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幕間 終結

 さて、私自身も原因の一つとは言え、事が大きくなり過ぎた。交番のお巡りさん一人だったら公務妨害になるけど、まだ勘違いでしたと謝罪すれば許されたかも知れない。110番通報&パトカー出動ともなるとただでさえ現れた野次馬も数が増えてしまう。一人騒いでる男に対して痛い目見やがれこん畜生とは思ったけど、これでは私もしっぺ返しを食らってしまいかねない。

 丁度良い所で収集を付ける方法はないものか。


 だんまりの男を一旦放置し、外のパトカーに気が付いたお巡りさんが玄関に様子を見に行く。おいおい、容疑者(仮)をほったらかしにしないでくれません?暴れ出したらどうする。

 お巡りさんの後に続くようにリビングを出ると、丁度インターホンが鳴らされドアが開いた。え、ちょっ、せめて対応するまで外で待ってろよ。

「はい、今出ま……す」


「アタル、大丈夫か!?泥棒に入られたって聞ぃ……」


 勢い良く突入して来て叫んだかと思うと、なんだか尻切れトンボなお声かけ。仮にも娘の顔を見て青ざめるってどう言うこっちゃ。

 かなり動揺している親父を横目にその後ろに立っている方々を出迎える。

「失礼します、高岡警察署の者です。今、そこでこちらの御主人とお会いしましたのでご一緒させて頂きました」

 先頭に立っていたダンディなおじ様刑事を筆頭に鑑識らしき人たちが数名。あれでしょ?白い粉とか吹きかけて指紋採取してくれる人たちでしょ?あの粉って警察が拭き取るんじゃなくて住人が掃除しなきゃいけないらしいね。それで犯人見つからなかったら骨折り損のくたびれ儲けだよね。

「ありがとうございます。通報したのは私ではなくあちらの方なので詳しい話はそちらでお願いします」

 下手なことは言わず、説明はぜーんぶ彼に任せましょう。アタル君だっけ?ついでにアタル君の恋人にも詳しい話を聞きたいしね。

 ぞろぞろとうちに上がる警察さんたち。一人呆然と立ち尽くす顔面蒼白親父。

「沙世子……なのか?」

 数年見ないだけで娘の顔を忘れるなんて良い根性してるな、こいつ。

「お久しぶりです。色々あったので少しだけお邪魔していました。本当はじっくりお話を聞きたかったんですけど、こんな状況じゃ難しそうですね」

「それよりもお前、アタルに会ったのか?」

 あら。久方ぶりに会った娘への質問がまずそれって随分なご挨拶ですこと。それだけこの人にとっては死活問題なのかもしれないけど。

「さぁ?アタルさんって方は知りません。早く上がって下さい。警察の方が待ってます」

 アタル君とこの馬鹿親父であの場を思う存分引っかき回してくれれば良いな。あわよくばご近所のおばさんや警察の皆さんの前で自爆してくれると嬉しいな。

 もうどうにでもなれ。



 リビングに戻ると準備を始める鑑識さんとお話を改めて聞こうとする刑事さん、一歩引いたところでアタル君を胡散臭げに見ているお巡りさんがわさわさしていた。近所のおばさんたちは帰るに帰れずといった感じでかたまり、様子を見ている。

 例のアタル君はと言うと、私と親父が入ってくるのを確認し

「永治さん!!」

 親父に捨て身タックルを繰り出した。あ、違う。多分助けを求めて抱きついたんだ。

「アタル!これは一体どういうことなんだ?」

「今日は二人の記念日だから、俺永治さんの為にケーキを買いに行ったんだ!それで帰ってきたら知らない人がいて泥棒だと思って……!」

 なるほど、とりあえずは自分の非を認めないにしても勘違いでした、で済ませられるようにする方向で来たか。そういや玄関にコンビニのケーキあったね。落としたせいか放置されてたけど。どうでもい記念日だけど、大変だったね。折角のお祝いの日がこんな大変なことになるなんて。心にも思ってないけど同情だけはしてあげよう。

「じゃあアタルが警察を呼んだのかい?」

 抱きついたままのアタルとやらの頭を撫で、優しい声音で訊ねる父親。ウェッ、吐き気がする。何あの体勢。少女漫画だったらバックに小花とかキラキラとか描いてありそうなシーンだな。反吐が出るわ。

