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記録にない季節 中

 奴を探すなどはなんてことはない。シアターを出てすぐの通路に浅見はいた。通常よりも一回りは大きいトレーで両手が塞がれ、進行方向は二人の男性に塞がれていた。

 ここで考えるのは知り合いと会って仲良く談笑しているパターンと、不測の事態が起きているパターン。遠目に見た雰囲気ではわからないが、今回は恐らく後者と見た。おまけに言うと喧嘩やカツアゲなど穏やかじゃない類の不測の事態ではない。だって相手は浅見だし。あいつにとって不利益な出来事って早々起き得ないんじゃないかな?万が一に喧嘩だったとしてもきっと奴にはそれを助けてくれる白馬の王子様もとい攻略キャラが登場して、颯爽とその場を収めてくれるに違いない。

 少女漫画のワンシーンを登場人物全員男で演じられても誰が得をするの?って感じだけど、やってる本人たちは案外楽しいのかも知れない。そうでもなきゃ人口の半分いる女から視線を逸らす意味がないもん。


 で、如何すればいいのかね。私は。

 不自然なくらいに他の客がいない通路。さりげなく歩み寄り彼らの会話を聞いて見ることにする。

 自然に、自然に。私はこれからお手洗いに行くただの一般客ですよ~、貴方たちには一切かかわる気ありませんよ~、ただ他の方に迷惑かけるようなことがあれば迷わずスタッフに声をかけて警備室に連行して貰うけど。

 彼らとの距離、およそ20m。行く手を阻む男二人のせいか浅見から私は見えていない模様。


「だから、どうせ一人なら俺らと一緒に行動した方が楽しいぜ」

「この食事の量見て一人だと思ってるんなら、お前らの頭はスポンジだな」

「ってかさ映画も良いけど、三人の出会いを祝して飲みに行くのも有りじゃね?」

「飲みたきゃそこら辺で安酒買って二人であおってろ。精々通報されねーことだな」

「釣れないなぁ、あれか。ツンデレ」

「デレるって意味わかってんのか。俺がお前らにデレる要素なぞ1mmもないわ」

「強がってるとこも可愛いじゃん」


 近年の若者の視力低下は由々しき事態だと思っていたけど、彼らは視力どころか聴力も低下してるようだ。あれが可愛いってんだったら、私は動物園のハダカデバネズミを一生可愛がるね。

 にしても想像は出来ていたがあれをどうするべきなのか。流石に『男の知り合いが男にナンパされているので助けに来て下さい』とスタッフに頼んだら、何言ってんだこいつ?って顔をされかねない。若い男性スタッフだったら素直に飛んで駆け付けてくれて、その場を綺麗に収めた挙句、浅見の恋人候補に立候補までしてくれちゃうかも。


 まぁ、あまり他力本願過ぎても宜しくないのでたまには自分で行動でもしようか。幸い?にも彼らとの距離既に縮まっており、声をかけたら反応くらいはしてくれるでしょう。

「あの、ちょっと良いですか?」

 お取り込み中にすみませんね。

「ん、何。おねーさん。俺ら忙しいからまたにしてね」

「ナンパとか勘弁してよ。マジ無理だから」

 あら、奇偶ですね。私も男をナンパしてるような男なんぞマジ無理だから。ってかテメェら相手するほどまだ飢えとらんわ。私は妥協も諦めもない愛ある男女交際がしたいんじゃ。男に振られたから仕方がなく女と、なんて馬鹿とは一切お断りだ。

「沙世ちゃん、こんな奴らと目合わせちゃ駄目だよ!後をつけられて家知られたり、夜道で待ち伏せされたり、下着泥棒されたりしたらどうするの!」

「私の人生で生涯無縁の出来事だと思うの」

 お前、さっきのこいつらの会話聞いてた?むしろされるのあんたじゃね?

