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SEASONS~紅葉~ 1

 突然ですが、アルバイトを増やしました。


 3年生の9月から新しいバイトを始めるなんてチャレンジャーだと私も思う。いろんなことが起こり過ぎている大学生活だけれども、こう見えて就職活動はきちんと行っていた。様々な騒動、事件、珍事に巻き込まれたり、たまに当事者になったりもしたけれどやることはやっていたのだ。

 就活はこれからが本番で、当然ながらそちらに重きを置くべきなのだけど。


 数ヵ月前から仕送りが途絶えているのだ。


 大学に入学してから毎月1日には振り込まれていた6万円が、7月1日にはなかった。

 忘れたのか?と思い、最初はそのままにしておいた。家賃、光熱費が引き落とされる口座なのでお金が入っていないと困るけれど、残高は多少あったので大して気にも留めなかった。

 翌月も翌々月も引き落された数字だけが記入される通帳を見て、危機感を覚えた。


 あの父親、仕送りをする気がない。


 電話をするも通じない。着信拒否をされている可能性がある。怒鳴り込みに帰ろうかとも考えたが、迫られてお金を出すくらいなら最初からこんなせこい真似はしないはず。

 今後一切、私にお金を払う気がないか。それとも本当にお金がなくて仕送りに回すことも出来ないか。


 思い出すのは以前帰宅した時に見た、大金が引き出されていた預金通帳。間男の少年がどうやって金を下ろしたのか。あの時は深く突っ込まずに流してしまったけれど、状況から見るに暗証番号を知られてるんだよね。

 支払いが滞ったら出るとこ出るって脅したはいいものの、実際にそうなると行動の出方がわからない。養育費の滞納ってことで訴えられるのかな。しかし私は成人済み。養育、扶養義務がないと言われたら終わってしまう。

 電話、メールを複数回送り、連絡を取ろうとしている態度を見せておく。訴えるとなった時に証拠は必要だろうから。


 いつか来る時のための準備も大切だけど、今目の前の生活も大事だ。バイト、探そう。




 死活問題なのでバイトをしたいと話したところ、サークル仲間からは心配された。家庭教師を紹介してくれた友人は共感してくれた。彼女は上京組で奨学金を受けながら大学に通っている上に、仕送りを貰っていない。私よりも何倍も大変な思いをしているだろうに、親身になって相談に乗ってくれた。


「この時期は長期のバイトに入るよりも、登録制の短期や単発バイトの方が融通が利いて楽だよ」


 彼女が登録している会社のバイト一覧を見せて貰う。催事場の販売、イベント会場の案内、ティッシュ配りに倉庫作業。都合がついて極端に苦手じゃなければ片っ端から申し込めば仕事はあると教えてくれた。

 これならやれる。登録したいんだけど、と言えば登録説明会の申し込みと会社の場所を教えてくれた。


「頑張り過ぎて、扶養から外れないように気を付けてね」


 ギリギリのところを見極めて働いている人の言葉は重みが違う。今年はあり得ないけれど、来年は気を付けます。





 そんな訳で、大学も後期に入った。授業料は一年分を4月に振り込んであるので無事に通える。来年度のことを思うと今から貯金をしておいた方が賢明だ。悩みの種は尽きない。


 一番の悩みは、後期になって構内での浅見遭遇率が跳ね上がったこと。

 時間割りの都合なのか、偶然なのか判断はつかない。昼休みになると食堂で見かけ、授業終わりに廊下ですれ違い、帰宅時も何故か鉢合わせになる。

 追われてるのか?なんて自意識過剰な発想にもなったけれど、こちらを見ている素振りもなくお昼ご飯を食べていたり、友人と話していたり、男に追いかけられていたりと忙しそうだ。数回に一回はこちらに気付くこともあるが、手を振るくらいか一言だけ声をかけられて終わり。

 距離を取ることを覚えたのかと感心したのも束の間、男を振り切って突進してくることもあるから油断ならない。


 友人と居る時に突撃をしてくるせいで、気が付けば彼女たちの間では私と浅見が友人だということになっていた。


「違うんですけど」


 行儀が悪いとわかりながらも、足と腕を組んで不服を態度で表してみる。一体いつどこで私とあいつが友情を育んだと言うのか。


「どう見たって友達でしょ、あれ」

「あんなに嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる人、友達以外にいないよ?」

「下の名前だって呼ばせてるじゃない」

 呼ばせてません。許可もしてません。勝手に口にしているだけです。そのうち使用料取ります。


「ただの顔見知り。名前呼びなのは弟とあちらさんが友達だから、区別のために呼んでるだけ」


 それ以上ではないし、それ以下かも知れない。


「山さんが主張しても、周りはそう受け取らないからね」

 流れに身を委ねれば良いと太刀川が言うが、その流れは濁流だからね?飲み込まれたら死ぬよ?