「だって怖くって。知らない人がいたから殺されるんじゃないかと思ったから」

 私が殺人鬼かモンスターの類に見えたんですかね。これでも普段は至って普通の女子大生で通ってるんですけど。ってか涙目ウルウル、小首を傾げて、握りこぶしを唇に当てる。

 ……貴様は女子か。

 あ、違う。この世界の場合だとあれか、男子で正解なのか。女がやると「気持ち悪い」とか「白々しい」とか「この××(自主規制)が…」とか言われて蔑みの目を向けられるけど、男がやったら頬を赤らめて視線を逸らすと言うなんとも間違った反応を示すのがこの世界の男共ですもんね。ケッ。

 現にホラ、あのクソ親父とこっちを見ていた警官が頬を赤らめているではありませんか。あぁ、終わった。適当にでっち上げられた嘘で結局私が悪いことにされて、あの彼氏君が正当な立場に置かれるんだ。

 ああ良い。もう良い。どうでも良い。もう知らない。

「怖い思いをさせてしまったね。私がもっと早くに帰ってくればアタルがこんな目に遭うこともなかったろうに」

 本当だよ。

「永治さんが悪いわけじゃないよ。僕がいけないんだ。僕が怖がりじゃなかったら……」

 その通りだ。

「まぁまぁ。そう言うことなら仕方がありませんね」

 いや~全くもっておっしゃる通り。

「ごめんなさい、私がこの人を驚かせたばっかりに皆さんには大変ご迷惑をおかけしました」

「沙世ちゃん!?」

 ホント、全部私が悪いのさ。

「そもそも私がたまたま、偶然にも誰もいない時に帰省してしまって、何故か三週間前に家出同然に家を飛び出してきた弟の荷物を取りに来たのがいけなかったんですよね」

「え?」

「は?」

「家出?」

 おばさんトリオの素っ頓狂な声も無視して話を続ける。

「一応事前に連絡は入れようと思ったんですけど、如何せん電話が繋がらなくて。何度も何度もここに電話をしたのに繋がらないし、最初の頃なんて知らない人が出て『どちらさまですか』『変な電話は止めて下さい』って取りあっても貰えず、しまいには勘違いをされたのか『別れたんだから奥さん面しないで下さい』ってガチャ切りされ、途方に暮れてしまいました。確かにうちの父は私が小さい頃に実母と離婚していますが、まさか40代か50代であろう母と間違われるとは思いもせず、そっち方面でもショックを受けましたけど」

「えっと、お嬢さん?」

 手帳片手に事情聴取をするつもりだった刑事さんが気が付けば私の前に立って顔の前で手を振っている。

「父がどうしてこんな年若い男の子と一緒にいて、尚且つこの家で一緒に住んでいるのかわかりません。ましてや通帳と実印の場所まで教えていて、金庫の開け方まで伝授しているとは思いもしませんでしたけど、それは娘である私が口を出して良いことではないのかも知れません。しかしながら、そこの……えっと、アタルさん?が大事なのであれば、どうして娘である私に教えてくれなかったんでしょう。別に私は二人の仲を反対することもありませんし、前もって伝えてくれさえすれば二人の邪魔をする気なんてサラサラありませんでした。順序さえ守ってくれれば祝福をすることも不可能ではなかったでしょう」

 順序さえ守ってくれれば、ね。

「私は何も知らされなかったから、第三者だから黙って家を出て行こうと思ったんです。娘であろうと赤の他人だと思い知らされて寂しかったけど仕方がありません。なので大人しくしていようとは思ったんですが、お母さんの遺影と位牌、あと思い出を少しでも修也君の元に持って行きたくて、勝手な我が侭で帰省してしまったんです。私が全部悪いんです。お父さんもアタルさんも誰も悪くないんです。ごめんなさい、刑事さん。おばさんたちも、騒ぎにしてすいませんでした」

 両手で顔を覆い隠し、その場に力なくしゃがみ込む。

「本当にごめんなさい……っ!!」


 その場がシンとなる。かなり気まずい雰囲気を作り上げてしまった。見えてないからわからないが、鑑識のおじさんたちの手も止まっているようだ。リビングにいる全員の視線が向いている状況に、この後どうすれば良いか考える。

 勢いで思いの丈を半分くらいぶつけてしまったけど、正直だからどうした?って言われちゃうとそこまでなんだよね。

 仕様がないから嗚咽でも漏らしてみる。

 えっぐえっぐ。ひっく。すんすん。うっ……

 うん、それらしい。目指せガラスの仮面。

 私は女優、私は女優。言い聞かせながらひたすら嘘泣きを続けていると、誰かが動く気配がした。

「沙世ちゃん、怖かったね」

 ……なんかの手が肩に置かれてるんですけど。

 流石にこれを払い除けたら私の印象マイナス100くらいまで落ちちゃうかしら。

「自分の家にいていきなり知らない人が押し入って来て泥棒扱いしてきたら、怖くて抵抗出来ないのも仕方ないよ。沙世ちゃんは女の子だもん」

 んーっと、話が見えんぞ?

