表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/51

SEASONS~花火~ 0

 祭りがあるらしい。


 なんとも適当な情報になっているのは伝聞だったから。夏だ、バイトだ、そして試験だ、とわちゃわちゃしていた時にあった話。


「姉さん遊びに来て」


 少し遠慮がちに、だけど譲らないと言わんばかりに力んで挑んできた義弟にNOと言うのはかなり勇気がいる。なんでそんなに緊張してるのさ。聞けば修也のバイト先であるイタリアンレストランがある商店街で七夕祭りがあるようだ。そこに来て欲しいなんて言う義弟の可愛らしいお願い、最初から拒否するつもりなんてないよ?


「郁人さんと松戸さんも一緒に」


 ……ないよ?うん。ないけどね。


 修也がこちらに来て二ヵ月経つか経たないか。バイト先では大変良くして頂いているようで、家でも仕事の話をポツポツしている。義姉としては大変喜ばしい話である。

 反面、平日が休みで土日休みの私とはすれ違いが続いているが、大学やバイトから帰って来ると部屋の明かりが付いていることの方が多い。

 たまにいないと思うと隣の松戸の部屋に遊びに行っており、何故か頻繁に出入りしている浅見と三人で駄弁っていたりゲームをしていたり映画を見ていたりととても楽しそうな男子会に参加してる。

 家に引き籠って塞ぎこむより何倍も健康的で良いことなんだが、男子会の内容があまりにも不明瞭で戦々恐々としているのも事実。浅見がいて、松戸がいてそこに加わるとなれば嫌でも気になるのが恋愛模様。まさかの泥沼三角関係や、じれじれの甘酸っぱいラブストーリーが突然に起きてしまったら……!

 そしたらこのアパートの部屋を修也に譲って私は北に旅に出よう。西も良いな。そうだ、京都に行こう。

 義姉を隠れ蓑にして二人をご招待?でも今更そんな隠すようにして呼ぶほど他人って仲でもなかろうに、ここは素直に知り合いと身内を誘ってるだけと解釈することにした。


「二人の予定を聞いて見るね。修也君が誘ってるって言ったら喜んで来ると思うけど」

「多分大丈夫だと思う。前もって祭りの日程は伝えてあったから」

 私が一番後かい。まあほぼ毎日顔合わせてるからいつでも伝えられるって思ったんだろうね。気にしてないよ、私。

「姉さんの都合が付けばなんだけど、どう?」

 祭りは好きだ。テキ屋がやっているようなぼったくり夜店も、自治体がやっているような安くてちんまりとした出店もワクワクする。修也のバイト先がどんなところか知らないし、ついでに一回覗きに行っても良いだろう。

「行くよ。楽しみにしてるね」

 この返答に嬉しそうに笑い、

「郁人さんと松戸さんに連絡しとくよ!」

 と携帯を手に取る修也。上機嫌なのは何よりだけど、なんでさっきから松戸は名字呼びなのに浅見だけ名前呼びなの?

 姉さん、嫌な予感がしてきてとっても怖いわ。




 地域に根付いた七夕祭りは旧暦でやっているのをよくテレビのニュースで見る。

 しかしここのお祭りはあくまで商店街の客寄せ目的で、今の暦に合わせて7月7日にやっているようだ。私としてはこっちの方が気分的に合うので好きかも知れない。もっと言えばお祭りであれば何でも良いんだけど、それを言うと無粋な気がするので心の中で留めておく。


 準備があるからと夕方の祭りの為に朝から出かけて行った義弟を見送り、何をするでもなくダラリと過ごした午前中。昼食を軽く済ませ、読書をしていたはずがいつの間にか浅い眠りに誘われて気が付いたのは約束の時間の一時間前。貴重な休みを無駄にしてしまい、なんとも微妙な気持ちになりながら、今からでも学生らしい休みの過ごし方は出来ると気持ちを立て直して着替え&化粧に取りかかる。

 梅雨と夏の間のような曖昧な季節の服装にはいつも頭を悩ませる。じっとりとした暑さがあるのに夜は何処となく涼しい。カラッとした暑さを心待ちにしているのに、実際訪れたなら全力で振りほどきたくなる人間はこの日本にどれだけいるだろう。

 少なくとも私は真夏日になった瞬間から冬に期待をする女だ。その逆も然り。四季折々の顔があることは結構ですが、たまには暮らしやすさ重視の気候で一年を過ごしてみたいです。

 祭りだからとはしゃいで浴衣を着るわけでもなく、ショートパンツにブラウスと言った至ってシンプルな装いで隣へ。松戸を連れて3駅先の商店街に向かう、途中にある浅見の下宿先に行かなければならない。

 現地集合で良くない?と思ったがどうやら本当に道中にあるようで、ならばそこで合流した方が探す手間がないらしい。思ったよりも祭りの規模は大きいようだ。

「去年はローカル局の取材が来てたからここら辺では大きい方じゃない?商店街も全長900mとかで結構広いし」

「全然知らなかった。こっちにはあんまり来ないから」

 買い物はうちの駅周辺で事足りるし、バイト先であるお宅は反対方向。定期を持ってないから行き来もあまりしない。こっちに越してきて三年目になるのに出不精過ぎるわ。

「浅見はしょっちゅう修也君のところにご飯食べに行ってるよ」

 あら、初耳。

「あの二人、最近仲良いよ。山岸が実家に行って戻って来てから特に」

 それはどう捉えるべきなのか。あの一件で浅見が修也を気遣ってくれているなら感謝する他に感情はない。身内の私には言い辛いこともあるはずだ。他人にはもっと言い辛い内容もありそうだけど、そこはなんとなく事情を知っている人間に愚痴っても変ではない。義姉の知り合いが自分の知り合いになり、友人になることだってある。友人と会うことを逐一家族に報告するなんて小学生まででしょう。

