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SEASONS~花火~ 4

 どこか出かけない?なんて聞いたけれど、特別な場所なんて行きたくなかった。

 夏の盛りに男女でお出かけとなれば山でも川でも勝手に行け、と言いたくもなるけれど、私たちの間にそんな選択肢は多分生まれない。松戸は気を利かせてくれるかも知れないけれど、私がしたいことはそこら辺の道端でも出来ることであってわざわざお金と時間をかけるものではないのだ。

 第一、そんな思い出に残りそうなところには行きたくない。この先、そこへ行く機会があったとして無駄な感傷に浸りたくないもの。時間と共に傷が癒えるよ、なんて言う奴がいたらはっ倒してやる。癒えるまでの間に傷が化膿したらどうしてくれる。


 だから二人で会う場所はただのファミレス。学生に人気のここらで一番安い店舗だ。平日ならばうちの学生や近隣の高校生で賑わう店舗も日曜日は少々落ち着いている。

 隣に住んでいるのに待ち合わせというのもなんだかアホらしいが、顔合わせてしまえば言いたい言葉がオブラートに包まれないままポンポンと出てしまう。それに修也がいる部屋の近くでそんな話をしたいわけがない。故に約束の時間を取り決めて、その30分前からファミレスで待機することにした。

 伊月から借りたティーンズ文庫のシリーズ物は4巻目に突入していた。ヤンチャな先輩と平凡な女子高生の甘くじれったい恋物語。最初は片思いだった主人公。だけど話が進むにつれ先輩も主人公のことが好きだと判明し、晴れて二人は両思い……となるかと思いきや、話はそう簡単には収まらない。あらすじを読むと主人公のことを好きだと言い出す幼なじみの同級生や先輩の元カノを名乗る新人女教師の登場。二人はすれ違いに次ぐすれ違いでまともに話しあえないまま、先輩の卒業で離ればなれに。……うん、なんか気が滅入る話だ。


 これから話すことを思えば、私たちハッピー俺たちラブラブ!みたいな内容でも腹が立つけど。いっそ絵本でも持ってくれば良かったかな。文庫本をパラパラと捲って見るもそれ以上に内容が入って来なかったので大人しく鞄の中にしまう。

 時計が待ち合わせ時間5分前であることを教えてくれた。そろそろ来るだろうと気持ちを落ち着かせて身構えていたのだが。

「いらっしゃいませー」

 店員の挨拶で入口に目をやる。待ち合わせである旨を伝え、店内を見渡す客の姿を確認すると心拍数が跳ねあがった。松戸だ。

 あちらも私に気が付いたのか、店員と一言二言言葉を交わしてこちらに向かって来た。

「ごめん、待たせた」

 私の前に腰かけ、お冷を持ってきてくれた店員にアイスコーヒーを注文する。

「早く来たのは私だから。松戸だって時間より前に来てるんだから気にしないで」

 非常に和やかに話せている筈。私の口角はしっかりキッチリ上がっている。目が笑っている保証は出来ないけどね。

 注文した物があれだけなのでアイスコーヒーは早々にテーブルに運ばれた。ごゆっくりどうぞ、と優しい声かけて頂いたもののあまり長く話し合いをしたくはないわと心の中で返事をする。

 私が誘ったのだから話を切り出すのはこちらからでないと。既に温くなっている紅茶に口を付けて心を落ち着かせる。

「どこかなんて言っておいて、ファミレスに誘ってごめんね」

 いっそ二度と出かけないつもりで観光地も探して見たけれど、落ち着いて話が出来る場所がどうしても思い付かなかった。ファミレスが落ち着くかと言われたら疑問が残るがランチタイムも終わったこの時間帯は客もまばらで前後左右の席は空いている。これくらいなら丁度良いだろう。

「別に気にしないで。夏休みって言っても忙しいだろ?アルバイトもあるし」

 あれ。松戸にアルバイトについて話したのはいつ頃だったか。多分、四人で夕食を取っていた時にポロっと溢したような気がする。2、3ヵ月前の記憶も曖昧なのは流石にまずいのではと不安になってくる。

「ありがとう。でもね、家庭教師のバイトは思ったより暇で困ってるの」

「夏休みなのに?」

 私も同じことを思ったよ。

「塾の勉強合宿に参加するらしくて、お盆を含めて8月は半分お休みなんだ。今頃涼しいところで勉強頑張ってるはず」

 一学期の期末試験は中間試験よりも成績は上がっていた。一応家庭教師としての面目が保てたことにホッとしたけれど、理科と社会の成績がイマイチだったようで有名進学塾の夏期講習参加を言い渡されたと肩を落としていた。教えてない教科に関してはフォローできなかった。ごめんね、里奈ちゃん。

「そっか。今年も帰省はしないの?」

 私が家に帰らないのは一年の頃からのことだから松戸もそれを承知で聞いているんだと思う。そんなに場が持たないかな。まぁ、普通に考えたら別れた彼女と二人きりじゃ話題も事欠くよね。ほんと、気が利かない女です。すみません。

「実家には帰らないけど、今年は修也君と二人で母方の祖母の家に行ってみようと思ってる。松戸も帰省しないんでしょ?うちの留守に何かあったら宜しくね」

「勿論。けど何もないことを願ってる」

「私も」

 クスクスと笑い合うとその場の空気が少しだけ和んだ気がした。気がしただけね。すぐに来た沈黙を割くように話を切り出す。


「今まで私の我が侭に付き合わせてごめんね」

 『我が侭』

 松戸と別れてからの私の行動はこれに尽きる。別れを告げられた女が未練たらしく友達で良いからと男の家に上がり込んで食事の支度をする。兄弟や不本意ながら知人である人間が親しくしているからと言って、その付き合いに参加させて貰う。傍から見たらなんて迷惑な女だろう。自分を客観視出来なかったのが非常に悲しい。