「手首が赤くなってる。凄い勢いで掴まれたんじゃない?」

 嗚咽が止まる。

 今、手を顔から外したら泣いてないのがバレるから見ないけど、確かにあの時はえらい馬鹿力で腕を掴まれてたわ。跡になったかぁ。まぁあの短時間だったら痣になることはないから大丈夫だけど。

「殺されるかと思ったわりには随分攻撃的に出てんな、お前」

 いつも思うけど、あんた男に対して容赦ないよね。松戸や修也にはそれなりに優しいけど、他の男には問答無用って感じで対処してるし、今だってとてつもない声色だけど大丈夫?同性に敵持つと辛いよ、とか思ったけどこいつの同性に対する対人スキルはカンストしてたわ。無駄な心配でごめんね。

「だって、何されるかわかったもんじゃないでしょ!?正当防衛だよ!」

「中から出て来た人がライフル銃なりチェーンソーなり持ってたら通じる言い訳だろうけどよ、お前、二十歳そこそこのこんなに可愛らしい女の子が出てきて、なんで殺されるって思うんだよ。腰抜けか?」

 玄関のドア挟んだ至近距離でライフル銃持ってても攻撃出来ないだろ、って言うツッコミはしてはいけませんか?あ、そうですか。

「でも僕はっ!!」

「アタルは両親に虐待されて育ったんだ。それで人に対する恐怖が抜け切れていなくてつい初対面の人間には攻撃的になってしまうんだよ」

 ゆるふわガーリー系の容姿には似つかわしくない声で叫ぶアタル君をさり気にフォローする愚父。なんだけど、初対面の相手に攻撃的ってそれ色々と不味いっすよ。一方的に攻撃したことを認めたようなもんじゃん。

「アタルは出会った頃からそうだった。来るもの全てを拒み続け、荒んだ生活を送っていた。バーに入り浸ってはいろんな相手とトラブルばかりを起こしている、まるで路地裏に棲みつく野良猫みたいな子だったよ。時には相手を病院送りにしたこともあった。最初の頃は私も良く咬みつかれたものだ。とは言うものの、愛情を感じると徐々に近づいて懐いてくれる。私の愛情を一身に受けて今のアタルがある」

 でも気づかず援護の為に言葉を並べちゃうなんて、恋は男を駄目にするのかね。チラッとアタル君の犯罪歴も晒しちゃってるしね。ってかキモイよ、この親父。

 おばさんも警察の方々もドン引きしてるよ。うっとりしてるのアタル君だけじゃん。

「つまりはかなり喧嘩慣れしてる大の男が、か弱い沙世ちゃんに手を上げた、と」

「違う、問題はそこではなく……」

「そこだよ、おっさん。テメェの娘が暴力振るわれたっつーのに男男って色狂いか。頭沸いてんだろ」

 再びの沈黙、の後のコソコソ話。

「やっぱり……さんが……の話って……」

「だって……の……で見たらしい………」

「……とこの……であった……みたいよ」

 噂好きと名高いおばさんたちは期待を裏切らず、様々な情報を三人の間で飛び交わしていた。こりゃあと三日もすれば町内どころか市内全体にうちの馬鹿親父の話が広がるな。ザマァ。

 あまりの展開に呆然としていながらも、立ち直った刑事さんは一先ず切り上げるよう鑑識さんたちに指示をしてからアタル君に質問をした。

「君はいくつ?」

 今までの話の流れだと未成年だとかなり不味い展開が待っている。暴力沙汰もご法度だが、バーに入り浸っていたり、歳が親子ほど離れている相手と不純同性交遊とはなかなか見逃せない。

 まあ相手もそこまで馬鹿ではあるまい。

「僕ですか?今年で21歳です」

「あ、そいつ今16歳らしいですよ。さっきコンビニの前で電話してるの聞いたんで」

 おーっと。今日の浅見はどうした?やたらと積極的に発言してるな。

「なっ!?人違いでしょ!変なこと言わないで!」

「あんなにデカイ猫なで声で喋ってる奴早々いねぇよ。公務員でそこそこ金持ってるカモ捕まえたし、家探しも済んだから様子見ながら金もとんずらしたい。17歳の誕生日はダーリンに祝って貰いたいから来月にはそっち行くね。って言ってたろ。人にバレて困ることなら公衆の面前で話すなよ、バーカ」

 おう……なんとも頭の悪い計画立ててんな。それに引っ掛かるうちの馬鹿も大問題だけどさ。未成年との淫行で公務員逮捕が明日の新聞記事に載ったらどうしよう。各紙全部揃えようかしら。