 何もおかしいことはないんだけど、やはり少し不安を抱いてしまう私は過保護なのか。

 お互いもう良い歳だ。交友関係に口出しをするなんてのはマナー違反になるし、私だって出来ればしたくないしされたくもない。

 だけど相手がアレとなると……

 いかん、頭痛がしそう。


 頭を抱えるか抱えないかの寸前で、昔ながらの日本家屋の前で松戸が立ち止った。

「ここが浅見君の下宿先?」

 道沿いに広がる木戸はなかなかの長さ。こんな家なら部屋も余ってるだろうし、下宿には持って来いだ。西洋風の家にも憧れるけど、日本の平屋も素敵だよね。

「お母さんの弟さんの家なんだって」

 つまり叔父さんですね。

 インターホンを鳴らせばそこから女性の声がする。松戸が名乗るとどうぞ、との返事。お言葉に甘えて入るとやはり中も広かった。一瞬憧れたけど、こう言う家って庭の手入れも大変だし、家の中の掃除で体力使うよね。自分一人じゃ到底無理そう。

 既に訪問済みなのか勝手知ったると言う雰囲気でスタスタと先を歩く松戸に付いて進んで行く。玄関に付くと和服姿の綺麗な中年女性が立っていた。

「こんにちは、お邪魔してます」

 松戸が頭を下げたので、一緒にご挨拶。

「平祐君こんにちは。この前はありがとう」

 やはり松戸はお邪魔していたようだ。まあ男同士ならおかしくないわな。

「こちらのお嬢さんは初めましてよね?」

「あ、大学の同級生の山岸です。先日一緒にお邪魔した修也のお姉さんです」

 なんと。修也も一緒に来てたのか。バイトの行き帰りとか?ならば尚更しっかり挨拶しないと。

「初めまして、山岸沙世子です。いつも弟がお世話になっております」

「あらあら、どうも。郁人の叔母の涼子です。郁人は遠慮して人を呼ばないのだけど、修也君と平祐君はたまに遊びに来てくれるので楽しみなのよ」

 遠慮してなのか、呼べるような友人がいなかったのかはこの際置いておこう。あいつの場合、男と部屋で二人きりとか死活問題だし、二人以上連れて来たところで問題が解決されるかと言ったら微妙な所だ。

「今支度が終わったからすぐ来ると思うの。待っててね」

 嬉しそうに語る涼子さん。何でそんなにテンション高いんですかね?と聞こうとしたが、後ろから来る奴を見て納得。


「沙世ちゃん、お待たせ!松戸もごめん」


 気合入ってますね、浅見さん。ジメッとした暑さの中、紺地に格子柄の浴衣をスッキリ着こなしたそのお姿、見事です。私には絶対真似出来ませんわ。

「この子、お祭り行くって決まって浴衣買う!なんて言うから。私の主人のものなんだけど似合ってると思わない?」

 思わない?って言われてもねぇ。綺麗に着つけて貰ったねとしか言えない。でも上機嫌なこの人を出会って早々不機嫌にもさせたくないし、適当に相槌を打っておく。

「素敵な浴衣ですね」

「浴衣も似合うんだな」

 うわぁ、松戸は手放しで褒めてるよ。そう言えば私、松戸の前で浴衣着たことないや。そもそも着つけられないから持ってないや。一回くらい着てみても良かったかな。

 今時安い浴衣なら4桁で買えちゃうもんな~、駅前のデパート覗いてみようかな~と意識を余所に飛ばしていると涼子さんがそそそ、とこちらに寄って来て小さな声で耳打ちをしてきた。


「あの子ね、今日のお祭りに気合い入れているみたいなの。普段、お友達と出かける時はあんなに支度に時間をかけないのよ」

 へえ。どうでも良い情報ですね。

「この前も映画に行くのにとってもそわそわしていてね。私たちの話も殆ど耳に入ってないみたいだったわ」

 ふーん。耳が遠くなったんですかね。

「ここ最近よ。今年の4月くらいから学校行くのも嬉しそうだし、前よりずっと明るくなって私も主人も吃驚したんだから」

 ほう。勉学に目覚めたにしては少し遅いですね。

「主人はきっと好きな子が出来たに違いない!って言うんだけど」

 ははは。お宅の御主人、何言ってるんですかね。

「沙世子さんは心当たりない?」

 さあ。全くわかりませんね。

「私はね、平祐君だと思うの。主人は修也君じゃないかと言ってるのだけど、貴女知らない?」

 万が一にもそのどちらかだとしてさ、それを私に聞くのは何か間違ってはいませんかね……?

「知らないならしょうがないけど、もしわかったら私たちにも教えて貰っても良いかしら?郁人ってああいう子でしょ?自分からアプローチが出来ない子だから私たちも心配で心配で……」

 ああいう子ってどういう子なんですかね。私は浅見郁人に詳しくないんでわかりません。

「沙世ちゃん、行こうか」

 あ、呼ばれた。

「では、これで失礼します」

「沙世子さん、今度うちに遊びに来て頂戴。一緒にお茶をしながらゆっくりお話を聞かせて欲しいの」

 絶対よ!とかなんとか言っている彼女の言葉を背に気持ち1.5倍の速さで純日本家屋を後にした。



「叔母さん、沙世ちゃんのこと気に入ったのかな。何話してたの?」

 お前の先行きについてだよ。

「最近の夏は暑過ぎて理性が吹き飛びそうですねって言うお話」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