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SEASONS~花火~ 9

 一旦足並みが揃ったところで、館内アナウンスによるイルカショーの案内が耳に入った。誰一人反対することなく、屋外ステージに向かうと既に沢山の観客が居た。子供に人気の最前列や、屋根があって日陰の部分はもう満席で、残っていたのは日当たり抜群のステージサイド。遅れて来た者の宿命なので仕方がない。

 上手い具合に横一列6席が空いていたので、順に押し込んで私は一番端の通路側を手に入れた。隣には修也。浅見がまごついていたので松戸と並ばせたら少し大人しくなった。

 イルカショーは約30分。3頭のイルカと3人のトレーナーがプール内を縦横無尽に泳いで、かなりの頻度で飛んでくる水飛沫が気持ち良かった。


 それを覚えていたのは開始5分くらいまで。



 頭が痛い。気持ち悪い。寒気がする。

 最初は少しだけ具合が悪いかな、と思っていた。徐々に苦しくなってきて、終いには震えが止まらなくなった。さっきまで普通だったのに、こんなに短時間で急変するものなの?体感は1時間以上なのにショーはまだまだ終わらない。少しお手洗いに行こうかなんて思っても、立つこともままならない。耐え切れずに頭を下げて蹲ると、背中に体温を感じた。


「姉さん?どうしたの?大丈夫?」


 修也だ。驚いた様子で、背をさすり耳元で話しかけてくる。


「あたまが、いたくて……」


 多分、恐らく、9割くらいそうじゃないかな?ってものが。

 これ、熱中症だ。

 思い返すと、外で活動して汗をかいているにも拘らず、飲んだのは律さんから持ったお茶だけ。気を付けていたつもりだけど、なんて後悔してももう遅い。

「医務室まで行こう。立てそう?」

 支えがあればなんとか行ける。

「手、かして……」

「わかった」

 私が立たない限り、修也も出られない。ノロノロと立ち上がり、通路に出ると修也の後を続々と人が出てくる。

 ショーは終わったの?いや、違う。四人が出て来てる。え、いいよ。修也には悪いけど、付き添いは一人で大丈夫だよ。そう思っていても口にはしない、する気力がない。汐里さんが置きっぱなしの私のリュックを持ってくれて、松戸が落とした帽子を拾ってくれている。浅見と律さんが先に行き、スタッフに医務室の場所を確認しているらしい。至れり尽くせり、とか言っている場合じゃない。本当に申し訳ない。このお礼は後日……


 なんとか這わずに済みながら辿り着いた医務室で、私の意識はほぼ絶えた。




 風邪を引いたときに見る夢がある。

 夢は記憶の整理と言うが、発熱をすると脳の処理能力が低下するのだろうか。支離滅裂な上に理解し難いシュールな物だったり、見覚えもない人物たちが織りなすドラマだったり。起きた時に覚えているのは変な夢だったということだけ。


 今私が見ているのも、その一つ。


 雪が降る交差点に立ち尽くしている男。信号は青なのに、横断歩道を渡ろうとしない。手には花束を持っているけれど、仏花だ。

 私が知っている男と、この男はきっと同じ人物だ。髪型とか雰囲気は少し違うけれど、流石に自分の父親の顔は覚えている。

 ここは実家の最寄り駅。その花を持ってどこに行くつもりなのか。優しそうで寂し気な表情を浮かべて、花を見つめている。ねえ、貴方が帰る家には誰が居るの?修也と、私が居たりする?もしかしなくても、そのお花はお母さんに供えるための?


 目の前が真っ白になった。


 見たこともないイチョウ並木を歩いている。黄色の絨毯が敷かれた道を進んで行くと、ベンチに腰を掛けて本を読んでいる松戸が居た。いつもはコンタクトなのに、眼鏡をかけて本を読んでいる。今まで眼鏡を使っているところなんて一度も見たことがなかったけれど、とても似合っていた。

 声を掛けたらこちらを見るだろうか。

 行動に出る前に、松戸は本を閉じて私が居る方向とは真逆を向いて、手を挙げた。知り合いが来たのかはわからない。長い長いイチョウのトンネルの先には誰もいないのだ。目を凝らしてもただ、道が続くだけ。

 輝くような笑顔を見せる相手だ、想像は付いた。


 強い風が吹いた。


 日がとっぷりと暮れた夜。遊覧船の船首にいるのは浅見と、もう一人。

 男の子が浅見に一生懸命語りかけているけれど、暗くて顔が良く見えないし、声も聞こえない。離れた場所から様子を伺う。

 少し背の低い彼は浅見を見上げる。向き合った二人のシルエットは写真に納めてあげたいくらいだ。

 でも今ではない。あと数分、もしかしたら数十秒後。

 生きてきて一度もやったことがない仕草、人差し指と親指でフレームを作ってみる。指の枠の中に二人を入れると、ヒューと打ち上がる音の後に海上には大輪の花。

 やはり絵になった。

 こういうの、なんて呼ぶんだっけ。サムネイルでもフォトジェニックでもなく、スチール?