「なんだ。この子のお連れさんだったんだ。なら話は早いや」

「さっきからここでお話してたら俺ら意気投合しちゃってさぁ。これから一緒に遊びに行こうって決まったんだ」

「だからおねーさんには悪いけど、映画は一人で見てくんない?」

「あら、そうなんですか」


 うわぁ、あれって意気投合してて話が弾んだ結果の憎まれ口の叩き合いだったんだ。浅見、デレてたんだ。私全然気が付かなかったわ。じゃあいってらっしゃい、浅見君。


 なんて見送ったら、私はどうなるんだろう。

 男同士の恋愛フラグを建設した立役者?明らかにBAD ENDに向かいそうな組み合わせを作り上げた悪者?こいつらの部屋に連れ込まれて浅見のアレがアレになって18禁ゲームの名に相応しいことが起きてしまったら目覚めが悪いわ。

 正直、奴が男とくっつこうが何しようが私には全く一切関係ないけど、犯罪に巻き込まれるのは嫌なんだよね。一知人としての感情として。

 松戸が悲しむし。


「でもごめんなさい。大学のレポート提出の為なので映画は見ておかないと不味いんです。またの機会にして下さい」

 嘘か本当か知らないけれど、一応名目上はそう言う理由でここに来てるからね。これですっぽかしてこいつらと真っ昼間から飲みに出かけたら、二度とうちのアパートの敷居は跨がせんぞ。当然、松戸の部屋にも上がらせないし、修也にも会わせませんから。

 断りは入れたからね、後はあんたがしっかり答えなさいよ。

 ごめんなさいね、と再度断り浅見の手からトレーを回収する。完璧に予告編は始まってるな。

「物が多くてごめんなさいね。後は自分で運ぶから大丈夫。ありがとう」

「あ、沙世ちゃん待って!」

 飲み物には蓋があるが、ポップコーンはバランスが崩れたらおしまいだ。立ち往生してたのも無理はないので、彼の負担となっていた物たちは全部私が引き受けましょう。

「レポートなんてパンフ見ながら書きゃいーじゃん。買ってあげるよ」

「あ、これってリバイバル上映なんだ。なんなら俺ん家でDVD見よう。酒も飲めるし一石二鳥ってことで!」

「ウゼェ、キメェ、あっち行け!近寄んな、蹴んぞ、踏むぞ、潰すぞ!」

 これは本格的にスタッフ呼びに行かなきゃならないかな?今度は喧嘩で通用しそうだからお願いもし易いや。持ってる物が物なだけに駆け足でとは行かないが、気持ち早足で劇場スタッフの元に向か……う途中、曲がり角で人とぶつかった。

 トレーは手元から見事落下。ポップコーン散乱。運良く飲み物は床に叩きつけられただけで人にはかからなかったようだ。


「すみませ……あ」

「だいじょう……っ!?」


 バランスは崩したものの倒れるまでにはいかなかったが、謝罪の際に相手を確認してさぁビックリ。

「大丈夫ですか?って、ん、山岸?」

 相手のお連れさんも登場ですか。なんと言うタイミング。良いのか悪いのか微妙な所だけどこの際利用できる物はなんでも使わせて貰いましょう。

「前方不注意で申し訳ありませんでした。少々急いでたもので。連れの浅見郁人君が不埒な輩に絡まれているのでスタッフさんを呼びに行こうと思ったんです」

 なので、なんて続きを言う必要はなかった。目の前にいた筈の男性二人は既に私が来た方向へと向かって走って行ってしまった。

 恐るべし男性ホイホイ浅見郁人。


「あれが私の初カレで元カレ……」


 中学時代の僅かな期間だけお付き合いをした石崎。彼もまた浅見の虜となった珍しくもない男性の一人だ。一緒にいた田山は中学が同じだし未だに交流があるのだろう。恋のライバル同士、お疲れ様です。


 昔付き合っていた彼と映画館で再会、曲がり角で男女が正面衝突、なんとも甘い展開が待ち構えていそうなシチュエーションも浅見郁人の前では全てが脆く崩れ去って行く。

 五人の男共が何か騒ぎ立てている中、私は当初の目的通りにスタッフの元へと向かう。今度はゆっくりとした足取りで。


「すみません、トレーから飲食物全部落としてしまったので片づけて貰っても良いですか?」

 あと、もう面倒なんでもう帰っても良いですか?




