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SEASONS~花火~ 3

 祭りのメイン会場には大きな笹が飾られている。大の男の身長を優に超すその巨大な笹には七夕飾りや色とりどりの短冊が飾られていた。


「良かったら書いてって」


 役員の紋章を付けているおばさんから短冊を渡され、暫し考える。今私が望んでいることは何だろう。

 パッと思い付いたものは一つだったが、公共の面前に晒されると考えるとおいそれと書ける物ではない。人様の短冊を見るのって秘密をこっそり覗いているみたいで申し訳ないけど、ワクワクするよね。単純に子供のお願い事を見るとほのぼのとするって言うのもあるけど。

 笹の隣に設置されたテーブルで頭を悩まし、向かいを見る。同じように短冊を渡された二人がマジックを手に考え事をしては筆を走らせていた。

 あれだ。そこの誰かさんは自分の身の安全をお星様にお願いするのも一つの手だと思うよ。織姫と彦星が何処まで願いを叶えてくれるのか分からないけど、万が一の確率で誰かが短冊を見て身の振り方を改めてくれるかもしれないし。

 1ミリでもその気があるような輩だったら、普段の行動をとっくに反省してくれてると思うけどね。

 お願い事、お願い事。私の気持ちを素直に表現して、かつ人に見られても恥ずかしくないような現実的なお願い事……

 やっぱり、あれ?

「沙世ちゃんはなんて書いたの?」

 短冊から顔を上げた奴が私の手元を覗いて来る。拝観料取るぞ。同じく、松戸も書き終えたのかこちらの方へ視線を向けた。


『世界平和』


 長細い短冊の真ん中にはそれしか書かなかった。

 言うなら 『私の周辺の「世界」だけ「平和」であればそれでいい』 なんだけどね。地球規模の平和だってそりゃあ大事だけど、今まさに困っているのは私であって、私が私の日常の平和を望んで何が悪い?

 けど他者から見たらなんだこいつ……って心証悪くしそうだから言わない書かない教えない。中学二年生の残念な学生が書きそうな博愛主義的短冊になっちゃったけど、紛れもない私の本心だから仕方ないよね。

「なんか良い願い事が思い付かなかったから」

 適当に書いちゃった、と笑えば

「いや、良いんじゃない?大事なことだし。俺なんて月並み過ぎて恥ずかしい」

 そう言って松戸が見せてくれたのは


『車が欲しい』


「大学生らしくて良いと思う」


 免許はあるけど自分の車なんてよっぽどのお金持ちのお坊ちゃんぐらいだ。だからこそ、男の人たちは自分の車に憧れを抱いてるようだ。

「俺も恥ずかしくて見せられないなぁ。だからあとでこっそり探して見てよ」

 あー、はいはい。この莫大な数の短冊の中からその一枚探すとか面倒なことする気はないから。キャッ!とか言って頬赤らめんな、気色悪い。さっさと役員さんたちに渡して適当な所に飾って貰えや。

「三人とも書けたの?そしたら飾っておくから預かるわね」

 先程のおばさんに声をかけられ、それぞれの短冊を渡す。

「この短冊、並べて飾って下さいね!!」

 ……別に意味なくね?ってか、一々飾る時に場所なんか気にしないでしょ。作業してるおじさんたちもパパパッと終わらせたいだろうから変な注文付けんなよ。

 チラッと見えてしまった『素敵なお嫁さんを貰いたい』って『素敵なお嫁さんになりたい』の見間違いだったのかな。だとしたら誰でも良いから嫁いでしまいなよ。バイバイ浅見。名字が変わっても連絡はいらないわ。



 何やらイベントが始まりそうな広場を通り抜け、商店街の入り口付近に戻る。修也が勤めているレストランを覗けば、忙しさのピークは越えたのか先程より人は少ない様子だった。

 それでも店内の盛況ぶりは良く分かり、なんだか申し訳なくなったのでちょっとだけお邪魔してご挨拶してお茶して帰ろう。当初の予定ではここで夕食を食べるつもりだったんだけれど、その前にたこ焼きやら焼きそばやらを勧められまくった二人には少し酷かも知れない。今はイベントに人を取られているだけで、後からまたお客さんが増えるかもしれないから適度な所で切り上げないと。


 私が中を覗いて様子を窺っていると、松戸と浅見はドアを開け店内に入る。あ、待って心の準備が……

「おじさん、おばさん、こんばんは~」

「あぁ、いらっしゃい!待ってたのよ、空いてる席に座って」

 あぁ、もうあんた完全に顔見知りなのね。分かっちゃいたけどなんとも言えない気持ちになる。

 頭にバンダナを巻いて忙しそうにチョコチョコ動いている小柄なおばさんと、厨房から顔を出してよう、と挨拶をしてくれた笑顔と口ひげが素敵なおじさん。この男性が店長さんで、ホールにいるのが奥さんだろう。とても優しそうな人たちだ。