 海面が花火で埋め尽くされた。



 小さい男の子が隣で私の手を握っている。

 視線を下に向けると、その子はニコリと笑ってくれた。嫌な気持ちはない。誰、と聞きたかったけれど声が出ない。

 幼い頃の友人か、イマジナリーフレンドか。何せ、幼少期の記憶がとんとない。人それぞれ子供の頃の記憶があるだろうけれど、10代が濃過ぎて、一桁の頃の人生が思い出せない。


「さっちゃん」


 男の子が呼ぶ。私のことで良いんだよね?


「いっしょに小学校は行けないけど、またあそんでね」


 あ。その約束は知ってる。

 けど、ごめん。誰と交わした約束かまでは覚えてない。しかしこの子は紛れもなく、卒園後は一度も遊ぶことはなく別れてしまった友人だ。

 懐かしいと思いながらも、この子が誰かわからない。


「僕と、さっちゃんと――――」




 糊のきいたシーツの肌ざわり。申し訳程度に乗せられたタオルケット。清潔感のある白い天井。


「起きた?調子はどう?」


 足元の方から声がして、視線だけ向けると修也が腰を掛けていた。椅子を持って頭の近くまで来てくれる。

「頭が痛いのは落ち着いたよ。……私、いつベッドに寝かせて貰ったっけ?」

「医務室来てからのこと覚えてない?経口補水液を貰って自分で飲んでたよ。看護師さんにここで休んで行きなさいって言われて、自分で横になったんだよ」

 全く記憶にない。倒れなかったから救急搬送まではしなくて良いと判断されたのかな。気合で乗り切った私自身に拍手をしてあげよう。

「ごめんね。汐里さんたちは帰ったの?」

 園内の医務室だからか、窓がなく外の様子がわからない。今は一体何時なんだろう。


「姉さんが休んでから二時間も経ってないよ。皆心配してくれてたけど、ここの看護師さんが付き添いは一人までって帰しちゃった。園内に居るから、姉さんが起きて帰れるようなら連絡欲しいって言われた」


 それはとても悪いことをした。お待たせしている四人もだが、二時間近く一人だった修也は大層暇だっただろう。

「もう大丈夫だから、戻ろうか」

 脳がシェイカーに入れられてしまったのではないかと思った感覚はもうない。多少、体が重だるいなとは感じるけれど電車に乗って家に帰ることは出来る。流石に遊んで帰ろう!と言える元気は残っていないので、まだ遊ぶ予定ならば謝罪だけして先に失礼したい。

「郁人さんに連絡入れるから待って。きっとこっちに来てくれるよ」

 園内を探し回る体力はないので大人しく言うことを聞く。


 その間に来てくれた看護師さんに体の様子を説明し、もう大丈夫だろうと言われたので感謝とお詫びを伝えた。

「元気になったら、また遊びに来て下さい」

 今度は体調を万全に整えて、思いっきり遊びに来ますね。




 松戸たちは思ったよりも早くこちらに着いた。

「医務室近くに居たから」

 遊んでいたのかと思いきや、私を送り届けてからはお土産屋さんを見て回っていたと。申し訳ないと頭を下げるよりも早く、それを止められた。


「この時間はどこのショップも空いてたから、ゆっくり見られたの。家族やお友達にお土産を買いたかったから、沙世子さんや修也君には悪いけれど丁度良かったって言ってたところなの」


 汐里さんの言葉通り、律さんの両手にはショッピングバッグ。浅見や松戸も可愛らしい手提げを持っていた。

「調子はもう良いのか?電車に乗れそう?」

 松戸に聞かれ、頷く。

「うん。ご心配おかけしました」

 タクシーで帰ろうかとも提案されてたけれど、とんでもない。ここから最寄り駅までは2万円以上する。四人で乗るにしても贅沢過ぎる金額だ。私は意地でも電車で帰ります。

「沙世ちゃん、本当に大丈夫?もう少し休んでから帰ろうか?」

 どうしてか私以上に青い顔の浅見。なんでお前の方が病人のような顔をしているのか。


「電車が空いているうちが良いから。もし、まだ回りたい所があれば残って……」

「絶対一緒に帰る。おうちまで俺が送る。一人では帰らせない」

「郁人さん。俺、いるけど」


 我が弟の声は届いていない様子でこちらを見据えてる。


「沢山遊んだから、今日はもう帰りましょう」


 律さんの言葉。その場の全員が了承して、エントランスに向かう。


―律さん、良いの?