「気持ちはわからないでもないよ。友達の枠組みに居れたら駄目なやつだよね、浅見君って」

 あっ、ご理解頂けます?そうなの、と前のめりになり伊月の言葉にブンブンと首を縦に振る。

「友達になったら、周りの交友関係が複雑になりそう」


 嫌にリアルな感想だ。

 ウフフと笑いながら、ペットボトルのお茶を両手で持つ。可愛らしく、お嬢様な伊月は所作も綺麗だ。ただ、今日は少し笑顔が怖い。


「……伊月って、高校の時に彼氏と別れたんだよね?」

「うん?懐かしい話だね。そうね、別れたよ」

「その彼氏、今何してるの?」


「高校の同級生だった浅見君に惚れ込んで、熱烈アプローチ中」


 ブルータス、お前もか。


 えー、伊月いつ空いてる?今度サシ飲みしようか。私お金ないって言ったばかりだけど、個室で膝突き合わせてバンバン飲んじゃおうよ。顔見知りである松戸の名前を出す気はないけど、同じ立場同士で意見の交換会しよう。愚痴100%でも全然構わないよ。

 元彼は一体誰なんだ。アプローチ中って言うくらいなら、今も浅見の周りにいる人物かな。いかん、人数が多過ぎて絞れない。


「彼に未練なんてこれっぽっちもないのよ。黙って付き合っていた方がずっと嫌だもん。素直な気持ちになることは素敵なことだよ。それでもモヤモヤしちゃうのは、私のせいじゃないよね?」


 そうだそうだ、伊月は全く悪くない。太刀川も力強く肯定はしないけれど、確かにね~とは頷いている。もっと言いたい、叫びたい。

 しかし壁に耳あり障子に目あり。このような主義主張は表立って出来ない。聞き耳を立てていた人間が伝言ゲームで話を変に膨らませてしまう可能性もあるのだから。

 完全個室の居酒屋ってどこかな。学生向けのチェーン店は易くて魅力的だけど、壁が薄くて声が良く通るからこういう話題は相応しくないよね。

 脳内でサシ飲みの日時と会場を考える。


「でね、考えたの」


 伊月の主張は続いている。いいぞ、私はしっかり聞いているよ。正座すべきかな?


「私は私なりに応援しようって」

「応援?」


「浅見君はモテるから、きっとフラれるでしょう?その時に慰めてくれるか、その前に付き合ってくれる人が居れば思って、それとなく別の男子をけしかけてるの」


 ……は?


「はあああああっ!?」

 何それどういうこと?何言ってるの?けしかけるって何を?伊月が慰める必要は1ミリもないけど、別の男に慰めさせるのもおかしくない?

「もしかして法学部の茂原と脇坂のこと?最近、噂になってるよね」

 ずっと黙っていた鈴原からのタレコミ。誰よそれ、噂になるほどの人物って何しでかしてるの。


「それ。随分前から茂原が浅見君のことを追っかけてるんだけど、去年くらいに脇坂君から話しかけられて。茂原とどういう関係だって訊かれたから、元恋人だけど今は顔見知りって答えたの。そこからなんでか知らないけれど、恋愛相談を受けるようになってね。茂原と浅見君はまだ友達だし、付き合ってないから告白するならしちゃえって背中を押してる最中」


 急に饒舌。待って、私を置いて行かないで。


「それでか~茂原、浅見と一緒にいることが多かったのに、最近は脇坂に連れられてる姿をよく見るからどうしたんだろって思ってたんだ」

 鈴原はなんで男子の交友関係に詳しいの。他の学部の人ばっかりじゃん。

「そろそろ告白するんじゃないかな。限界だ、って溢してたから」

 口角が上がっているところを見るに、伊月はそれなりに楽しんでいるらしい。

 確かに伊月の交友関係は複雑になっている。浅見と伊月は直接関わらないのにね。


 個室居酒屋はなし。私と伊月ではやはり土台が違った。BL世界に腰を据えて生きている女は強い。BL世界のバランスボールに座っている不安定な私では、心構えがなっていない。

 元彼に別の男をけしかけるなんて、逆立ちしても出来ないし、しようとも思えない。


 でもね、図書館でBL小説を読んだからちょっとだけ知識はあるよ。



 これ、スピンオフって言うんでしょ?



 知識に無駄はないとわかっていても、要らぬ知識もあると噛み締めた。

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