだけど、やっぱり浅見の周りの人間はどこか抜けてる人が多い。いやもしかしたら私が見ている浅見だけが別人で、本来の姿はそちらなのかな。だとしたらこの方のご意見に賭けるにはリスクが大きい。
「私が浅見君を一度でも振ってたら、お姉さんの方から浅見君に私に会うのは止めなさいって言ってくれます?」
「何それ。なんで私が郁人に意見しなきゃいけないの」
「浅見君が可愛くて、私みたいな悪女と付き合わせたくないなら、それくらい良いじゃないですか」
多分だけど、この人は浅見に嫌われたくないんだ。ずっと陰から手を回して支えて来たんでしょうね、素晴らしい愛情だと思います。でもそれだけじゃ駄目なんじゃないですかね。
「……あなたがちゃんと郁人を振ったら、言ってあげるわよ。あなたみたいな子に近づくのは止めなさいって。碌なことがないから」
「そうですか、ありがとうございます。ではこれからは私から浅見君に近付くことは一切ありません。なので浅見君側にも良く伝えておいてください」
話はついた。気が付けば30分も話してしまったので、急いで帰らないと。修也に今から帰るとメールをして席を立つ。
「気が早いわね。電話でもするの?」
「いいえ。私、浅見君の電話番号知らないです」
知る必要もなかったし、これからもない。知らないとか嘘だろ、と顔に出てるの丸見えですよ。
「じゃあどうする気なのよ」
「私、春先に浅見君に告白されてその場でお断りしてますから」
お綺麗な顔が間抜け面になってますよ、お姉さん。そうだ最後に。
「どこのどなたか存じ上げませんが、浅見君への伝言をよろしくお願いしますね」
あなたが浅見の恋人でも友達でも下宿先のご夫婦の子供だろうと、もはや関係がない。あなたがしてくれた約束なんだからしっかり果たせよと心の中で念を押して、コーヒーショップを後にした。
解放感か、理不尽な目に遭った苛立ちからか、単に空腹か。その日の夕飯は珍しく白米をおかわりをしたので修也が喜んでくれた。
翌朝に
「姉さん、郁人さんとなにがあったの!?」
と顔面蒼白で悲痛な叫びを上げるのを見て、前日の夜と大違いだなと眠い頭で思ってしまった。