 言い訳にならない言い訳をさせて貰えば、それだけ松戸が好きだったんだ。

 都合のいい女と思われてもいいやと思うくらいに好きで、一緒にいたいと思っていた。

「謝らなきゃいけないのは俺だよ」

 松戸は私の謝罪をすんなりと受け取ってくれない。何故?松戸が謝ることとはなんだろう。

「本当なら別れた時点で山岸の申し出を断るべきだったのに、友達でいたいっていう言葉に甘えて迷惑かけた。山岸が遊びに来てくれたり、飯を作ってくれたりして、付き合う前の状態に戻してくれて助かった」

 それは松戸が少しでも私と友人でありたいと思ってくれているってことでいいのかな。嫌いになったわけではないという前提の元この数ヵ月を過ごして来ていたけれど、自分のウザさは自覚していたのでその言葉に救われた。

「山岸に対して酷いことをしたって反省してる。決して普通じゃない理由で一方的に別れを告げたのに、山岸は怒らないどころか変わらず接してくれて。偏見の目を持ったっていいはずなのにいつも通りで……」

 うーん、偏見云々に関しては私にとって不利になる条件が揃いそうだったから何も言わないっていう計算も少しはあるんだけどね。でも彼氏が男を好きになったからっていきなり面と向かって「このホモ野郎!」とかは罵らないよ?そこは人間としてどうかと思うレベルだからね。

「松戸から別の人を好きになったって聞いた時は正直言えばショックだったよ。私は一応彼女だったからね。だけど人の気持ちは変わる物だし仕方がないと思う。……と言うのは今の私の意見であって、振られたばかりの私はそう思えなくて『ずっと一緒にいたらいつか私のことをもう一度見てくれるかも』っていうズルイ考えがあったんだよ。松戸が思うほど、私は優しくないからね」

 僅かな期待だったけど、人間の本能にかけてみたよ。同性より異性を欲するのが世の常ではないかってね。だけどこの世界の常と言うのは一筋縄ではいかなくて、性別なんていう壁は存在しないようだった。本能で行動してみろよと訴えてみたら男が男を襲いかねない世界だからね。

「どうしてだか分からないけど、松戸と浅見とうちの弟を交えて話す機会が少し生まれて来たでしょ?男同士ってこともあるんだろうけど、私が入る隙間ってあんまりないなって思ったの。私が知らないところで三人が仲良くしてることを知ってビックリした」

 私たちは小学生の仲良しグループじゃないんだから、誰誰と遊んだよなんて報告は必要がない。仲間外れにされたなんて認識も当然ない。ただ、三人ないしは松戸と浅見の二人で出掛ける回数はこれから増えて行くのだろう。ゲームで言うところのイベントも生じて来るかも知れない。その時に私は一々割り込んでお邪魔虫をするのか?どこそこに行くと聞いたら先回りして偶然を装い二人の仲を引っかき回すのか?

 そんな人生、虚し過ぎる。

 松戸の心は私に向いていない。どんなに頑張ってご飯を作っても、笑顔であいさつをしても、楽しく会話をしようとも、私たちが恋人に戻ることはもうないだろう。

「自分勝手で申し訳ないんだけど、もう一度友達にして欲しい。というか、サークルの仲間に戻ろう。私はもう松戸の部屋に行かないし、松戸を部屋に上げることは……元々なかったかな?修也君がいるから絶対上げないってことはないけど、私だけの時は上げない。普通の関係に戻そう」

 松戸は普通の関係に戻った気でいたのに、私の気持ちだけが残っていたせいで改めて話すことになってしまった。松戸にとってはいい迷惑だろうな。夏の暑い日に外に呼び出されて、言われたことと言えば自分が既に納得したことの再同意。でもこれが最後なので許して欲しい。

「……山岸には本当に酷いことをしたと思ってる」

「思わなくていいよ。仕方ないことだから」

「別れたことだけじゃなくて、その後も。本当は浅見と一緒にいるの、嫌だったでしょ」


 えぇ、とても。


 ……って、即答してたと思う。春頃なら。

 私今でも彼のことを好いてはいませんよ。接点はいらないと思ってる。だけど思いの外関わりを持ってしまったこともあり、気持ちとしては少々の変化はある。

「個人的には恋敵だったから面白くないよね。けどね、松戸や修也君の友達としてはいい人だと思うよ」

 松戸の友達扱いしてるところで私の性格の悪さが窺えるよね。彼らが恋仲に伸展することが想像出来ないんだよ。あの三人は普通に友情を育んでれば良いと思うんだ。それを遠くから見守る程度の優しさなら持ち合わせてるよ。

「浅見は山岸のこといい友達だと思ってるみたいだ」

 流石は松戸。素敵な目をお持ちだ。いい友達。頑張って頑張って相手を受け入れるとしたらそこまでだね。相手も同じ感覚を持っているのであれば私も歩み寄るよ。

 男女間の友情はあると思うよ。

「ありがとう。二人の恋が成就しないことを願ってる。それくらい許してよね」

 松戸の前ではいい子でいたけれど、そろそろそれも限界だ。私の性格はとっても悪いんだ。

「頑張ってみるよ」

 どういう意味の頑張るなの、それ。

「時間を取ってくれてありがとう。元に戻ろう、松戸君」

 冷めきった紅茶はどうしたってアイスティーにはならないけど、それなりに近い物にはなっている。

「こちらこそ長い間ごめん。これからは隣人として宜しく、山岸さん」


 私はアイスティーもどきを飲みほした。


 

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