 浅見と田山と石崎は小中高と同じ道を進んだらしい。その後、石崎のみ地元の大学に進学。今回は部活もバイトも何もない日を狙って遊びに来たら、運良く浅見と遭遇出来たそうだ。

 四人の男が一人の男を狙って言い争いを繰り広げていたその場は


「丁度良いからお前ら四人でデートでもしてろや!!」


 両手の束縛から解放された浅見の問答無用の抵抗と逃亡によりどうにか幕が下りたようだ。

 私は心優しいスタッフさんに謝罪をしていたので現場の状況など知る由もない。ないが、何故かその事実を知っている。知っているのは


「郁人の言ったことって男同士でデートしろっていうことだろ。つまり郁人は俺のことをホモだと思ってるのか?どこをどう考えたらそんな勘違いが生じるんだよ。俺はホモなんかじゃないのに。郁人が好きなだけなのに」


 向かいの席に座った男がブツブツと独り言を呪文のように唱えているからだ。

 お前の言い分を聞くと、男じゃなくて浅見が好きってことらしいけどそれって世に言う同性愛だから。所謂ホモセクシャルだから。




 結局予告どころかストーリーの前半20分くらい見れず映画鑑賞は終わり、現在は併設されているショッピングモールのフードコートに向かっている。

 映画の件で始終申し訳なさそうにしていた浅見だが、別に私があの映画見たかったわけでもないし、むしろナンパされていた彼にドンマイと声はかけないものの肩を叩いてやる程度の労わりの態度は見せても良いと思った。思っただけで行動には移さない。

 肩を落としてただ付いて来るだけの存在となった奴と、お昼時かつ飲食物を全て台無しにしてしまったが故にお腹が空いて仕方がない私。なのに休日の家族連れやカップルでフードコートは満員御礼。

「席ないし、目的も済ましたし、帰ろうか」

 映画は見たし、食事なんてものは自宅で各々済ませてしまえば良いじゃない。わざわざ人の多い所で慌ただしく食べる理由なんてどこにもないよ。疲れるだけだから帰りませんかね。

「もう!?今日のお礼にご飯くらい奢らせてよ。ほら、あっちの洋食屋さんとかなら空いてるかも!」

「この時間だとあっちでも席待ちの親子連れ多数よ。それに今回は私からのお礼だから奢りとかいらないよ」

 お礼のお礼とかエンドレスになるだけだからね?

 てなわけで駅に向かいましょうかとモールの外へ続く道を歩き始めた次の瞬間。

「あ、郁人いた!」

 約二時間ぶりの同級生との再会に隣を歩いてる浅見が咽び泣いていた。よっぽど嬉しかったのかね。




 浅見の為ならエンヤコラな二人はすぐさま四人掛けのテーブルを確保し、ジャンケンで勝った田山が浅見の腕を取り、広ーいフードコートを散策しに行った。プチデートおめでとう。

 で、不運にもパーに対してグーを出してしまった石崎はこうして一人反省会を繰り広げているのであった。私もご飯買いに行ってこようかな。お腹空いた。


「なんで郁人は俺にばかりあんなにつっけんどんな態度なんだ。俺はただ郁人が好きで傍にいられるだけで幸せなのに。あいつらみたいに付き合いたいとかキスしたいとかそれ以上とか求めてないのに。まさか好きな奴がいるとか?いや。郁人が俺以外に目を向けるとか有り得ない。そうだあれは俺へのアピールなんだ。気にしていないそぶりを見せて実は構って欲しくて仕方がないだけ。そうか、なら納得だ。なんだ素直に口に出来なくて態度に出ちゃったのか。可愛いところもあんじゃん。あぁ、違うな。昔からあいつは可愛かった。小学校の時も変な教師に狙われたり、中学校の時に先輩から呼び出されたり、高校の時なんてもっと大変だった。郁人には俺が付いてなきゃ駄目なんだ。俺がいないと郁人は」


