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記録にない季節 後

 偏愛、狂愛、ストーカー愛などなど。多種多様な恋愛感情を一遍に受けていながらも気にもせず受け流す奴のスルースキルはかなり高い。

 自分でも変な所で感心してるとわかっているが、先程のナンパ男や石崎への態度を見ているとそう感じずにはいられない。これは尊敬に値するし、ここまで相手に無関心でいられるって凄いことなんじゃないかね。好きの反対は無関心とは良く言ったものだ。あ、でも明らかな嫌悪感は出してるから嫌いなのか。

 現に今はめっちゃ眉間に皺寄せてるし。凄い顔だな、周りの男共が泣くぞ?

「沙世ちゃんになんもしてねぇよな」

「俺が視界にいれるのも、手を出すのも世界で一人しかいない。他はただのガラクタだ」

「まさかお前と意見が合うとは思わなかった。前半は同意だ」

「嬉しいよ、郁人。ただお前は優し過ぎる。ただのガラクタ共に気を使う必要はないんだぞ。どうせ俺たちはお互いしか見えないんだ」

「ガラクタは再利用出来る場合がある。お前にはない」

「俺は最初から最期まで郁人専用だから次はない」

「一生独りで人生の幕を下ろすことを切に願ってやる」


「山岸、席取っとくからなんか買ってくれば?」

 親切な田山の言葉に甘えて博多まで明太子でも買いに行ってくるか。

「ありがとう。五時間くらい帰らないから三人で好きなように遊んでて」

「あ!ご飯、沙世ちゃんに買って来たよ。SABAWAYのアボカドえび、セサミにして貰ったから。金銀だこの明太チーズも食べるでしょ?飲み物はオレンジジュースで良いかな。さっき飲み損ねちゃったもんね」

 浅見の前に置かれていたトレーがスッと横に流れ私の目の前に来る。

 これ浅見の昼食じゃなくて私のだったんだ。SABAWAYのアボカドえび美味しいよね。明太子食べたい気分だったから明太チーズとか嬉しい。今日はオレンジの気分だったから飲み物もバッチリ。


 とでも言うと思ったのか、こいつ。

 何故私の好みを知ってる?百歩譲ってオレンジジュースの件は良い。確かに飲みたかったからありがとう。ありがとうなんだけど、私あんたとSABAWAY行ったことあったか?明太子好きって言ったことあったか?どこで仕入れて来たんだ私の情報。

 言う通り、自分と相手しか見えてない世界って素敵だと思うの。お似合いだよ、お似合い。

 冗談はほどほどにしておこう。SABAWAYなんて大学構内にあるし偶然注文の仕方を見ていただけやも知れない。好きな食べ物もどっかで耳に挟んだ程度のものだろうし、ストーカー扱いは行き過ぎた感が否めない。悪かったな、浅見。だけど私は引いている。


「それ浅見君のお昼でしょ。私自分で買ってくるから気にしないで」

「え、何か気に入らなかった?丸鶴製麺の釜玉明太とえび天ぷらが良かったとか?ごめん、俺気が利かなくて!」

 買って来るよと席を立とうとする奴を無言で制して田山と石崎に押しつける。睨むな、石崎。これは私が悪いわけではない。

 ホント地味に私の食の好みを知ってるこいつはなんなのさ、マジで。

「お昼のメニューくらいは一人で決められるし、浅見君に奢って貰う気サラサラないんで気にしないで頂戴。今日の気分はガッツリ肉系だからチャチャッと買って来ちゃうんで三人で談笑でもしてて」

 山形の米沢まで食べに行くんで好きにして下さいな。現実では無理っぽいんでそこの鉄板焼き屋でステーキ注文して来るよ。ついでと言ってはアレだが一緒に席立たれると嫌なので使いっぱしりを受け付けよう。

