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SEASONS~花火~ 5

 居心地の良かった田舎での生活はあっという間に終わってしまった。おばあちゃんはもっと居れば良いのにと言ってくれたけれど、修也には仕事が、私にもアルバイトや課題があるので長居は出来なかった。甘え過ぎてこの環境に慣れてしまってもいけない。人間は自分を甘やかすことが得意な生き物なのだから。


 最終日に祖父母や叔父夫婦、伯母家族が総出で見送りしてくれた時は恥ずかしさよりも嬉しさが勝った。前日の夜におばあちゃんと叔母さんがああでもない、こうでもないと言いながら何かの支度をしているのは知っていたけれど、それが修也と私へのお土産だとは気付かなかった。

 紙袋に入れて持たせてくれたのは農協に出している自家製のジャムと、道の駅まで行って買ってきたという昔からあるご当地お菓子。伯母さんと従兄の奥さんもお土産をくれて、こちらは少し離れた観光地で売っている有名なチーズケーキだった。

「おうちで食べて。まだ持って行って欲しいものがあるんだけど、重たくなっちゃうから後で宅配便で送るからね」

 昨日、帰る前に連絡先を教えて欲しいと言われて伝えたばかりだった。貰ってばかりな上に、何もお返し出来ていないことへの申し訳なさを感じていると、見通しているかのようにおばあちゃんが手を握ってくれた。

「冬休みでも、春休みでも、いつでもいいから遊びに来て頂戴」

「祖父母孝行だと思って」

 おじいちゃんからは折り畳まれたティッシュを渡された。なんだろうと見つめると、うっすらと見えたのは『壱万円』の文字。これは……貰っちゃダメなやつでは?

「おじいちゃん、これ」

「早くしまって。帰ってから開けなさい」

 返そうとする私と、受け取らないおじいちゃんの押し問答は伯母さんからの

「沙世子ちゃんが受け取らないと、修也君も返す羽目になるから貰っておきなさい」

 の言葉で私が負けた。おじいちゃんもおばあちゃんも伯母さんも何故だか嬉しそうだった。


 長くて短い帰省が終わった。




 田舎から帰ると至って普通の日常が待っていた。

 塾の勉強合宿に行っていた教え子の里奈ちゃんはヘロヘロになって帰って来た。私の帰省と重なっていた部分もあり家庭教師はお休みだったが、受験生は24時間営業だ。避暑地にある合宿所だったらしいが観光などは一切なく、朝から夕方まで授業があり、夜も翌日までに終わらせる課題に取り掛かるというハードぶり。


 里奈ちゃんの志望校は平均よりも少し高めの偏差値だけど、バリバリの進学校でもない。里奈ちゃん自身の成績は中の上。二年生時の通知表を見ると、国語と体育と音楽は4でそれ以外は3だった。五教科でオール4を取れたら良いな、どれか一つでも5があると安心かなというレベルだ。一学期は国語と英語と数学が4だったので家庭教師としての面目躍如となった。4を5にするのはとても難しいので、これから気合を入れなければいけない。


「帰る日の前の夜はみんなで花火やったんだ。夕飯もその日だけはバーベキューで、豪華だったよ」

 鞭ばかりでは生徒たちもバテてしまう。大人も当然わかっているので最終日に飴を入れたのだろう。大変な思いをした後のバーベキューと花火はそれは格別のものだったに違いない。

「合宿にはお友達いたの?」

「ううん、誰もいなかった。でも同室になった子と仲良くなって、連絡先交換したよ」

 隣の学区に住む女の子で、こっちに帰って来てからも一緒に勉強する約束をしたとのこと。夏休みに出来た新しい友達ってなんだか嬉しいよね。わかる。


「その子も『空色』が好きなんだって。コンサートグッズのポーチとトートバッグを持ってたから、すぐ喋れたの」

 ……あぁ、空色。やっぱり人気なのか、空色。正直なところ、何人グループなのか全然わからないぞ、空色。沖君以外は誰が居るんだ、空色。

「私はまだコンサートに行ったことがないんだけど、その子は3回も行ったことがあるんだって。いいなぁ」

 里奈ちゃんのお母さんはアイドルに興味がない。娘が好きなアイドルは知っているけど一緒になって出演番組を追ったりライブ映像を見たりはしない。強く否定はしないけれど、受験生だから勉強を優先してから好きなことをしなさいというスタンス。コンサートやファンクラブ入会は高校生になったらという約束なんだって。だから里奈ちゃんは生の沖君を見たことがないのだと。

「沖君に会えたら絶対勉強も頑張れるのに」

 会うというのは対面する訳ではなく、視認すること。同じ空間に居て、画面越しではない姿を見ればそれが『会う』ことだそうで。感じ方はいろいろで、ファン心理は深いなと感心する。