 ガタンッ


 私、急にアパート近くにあるお惣菜屋さんのポテトサラダが食べたくなってきた。駅前のパン屋さんのクロワッサンも買って帰ろう。

 きっとここはエアコンが効き過ぎている。なんだか急に背筋が寒くなったもん。風邪を引いては修也に迷惑がかかるし、学校やバイトを休むわけにもいかない。帰らなきゃ、帰って寝なきゃ。私はここにいちゃいけないんだ。

 カバンを手に取り、かけ出す一歩手前。人が多いから急に走り出したらまた人にぶつかっちゃう。急いででもゆっくり。ゆっくりだけど急いで。


「なあ、どう思う。山岸」

 あんた、さっきまで自分の世界にどっぷりだったのになんで戻ってくるのさ。私のこと一応は認識してたのか。

 どうって言われたところで、なんて答えろと?下手にお説教じみたことを言ったら刺されかねないのが怖い。『お前に何がわかる』ってお腹にナイフが……って漫画の読み過ぎ?でも現実で起こらないとは言い切れない。

 今の石崎怖いよ。中学時代はちょっと斜に構えていただけの年頃の男子中学生(だたし恋愛対象は男)だったのに、高校、大学と何があった?

「石崎君ほど浅見君のことを思ってる人はいないんじゃないかなぁ……?」

 思い方のベクトルは人それぞれだけどね。あんたの思いは『偏愛』とでも分類分けしておこうか。あ、浅見周囲の男連中は皆浅見に偏愛中か。

「当たり前だ。俺は浅見と出会ってからずっとあいつしか見てなかったんだから」

 出会った頃からずっと、ねぇ。

 ……ん?

「石崎君って、浅見君とは中学から一緒になったんだっけ?」

「小学校も同じ。1、2年で同じクラスだった」

 忘れてた。確か石崎も同じ小学校だ、全然記憶にないけど。中学の学級委員になった時に同じだったんだね~なんて話をしてた気がする。

 ってことは何か?お前は小学校低学年の頃から浅見に淡い恋心を抱いており、中学で想いを告げ、高校まで付いていき、大学で何故かこんなにも病みながら恋慕の情を抱いていると?


 その間にあったとされる私との交際期間はなんだったの。

 百歩譲って好きでもない相手からの告白を受けるのは良いよ。今後の発展に期待出来るから。好きな相手がいて何故告白を受けた。交際をしようと思った。しかも恋愛対象とは違う性別の相手にも関わらず。

 男が好きだけど試しに女と付き合ってみるか、のノリで交際されたんじゃこっちは堪ったもんじゃないわ。メンタル弱い子だったらその場で卒倒するぞ。

 もう数年前のことだけど今更ながらムカついて来た。こいつこっぴどくフラれないかな。フラれる以前に態度がつっけんどんなんだっけ?全然近くにいらえてないじゃん。

 前言撤回。……撤回はしないけど、前言に追加。


「石崎君がどんなに思ってても通じてないみたいだけど、仕方ないよね。浅見君に全然愛が伝わってないもん」

 ライバルは約40人。ゲームとは違うから減ってるか増えてるかわからないけど今まで見ているだけでも両手じゃ足りないかもね。そのうちの誰かと結ばれて幸せそうな浅見を電柱の影からハンカチでも噛みしめて覗き見れば良いさ。

「山岸、お前……!」

「浅見君に選ばれる男になれるよう精々頑張ってね。元カノとして応援しておくわ」

 お前に恋心も同情心もないけど、この言葉を付け加えておけば男同士の恋愛を見守る優しい女性の誕生だ。仮にここでの台詞を『男同士の恋愛なんて不毛だから諦めなさい』にしたらそれこそ刺されてTHE ENDとなる。

 子供の頃のことをいつまでも根に持つななんて言われてもね、やられた方はいつまでも忘れないんだよ。一回言い返したくらいじゃ苛立ちも収まらないけど、凄い形相でこっちに向かって来る大学生二人組がいるからここまでにしておくわ。


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