「石崎君にも買って来るよ。なんかリクエストある?」

 ヤンデレもといヤンホモ石崎。

 今お前に背を見せると私の何かが危ない気がしてならない。自分の意志とは全く関係のないところで二人の男の私への認識が、愛しの浅見郁人をパシらせたとんでもない女になってるんじゃないかとハラハラドキドキなのよ。少しばかりは株を上げておきたい次第だ。

「自分で行く。お前も折角郁人が買ってきてくれたんだ。郁人の優しさに甘えても罰は当たらないだろ」


 ん?どう言った風の吹き回しだ。

 生まれてここ二十数年。男女交際ならぬ男々交際(それ未満もしかり)の場でこんな親切な言葉をかけられたことがあっただろうか。それ以前にそんな場面に遭遇しても日陰の身になっているか透明人間の如くスルーされるばかりだ。

 ここに来てなんで私に親切が降り注いで来てる?そんな馬鹿な。

 頭にクエスチョンマークが5個ほど浮かべていると

「それ山岸に与えたらお前の分が無くなるだろ。一緒に買いに行くぞ」

 マークのカーブが綺麗に真っ直ぐ上向きになった。

 おお、なかなかの策士だな。石崎。

「俺腹減ってないから。沙世ちゃんが食べてるところ見てるだけでお腹いっぱい」

「強がるなって。なんでも好きな物買ってあげるぞ」

 夏祭りのガキかよ。綿あめでも焼きそばでも買って貰いなと手を振り見送る私と田山。周りはガヤガヤと煩いのにこのテーブルには沈黙が落ちる。あんま接点ないんだよね、私と田山。


 知人の友達は友達なのか。いいやと否定をするけれど、田山は比較的話易い部類の人間だ。これまで数回あった機会も嫌な雰囲気にならずに済んだのは、爽やか青年な田山のコミュニケーション能力の高さも理由の一つではないか。

 ニコニコと人好きのする笑顔で二人を見送った後はこちらを向いてだんまり。これは……浅見がいないと駄目なパターン?あれ、でもさっきはそうでもなかったんだけど。さっきの石崎再来は勘弁ね。

「山岸は」

 ブツブツ独り言は目立つんだよと教えてあげようと思ったら会話が始まるようだ。

「あいつの言うことをどこまで信じる?」

 あらら、さっきの聞かれてたのか。

「石崎の話、真面目に聞いてくれてたみたいだから。応援してるってことは、石崎が郁人のことどう思ってるか分かってるんだよね」

「分かってると言うか、石崎君本人が教えてくれたよ。」

 聞いてもないのにな。

「郁人は聞こえてなかったようだから言うつもりもない。だけどあまりに特殊な恋愛だからあんまり知られ過ぎても困るんだ」

 まあなんてお友達思いなんでしょう。自分も関わることだから、火の粉がかからないとも限らないってことで念の為の消火活動か。素直に素敵な友情って思えない自分のスレっぷりが悲しいよ、お母さん。

「私は知らない。応援するって口では言ったけど、石崎君の為に動くことはないし浅見君に告げ口することもない。ただ人を好きだって気持ちは否定しない。それだけだよ」

 行動ってのは人それぞれで声を荒げて叫ぶ応援もあれば、事の行方を見守る応援もある。私は後者の応援を推進している。浅見を狙う男全員を声出して応援してたら喉が枯れてしまう。心の声は常に大音量で流してるけどこれは内緒にしておく。

「石崎は発言や妄想が少し暴走しがちだけど良い奴だよ。少し愛が重いけど、愛情が深い証拠だ」

 少しじゃねーよ?重いどころじゃねーよ?と言うかあの発言には妄想が含まれているのか。冷静に考えればわかるけど、そうか、そうだよね、良かった。

「石崎の気持ちはわからなくもないけどさ」

 ポツリと不穏なこと呟かないで下さい。こっちはホッとしたばかりなんだよ。聞き流させて頂きますけどね。病んでるの怖いよ。

 今日ばかりは言わせて。きっと今日だけだから。



 浅見早く戻って来い。




 その後変な四人組のランチは一時間弱で幕を閉じ、電車の時間と言うとても素敵かつ一般人にはどうにもしようがない理由により石崎は帰宅、田山は付き添いで退場となり、再び浅見と二人だけとなった。

