記録にない季節 前
※3/19追記 後半加筆しました。
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放課後の空き教室。約束の時間5分前にも関わらず、飯島センパイは既に待っていてくれた。
「すいません、センパイ!呼び出した私が遅れちゃって」
「気にすんなって。担任の手伝いしてたんだろ?お前の友達が教えてくれたよ」
愛理だ。心の中で親友に感謝を述べ、本題であるセンパイへと向き直した。
「あの、この間はありがとうございました!」
この間と言うのは先週の日曜日。センター街で変な男たちに絡まれていたところをセンパイとそのお友達が通りかかって助けてくれたのだ。
「あぁ、あのこと。別にそんな改まってお礼言われるようなことしてねーし」
「そんな!センパイがいなかったらって思うと私、今でも怖いんです。本当にありがとうございました」
センパイは私の命の恩人と言っても過言ではない。
「だから何かお礼がしたいんです。私に出来ることならなんでも言って下さい」
「何でもって……」
「何かありませんか?」
高校生の私にはお金もあまりないし、頭も良くないし、これと言った特技も何もないけれど、少しでもセンパイの役に立てるようなことがあれば良い。
期待を込めてセンパイを見つめてみる。
「じゃあさ」
思い付いたのかセンパイがとびきりの笑顔で
「土曜日二人で出掛けようぜ」
そう言ったのだった。
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本を閉じる。
まぁ少女漫画、ティーンズ向け文庫のお決まりパターンですよね。
サークルにて気軽に読める小説はないかと相談したところ、ニコニコとこれを差し出してくれたのは伊月。ふんわりおっとりなお嬢様な彼女が貸してくれたのはとても『らしい』キラキラ恋愛小説だった。至って平凡な女子高生がふとしたことがキッカケで一つ年上のちょっとヤンチャな先輩に惹かれて行く……
中学校の頃に憧れていたような気もする内容だけど、現実の厳しさを知ってしまった今の私には恋愛小説と言うかファンタジー小説に見えてしまう。この世界の男女の恋愛小説なんて所詮全てが夢幻のような気もするけど。
借り物の文庫本なので丁寧に扱い、カバンの奥にしまい面を上げる。
貴重な休日の過ごし方はバイトでもなく食材の買い出しでもなく、友達と遊ぶのでもない。今日のこの出来事はなんと呼ぶべきなのか。少なくとも言えるのは
「ごめん!沙世ちゃん、お待たせ!」
断じてデートではない。
非常に疲れた帰省は電車で最寄り駅に着くまで続いていた。
家に帰るまでが遠足です。
使い古された言葉ではあるがまさにその通り。家に辿り着いてこその帰宅なのだ。実家から最寄り駅まで終始無言を貫き通し、覚悟を決めて口を開いたのはアパートに続く道のりでのこと。
正直、浅見に甘え過ぎた。
一人で全て終わらせるはずだった今回の件。蓋を開けてみれば荷造から力仕事、はたまた家の恥でもある痴情のもつれや訳のわからない泥棒騒動について。ほとんどを浅見が片づけてしまったのだ。私がしたことってなんだ?家の鍵を開けて、嘘泣きして、近所のおばさんたちと警察の皆さんに事情を軽く説明して、馬鹿親父から通帳分捕っただけじゃないか。
あの男を懲らしめてやる、怒鳴りつけてやる、生きてることを後悔させてやると息巻いて帰ったはいいものの、結局何も出来ず仕舞い。我が身可愛さで保守に走ってしまった情けない姉である。本当に修也を可愛く思っているならば警察がなんだ、男尊女卑がなんだ、同性愛者至上主義の世界がなんだと突っ走れただろうに。なんとも冷たい女だな、私。
隣を歩くこの男がいなければ、運が良くて弟の荷物を回収し、父親と恋人が住む家からコソコソ逃げ出した負け犬。最悪の場合は父親と恋人の仲を引き裂こうと恋人に危害を加えた上に、金目の物を盗もうとした最低女扱いだったかも知れない。
考えていると自分で自分が情けなくなってきた。
今後はもっと強くならなければいけない。少なくとも自分の身を、ついでに家族の一人くらいは守れる気概を持とう。国家権力にも社会の冷たい視線にも負けない女にならないと、この世界ではやってけないわ。目指せ自立した女。結婚はするけどね。
話は逸れたが、これは不味いと理解していた。
修也の荷物を運び出すくらいならば交通費出して、ご飯を奢って「ありがとう」とお礼をすれば済むと思っていた。バイト代?そこまで出せるほど余裕はなかった。
だがしかし。ここまで迷惑をかけてしまうと流石の私にも罪悪感と言うものが生まれる。おまけに変な揉め事にも巻き込んだ上に私の弁護人もどきにもなってくれよった。