 その一言が喉から出かかって、寸でのところで飲み込めた。



 寝ている間に見ていた、纏まりのない夢。半分以上は靄にかかって思い出すことが出来ない。冬だったような、秋だったような、小さい頃のことだったような。

 一つだけ覚えていられたのは夏のこと。浅見と一緒に遊覧船に乗っていた、律さんの姿。

 あの時ははっきり見えなかったけど、目が覚めて自分の記憶と一致したからか、ようやく意味が分かった。

 夢のワンシーンと、今日の出来事。そしてその前に起きた私が知らない二人の話。


 三石律さん。彼女は、いや彼はBLゲームの登場人物だ。


 とても可愛い顔をした男子高校生。主人公との出会いは、通学途中の電車内。車内で痴漢に遭っていた男子高校生を助ける主人公。被害者と救世主。それだけの関係だったが、一年後に再び出会い距離を縮める。

 ゲームの浅見が夏に出会うキャラクターが律さんだ。

 今ここに居る浅見も春に律さんを助けたけど、学生服姿の律さんとワンピース姿の律さんが一致しなかったから気付けなかった。だから思い出せない、記憶にないと言った。こればっかりは浅見に非はないな。


 律さんも言い出しにくさはあったでしょう。でもあの時のお礼を言いたいし、出来れば浅見に近づきたかったんじゃないかな。きっと長い間、想いを募らせていたに違いない。

 最初こそエンジンをフルスロットルだったし、一歩引くようにしてからはとても健気だった。だから私も微笑ましく眺めていた。浅見の周りの暴走男たちよりもいくらか理性があるよ。スイッチが入ったら突っ走りそうな気配は感じるけど。

 

 私が夢に見たシーンは、浅見と律さんの告白の場面だ。

 ゲームでどんな過程を踏むのかまでは思い出してないけれど、攻略キャラとしての律さんは浅見とデートに行く。水族館を巡ってお揃いのアクセサリーを作り、夜の遊覧船に乗って花火を見て浅見に告白をする。


 まさか朝に会って、その日の夜に告白なんてしないでしょと思うけれど、世の中どう転ぶかなんて誰も知らない。

 本人が短期決戦で挑むつもりだったら、私はお邪魔をしてしまったかも。


 良かったのかな。

 聞くに聞けない内容で、考えながら歩いていたらマリンパークの敷地を出ていた。

 空は徐々にオレンジに染まっていく。花火はまだ上がりそうにない。


「花火、見たかったんじゃない?」


 私の隣を歩いてくれている律さんに訊く。


「いいえ。沙世子さんはマリンパークの花火の噂は知ってました?」


「噂?」


 律さんの顔を見る。綺麗な顔だけれど、気付いてから見ると少しシュッとしている。あと数年したら美青年になりそうな予感がする。


「遊覧船から花火を見て告白をすると恋人同士になれるけど、一年以内に別れちゃうんですって」


 なんとも縁起の悪い花火だ。


「買い物をしている時に浅見さんに教えたら、『好きな人に告白する時は気を付ける』って言われちゃいました」


 ニッと歯を見せて笑う様は、少し幼くて可愛い。


「浅見君は見る目がないね」

「そうですか?抜群に趣味が良いと思いますよ」


 恋は盲目ですね。

 浅見と律さんの距離は変わらなかったようだが、さらりと受け止める彼がとても眩しい。


「今日のお詫びに、律さんと遊びに行きたいな。汐里さんも入れて三人で」


 良いかな。律さんともお友達になりたいのだけど、迷惑じゃなければ嬉しいな。

 律さんは一瞬、驚いた顔を見せた。


「お詫びは嫌です。友達とは普通に遊びに行きたいので、連絡先交換しましょ」


 年下の友達が出来ました。




 夕日に照らされた電車。

 泳ぎ疲れた子供とお父さん。はしゃいで遊んだ中学生のグループ。お互いに寄りそうカップル。疲れて眠っている人たちばかりの車内は静かだ。こちらも私以外はウトウトと舟を漕いでいる。ぐっすり寝かせて貰ったのは私だけだからね。


 自分のことを棚に上げるが、忙しい一日だった。今日だけじゃない。今年の夏はとても騒がしかった。去年以前の夏を思い出せないくらい、密度の高い日々だ。


 この先も同様の出来事に溢れていたらどうしよう。

 99%の不安が私の胸を締め付ける。平穏を一番に望むけれど、懸念材料は減る様子がない。


 現実から逃げるように、目を閉じる。その前に、私の肩に頭を預けてくる浅見を反対側に押し付けた。

 ご安心を、隣は手すりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ヒドイ輩もいるけれど、“ライバル”の立場にあろうと良き女(ひと)を認め、競いつ(?)応援しそうな気配のBL攻略対象もいること。  松戸あたりは第三者視点でははひどいとこあるけれど、人間そ…
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