「ご飯も食べたし私たちも帰ろうか」

 今日は修也が早く帰ってくる日だし、疲れている弟には美味しい物を食べて元気になって貰いたい。早く帰って地元スーパーの夕市に行きたいんだ。

「うん、ありがとう。沙世ちゃん」

 映画を見てご飯を食べた。これで満足したのか浅見は笑顔で隣を歩く。お昼に四人でいた時には般若の顔してる方が多かったのに楽しそうだな。


 駅に戻るまでの道のりにも店は多く並んでいて、普段あまり来ないこともあり歩くペースは若干ゆっくりになってしまう。

 あそこの喫茶店の抹茶アイスが美味しそう。あの紅茶専門店はチェーン店だけどここにもあったのか。こんなところに可愛い文具屋さんがあるとは。あの眼鏡屋さん、フレームとレンズ合わせてこの値段ならここで作っても良いなぁ。

 あれこれ考えながら歩いていると、浅見の姿が後方にあることに気が付いた。

 今度は誰にナンパされてんだよ、いい加減頭一回叩かせろ。

 呆れ半分怒り半分で近寄ると、どうやら様子が違う。浅見の前にいるのは小さな机を用意し椅子に腰かけている女性。建物出てすぐの青空広場での商いは数が少ないが、姿恰好と机の上に広がる水晶玉を見て納得。占い師に捕まってやんの。

 大きく書かれた『占』の文字を見て、占いに頼りたいと思う時は心が弱っている時と話していた高校時代の担任の先生の顔を思い浮かべた。

 こいつ弱ってんの?と話の内容を盗み聞きして見ると強引に話しかけられたようだった。


「……なんだけど、ここからが本題」

「あの、もう良いですか?」

 乗り気じゃない様子を見ると別に当たってるわけでもなさそうだ。ササッと話を流して切り上げれば良いのに。

「貴方の人生を左右する恋愛の話よ」

 用意された椅子に半分だけ腰掛け、すぐ立てる体勢を取っていた浅見が姿勢を正し占い師の方へと向き直した。

「僕の恋愛は成就しますか?」

 大の男が占いにマジになるなよ。全然本気にしてないって態度だったのに180度変わってるぞ。


「この一年は非常に多くの愛に恵まれます。沢山の人からの愛情を受けるのでよく考えて選ぶと良いでしょう。ただ二年目の春を過ぎると自分の意志とは正反対の愛ばかりに囲まれ、生涯思う通りの恋愛が出来ません。

勝負に出るならば秋冬。特に後期で決めなければ本命に二度と想いを告げることは叶いません」


 二年目の春と言ったら4年になる頃?年度末まではよりどりみどりの男性ホイホイだよって言うお告げか。当たってるんじゃないの、この占い。卒後も同じらしいけど、きっつい将来が待ってそうで嫌だわ。

 顔が真っ青になっている浅見の肩を叩き、見料の千円を出させる。

 力なくフラフラな彼を支え、占い師にお礼を告げると彼女が口を開いた。


「面白いわね、貴女。彼とは真逆な結果が出てるわ。この一年間は冬の時代に入ってる。多分昔から恋愛で嫌な思いをしてきたかも知れないけど、あと少ししたら後は素敵な恋が待ってるわ。

この期間は忍び耐える時。ここで逃げ切らないと生涯苦労するわよ」


 私のことか?と固まると占い師はニヤリと笑う。おまけの占いよ、と手を振る彼女におじぎをし、浅見を引き摺り考える。


 あと一年。一年したら私は幸せな恋愛が出来るの?逆に言えばここでミスをしたら私の人生台無し?


 気合いを入れねば。

 待ってろ、一年後。待ってろ、未来の恋人。

 私は私の幸せの為にこの大学生活を無事平穏に終わらせてやる。


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