いくら私が常日頃から奴のことをない者として扱っていたり、嫌悪の対象にしていたりしても、それ相応の態度を見せなければならない。義理は欠いてはいけないのだ。
したがってこの言葉が出るのは至極当然のことだろう。
「今日のこと、ありがとう。近いうちにお礼がしたいの」
物凄い勢いでこちらを見た浅見の目は見開いていて、通常時の1.2倍と言ったところだろうか。
「エ、エイプリルフールって今日だっけ?」
腹立つわ。
『レポート書く為の映画を見に行きたい』
嘘か真か知らないけれど、要求されたならば飲むしかあるまい。その話をした翌日曜日である今日、待ち合わせをして映画館に向かった次第である。
今回はお礼なので料金は全て私持ちになるのは当然なはずなのに、窓口一歩手前で駄々をこねる成人男性が一名。
「休みの日に沙世ちゃんが付き合ってくれるだけで十分お礼になってるから!」
「気持ちの問題だから、払わせて貰うね」
「男の沽券に関わることなんだって!」
「それよりも先に見る映画決めてくれないかな?何見るの?」
浅見の言い分をバッサリ切り捨て、話題を変える。今からの時間だと丁度良いのが4つほど。ハードボイルド系と感動ノンフィクション、子供向けアニメに恋愛モノ。レポートを書くんであればノンフィクションがおススメだけど……
「これが良いな」
人差し指で示すポスターは
『赤い糸の伝説』
チッ。
だったらまだアニメ映画『ノン太とソラえもん』の方が100倍楽しめそうだわ。なんか爆破事件に巻き込まれそうな恋愛映画だし、普段だったら三秒で踵を返しているところだけど、ここはグッと我慢してチケット販売窓口へと足を運ぶ。
「『赤い糸の伝説』学生2枚で」
こっぱずかしいタイトルをお姉さんに告げて学生証を見せる。大学生1500円の文字を確認し、素早く千円札3枚を財布から抜き出す。払った者勝ちだ。すると思わぬ弊害がここに表れた。
「本日カップルディとなっておりますので、お二人様で2000円になります」
……何を言ってるのかしら、このお姉さん。
「カップルじゃないんで学生料金払います」
「あ、お友達同士でも男女ペアでしたら大丈夫ですよ。1000円お返し致します」
「いえ、むしろ1000円受け取って下さい」
「は?」
呼称だとしてもこいつとカップルとして一括りにされるなんて耐えられない。無理無理、無理です。
「沙世ちゃん、なんか悲しいこと考えてる?」
「いいえ特には」
「え、あっと、その、本日来館されました男女二人組の方々は全員割引対象ですので、あまり深く考えなくても大丈夫ですから……」
確かに明らかに友達同士とか兄妹とかも割引されてるみたいですけどね。それとこれとは別問題なんですよ、私の精神面で。
だがしかし、休日で混雑している映画館窓口で騒いでいるわけにもいかないので若木の枝の如く折れ、譲歩することにした。浮いた1000円が嬉しくない。
先ほどの私と窓口のお姉さんとのやり取りに微妙な表情を浮かべつつも、すぐに浮上出来る浅見と言う男は単純だ。チケットを渡すと浅見は何度も感謝の言葉を述べ、チケット自体を写真に撮り、半券をもぎ取るスタッフに対し
「そっちの半券も記念に貰いたいんだけど、無理ですか?」
などと訳のわからない発言をし困らせていた。無理だろ、常識的に考えて。
犬だったら尻尾振り切れてんじゃないかと思うくらいにテンションの高い浅見を連れて、売店に並ぶ。映画にはポップコーン必須な私にはフレーバーを選ぶのも楽しみの一つだ。見たくもない映画を見るのだから食べ物に楽しみを感じて何が悪い。
「アイスコーヒー。沙世ちゃんは?」
隣に立つこいつは食べ物NG派なのか。つくづく相性が悪い気がしてならない。
「オレンジジュースLサイズとフレーバーポップコーンの和風バーベキュー味とチーズ味。チュリトスのチョコレートとホットドック。マスタード抜いて下さい」
忙しいところすいませんね、お兄さん。チュリトスとホットドッグは時間がかかると言われ、浅見が受け取ってくれると申し出たので先に席に行かせて貰う。
言うまでもなくドリンクとスナックの料金もしっかりと私が支払いました。あの大量注文の代金を払わせるとかしたら悪女じゃん。
上映時間まであと10分。携帯の電源を切って素直に待ちましょう。お金を払ったからにはしっかり内容は把握して帰りますよ。元を取らなきゃね。
座席に付き、周りを見渡す。ストーリーがあれなだけに客層は恋人同士や夫婦らしき男女ばかり。おかしいな、世の中にはこれだけ異性交際者がいるのに私の周りだけ自然の摂理に反した輩ばっかりだよ?