 一目だけでもと思う乙女心。応援してあげたいが、相手があの学食騒動を起こした沖君だとなぁ……

 気軽に大学に連れて行ってあげるなんて言えないし、キャンパスが違うから偶然出会うこともない。私があげられる飴は今のところないなと考えながら、雑談を切り上げて授業を開始した。





 夏休み中にやるべきことはアルバイトだけではなく、課題や人との約束もある。約束の一つが、浅見のあれ。七夕に手に入れたテーマパークのチケットだ。四人で出かけようと言われ、何を思ったかその時の私は了承してしまった。記憶にないんだけど、修也経由で


「郁人さんが、都合のいい日を教えて欲しいって。水族館と遊園地だけなら夏の間じゃなくても良いけど、忙しくなる前に行かない?って言ってた」

 

 とお伺いがあるところを見ると、私はOKを出しているようだ。一カ月とちょっと前のことなのにもう記憶がない。私の物忘れが加速しているのか、浅見に関しての情報は上書き保存以前に即ゴミ箱行きだからなのか。真相は誰も求めていない。

 しかし、約束をしたことを勝手に反故にするのは失礼だ。いくら私だって了承してから、理由もなくキャンセルするのは心苦しい。浅見が相手だとしてもだ。

 バイトの入っている曜日とサークルの女友達との予定がある日を伝えて、それ以外であればいつでもと答えておく。

 既に働いている修也や最近バイト日数を増やしたらしい松戸、あとは男に追いかけられて常に忙しそうにしている浅見に比べて、私はスケジュール調整がしやすい。男三人衆に合わせるのが一番だ。


「それだと、来週の金曜日とかでも平気?」


 年頃の女子大生としては、デートの予定がありますとか言ってみたいけれど、弟に見栄を張るのも虚しい。一緒に暮らしていて、姉の出先がバイト先と大学と図書館しかないことに気付いていないわけがないもの。


「大丈夫、空いてる日だよ」


 恋人と別れて、未練を断ち切ったのがつい先日。恋人が欲しいとがっつくのは気が引けると思っていたけれど、出会いを求めなければ来月も再来月もスケジュール帳に書かれるのは、バイトと大学のことばかりなのでは?と一抹の不安がよぎる。

 夏休み明けには本気を出そう。私は私を愛してくれる恋人が欲しい。


「郁人さんが『凄く楽しみにしてる』って伝えて欲しいって」

「誰に?松戸に言うなら、修也君が隣まで行って教えてあげて」


 松戸とは友達に戻ったけれど、だからと言って浅見と松戸の伝書鳩まではなる気はないよ。


「普通に姉さんへの伝言だよ」

「へぇ」


 何が楽しみなのかね。水族館でやってるイルカショーか、ペンギンのお散歩タイムか。

 私が未来予知してあげようか。イルカショーを見てたらイケメン飼育員にご指名を受けてショーに参加をするか、ペンギンのお散歩タイムに遭遇したらイケメン飼育員のご厚意でペンギンとツーショットを撮らせて貰えるんだよ。

 あいつはそういう奴だ。対イケメン男性においての運勢が悪いようで良い。絡まれることも多いけど、おこぼれのようなラッキーも多々ある。


 以前、サークル仲間の伊月がクレープ屋さんで「お姉さん、可愛いからおまけしてあげる」ってダブルベリーにバナナを3切れも乗せて貰ってた。あれと同様のことが浅見には起きている。

 なお、おまけをされた伊月は「ベリー系が好きで頼んだのにバナナ乗せられるのはあまり嬉しくない」と証言していたので、需要と供給は非常に難しいのだなと同情した。可愛い子も大変だ。

 もしかしたら、浅見も好意を喜ばしいと思うことは少ないのかも。贅沢者め。


「私も楽しみがあるんだ。水族館の深海魚コーナー」


 ダイオウグソクムシやメンダコは有名になってきたが、まだまだ知らない深海魚も多い。テレビで見たダーリアイソギンチャクが居たら嬉しいな。


 隣の部屋から修也が電話をしている声が聞こえた。


「深海魚のぬいぐるみはあるけど、アクセサリーはどうかな」


 修也は深海魚のアクセサリーが欲しいのか。リュウグウノツカイのリングはあるらしいと教えてあげようか。嫌な予感がするからやめておこう。


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― 新着の感想 ―
[一言]  外堀外堀ぃ…… もう少し警戒心もってぇっ!?  でも、自分も外堀埋められているところ、なんだろうなぁ、あさみぃ…… 追いつ追われつ恋と愛のゆくすえは~? わくわく
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