 私たちはお店の奥のテーブル席に陣取り、メニューを開いた。ここからだと厨房の中が少し見える。修也はどうやら奥で動いているようでたまに姿が見え隠れしている。よく働いているようでお姉さんは嬉しい。

「何食べる、って言いたいけど二人とも色々食べてたみたいね」

 商店街のおばあちゃんたちが作ったおはぎとかお赤飯とか振る舞われてたから、大分お腹に溜まってるんじゃないかな。もち米って腹持ち良いもの。

「でも沙世ちゃん何も食べてないでしょ。ここの料理、どれも美味しいよ」

 見れば分かる。隣のカップルが食べてるパスタも、家族連れが分け合って食べてるピザもどれもとっても魅力的だし、店内には美味しそうな匂いが充満してる。

「出して貰ったものはちょっと食べて包んで貰ったから、俺たち小腹は空いてるんだよね」

「ここで夕飯食べることは決めてたし」

 その大量のお土産はそう言うことだったの。夕飯のことを考えていてくれたとは思わなかった。私としては食べられたら良いな、ぐらいにしか思ってなかった。別にお茶だけでも良かったんだけど、考えれば夜の忙しい時間にお茶だけの客って迷惑だわ。

「トマトとモッツァレラのパスタが一番のおすすめだよ」

 目の前に座った奴が言う。

「この前食べたキノコのリゾットも美味しかったけど」

 斜め前に座った松戸が教えてくれる。

 メニューに並ぶ料理はどれも美味しそうなものばかり。そう言えば私、お昼はトースト一枚しか食べてなかったしお祭りでも何も買わなかった。どうしたものか頭を悩ませる。

「決まった?」

 気が付けばテーブルには先ほどのおばさんがいらしてた。二人はお互いのおすすめを注文してる。私は……


「お店のおすすめって何ですか?」


 結果、なんとも豪華なディナープレート(デザート付)が出て来た。え、まさか一番高いメニューとかじゃないよね?

「そのドルチェ、修也君が作ったのよ。だから今日の一番のおすすめ」

 笑顔で私の前に置いて下さったおばさまに心の中で即座に謝罪。すいません、ティラミスは美味しく頂きます。勿論その他のお料理も残さず食べます。そしてイタリアンではデザートではなくドルチェでしたね。勉強不足で重ね重ね申し訳ない。

「ありがとうございます。いつも弟がお世話になってます」

「こちらこそ修也君が入ってくれてうちのお店は大繁盛。格好良い男の子がいるって評判で、近所の大学や会社のお姉さんたちが集まって来て嬉しいわぁ」

 あらま。お世辞かも知れないけどそんなこと言われたら義姉としてはドキドキしちゃう。もしかしたら素敵な義妹が出来るかもって、ほのかに期待しても良い?

「修也君、調理師免許を持ってるでしょ。主人も助かってるわ。今まで一人で厨房回してたから団体さんとか入ったら休憩も碌に取れなくて」

「そう言って頂けると嬉しいです。弟もこちらでの仕事が楽しいみたいでよく家でも話をしてます」

「あらぁ、まぁ。なんだか申し訳ないわねぇ。こんな安い給料のところなのに。お友達も顔を出してくれるもんだから、最近は二倍三倍で女の子のお客さんが多くてびっくりしてるのよ」

 前に視線をやれば苦笑する松戸と浅見。なんだ貴方たちはここでも客寄せパンダをしてるのか。そして名物になるほどここに通ってるのか。

「お姉さんもご飯食べに来てね。修也君、とっても喜ぶと思うの」

 どうだろう。義姉がバイト先にしょっちゅう来たら嫌じゃない?今日はお祭りだし初回だから良いだろうけど……

 来るとしたら修也がお休みの時にこっそりとってなりそう。

「えぇ、是非」

 口ではそう告げ、笑顔で返す。再び忙しくなってきた店内を見ておばさんは厨房に戻って行った。そして目の前にある豪華ディナープレートに取りかかる。どれも全て美味しそうな物ばかりだった。


 食事中の会話はあんまり覚えていない。

 主に浅見が喋り、松戸が頷き、私が心の中で突っ込みを入れていたんだと思う。

「マリンパークの1dayパス、四名様までだったから俺たちと修也君とで行こうね」

 そんな浅見の話が出たのが、私の中のメインディッシュ・ティラミスを食べていた時。甘くてほろ苦い大人な味のドルチェはとても私好みの味だった。なので少し気分が浮上していたんだと思う。


「海水浴しないなら行く」


 浅見が店内で叫び出すんじゃないかと思うほど狂喜していたと、帰宅した修也から聞いた。

 私、覚えてない。


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