後ろの隅やあまり人目に付かない座席の男共は忘れるとして、この世界について真面目に再考するべきではと言うのがここ最近の私の考えだ。
果たしてこの世界は本当にゲームの世界と同じなのか。
小学生の頃に認識してしまった過去の記憶。あの光景は確かに私の頭の何処かに仕舞われていたものだった。
ほとんど交流がない浅見郁人を知っている。
―それは昔々に私が画面越しで操作し、話を進めていたから。
会ったこともない男性陣と浅見との関係がわかってしまう。
―だって彼らの情報は全部説明書に書いてあるんだもん。
約40人の男共は全員浅見を狙っている。
―これがゲームだったら正解。だけど、
この世界では不正解。
元から昔の記憶を全部覚えていたわけではない。要所要所で『そう言えば』程度に思い出していたのだ。だから松戸のことも分からなかったし、浅見周辺の男たちのこともうろ覚えだった。
歳を重ねるごとに記憶の糸も細く細くなって行き、どんな出来事が起きてもスルーしてしまっている。もしかしたら今まででも私が思い出していないゲーム中のイベントなりハプニングなりがあったのかもと考えると、思い至るのは
「ゲームじゃないんだろうな……」
言うまでもないことだが、この世界はリアルであってバーチャルではない。流石に今生きている自分を否定はしたくないから。
私はもちろん生身だし、この世界が画面の中の二次元だなんて思いたくない。しかしながらその考えで行くとこれまでの私の考えが全て否定されてしまうことにもなる。
『BLの世界だから同性愛者が沢山な世界』
が一気に崩壊してしまうのだ。
『リアルに同性愛者が沢山な世界(浅見郁人周辺限定?)』
何それ、怖い。
同時に浅見が哀れ過ぎるな。敵ながら思わず情けをかけてやりたくもなる。
まあ極端な話になり過ぎてあまり実感もわかなくなってしまうが、この世界がゲームと丸っきり同じではないことは今回の帰省で私もしっかりと理解した。
思えば昔プレイしたゲームでは“山岸永治”と呼ばれる男性キャラが攻略対象として存在していた。その義理の息子である“山岸修也”も然り。二人は決して似非近親相姦をする為だけの脇役キャラでもなければ、第三者を巻き込んで修羅場に突入するなんて言うイベントを起こす迷惑キャラでもない浅見郁人の相手役だった。
このことが頭の中に駆け巡った時、次に思ったのは
―私の存在は?
至極当然のことではないか。父と義弟がいるならば、その家族である私はどうなっている?
答えは簡単。
もちろんいない。
山岸永治は妻に先立たれ、男手一つで妻の連れ子である修也を育て上げた心優しい中年紳士なのだ、ゲームでは。
修也は修也で、そんな義父を助ける為に幼い頃から家事全般をこなしていた家庭的男子として扱われていた。
当然の如く浅見を狙う二人の間に『娘』『義姉』と言う不純物はない。
松戸に関してもそう。
彼はゲームでも大学入学当初は可愛いおデブちゃんだった。同窓会イベントによる浅見との再会で一念発起し、自力でダイエットに成功する。
当然『元カノ』の存在なんて有り得ない。
BL世界に余計な女なんていらんのですよ。いるのは男を産む偉大なる母と同性愛を認めてくれる寛容な姉妹、二人の仲を引き裂くつもりが絆を強めるだけの意地悪女、あとは……焚きつけ係の腐女子?
どれにも当て嵌まらない私がいないのは必然のこと。
されどもそんな不要な私が生まれてしまったならば、BLゲームの世界ではないのでは?
いやいや、至って普通の世界だとしてもあまりにも同性愛に寛大過ぎるぞ、この世界。
ゲームじゃないけどガチBLな世界?BLだけども女も多少は許される世界?男尊女卑バリバリでほんのりBLな世界?BLな世界で世界はBLで世界のBLは世界とBL?
世界とBLがゲシュタルト崩壊しそう。
なんか頭痛くなってきた。でもいい加減認めなければいけない頃かなとは自分でも思ってたんだ。
松戸が浅見を好きだと言い出したのは攻略キャラ云々ゲーム云々じゃないってことくらい、なんとなく分かってた。正直私にとっては惚れる要素皆無な男だけど松戸にとっては何処かしらが魅力的な相手のようだ。
ゲームなんだから他の攻略キャラがいる、他の誰かとくっつけば松戸も浅見のことを諦めてこちらに振り向いてくれるなんてのは甘い甘い考えで。
ゲームだったらすんなり行くかもしれないけど、私も松戸もついでに浅見も今を生きる血の通った人間様。0と1で動いている機械ではないし、デリートやアンインストールで記憶も記録も消せはしない。
悲しいかな、記憶を消せるのは月日だけらしい。
ふぅ、と息を吐き出す。思いの外頭を働かせてしまったようだ。結論らしい結論も出してないけど一人で考えるなんて所詮限度があるもんよ。
少なくともこの世界には男女のカップルディなんて素敵な制度がある以上、私の夢はまだ潰えることはなさそうだ。何より何より。
一先ずは
「遅い」
私、予告も映画のうちだと思ってるんですよ。劇場内も真っ暗になるし、予告編が始まったら席を立つ気なんてサラサラないんです。
なのになんであやつは一向に現れないんですかね。3分もしたら始まるんだけど、もしかして大量注文の品が原因?あまりの量で立ち往生?だとしたら100パーセント私の責任じゃないですか。
考えたって仕方がないし、浅見に申し訳がないのでお迎えに行きましょう。今私の脳とお腹は糖分と脂分を求めてる。