「ほ、本当なのか。アタル?」

「ち、違うよ!こいつが口から出まかせ言ってるだけで……そもそも君はなんなんだよ!!」

「俺は沙世ちゃんの友達で、恋人候補で将来の旦那様だよ」

 ちげーよ。




 警察関係者には深く謝罪をし、お引き取り願った。その際の皆さんの視線はとても生温かいもので「頑張れ」「気を落とさないように」「何かあったらいつでも来なさい」と優しい声をかけて下さり、泣きそうになった。一人だけ「なんでも相談に乗るよ」とプライベートのメアドを渡してくれた時には抱きついて大好き!と叫びたくなった。ありがとう、鑑識のおじちゃん。娘さんが私と同年代なんだって。同じ人の親でもこうも違うものなのね。

 刑事さんにはあの二人をどうにかお縄に出来ないかと言う旨をオブラートに包んで伝えたが、今の状態では難しいと言われて断念した。ただ「人様の親御さんに対して失礼かもしれないけど、あの類の人間には近付かない方が良いよ」と助言を受けたので素直に頷くことにした。


 静かな書斎に親子二人、水入らず…なんてもんじゃない。一発触発一気にバトルでもおかしくはない。

「修也はどうしてる」

「一先ず、貴方名義の通帳もお預かりして、一定金額頂いたのちに送り返します」

「あの子は今どこに住んでいるんだ」

「税金とか色々面倒な部分はお任せします。脱税で捕まりたくはないですよね」

「話がしたいから帰ってくるように言ってくれ」

「修也君と養子縁組ってしてるんでしたっけ?もしまだ続いているようであれば離縁届を出して貰いたいくらいなんですけど、こればかりは本人の意思なので確認してから連絡します」

「聞いているのか、沙世子!!」

「聞く気がないので話を続けますと、私の学費と生活費は今後も出して頂きたいです。ただその後は申し訳ないんですが絶縁させて下さい。甘えるなと言われたらそこまでですが、今までの精神的苦痛への慰謝料としてお願いします」

「お前は親を何だと思ってるんだ!」

「じゃあ貴方は子供を何だと思ってるんですか」

「これだから女は!」

「これだから男は。言っておきますけど、少しでも支払いが滞ったら出るとこ出ますからね」

「親を脅す気か」

「今更親だと思えないものでして。私の親はお母さんだけです。県の職員の不祥事って問題になってますから各方面に知られると不味いですよね」

「お前は育て方を間違えた」

「貴方の正解がとても気になりますけど、知らない方が幸せな気がするので聞かないでおきます」

「修也はとても良く育ってくれた。あの子が一番可愛い」

「一番可愛い子を捨ててでも欲しかった今の恋人とお幸せに」

「……」

「通帳見ましたけど、最近それなりの額が引き出されてましたね」

「何!?」

「大きな買い物でもされたんですか?おうちのローンもあるのに大変ですね。頑張って下さい」

 赤青白とコロコロ変わる顔色を眺め、溜息一つ。

 この人いないとアパート借りられないとか学生って立場弱過ぎだわ。最悪の状況を考えて相場よりも多めの慰謝料を頂こう。私と修也二人分ならそれなりの額だろう。

 でもさ、浮気の慰謝料ならまだしも実父が同性愛者だった場合の精神的苦痛に対する慰謝料ってどこで調べられるのかな?ネット?そんなことに頭を働かせながら書斎を後にした。



 近所のおばさんたちには大いに心配された。ガラスの仮面を被った私の演技もとい嘘泣きが同情に同情を呼んだらしい。

「今日はうちに泊って行けば良いわ」

 お隣の今井のおばさんの申し出は、疲れた体を引き摺って帰るのが嫌になっていた私には有難い申し出だった。だがしかし

「修也君があっちで待ってるので帰ります」

 元から日帰り弾丸ツアーのつもりだった今回の帰省は修也には告げていなかった。何も知らせず一泊してくるのは申し訳ないし、連絡したところですぐバレる嘘も吐きたくないし、心配させるだけの真実もまだ教えたくない。

「あのおうちには帰りづらいだろうから、戻りたい時はうちに来なさい」

「あたしの家だって良いわよ。子供たちがみーんな出て行って主人と二人で暇してるから」

 二人のおばさんたちも笑顔で私を労わってくれる。

「ありがとうございます。本当にお世話になりました。いずれ修也君と二人でお礼に来ます」

 修也連れで行くのはいつになるかは分からないけど、私単体で伺うのは近いうちに。

 失礼します、と頭を下げて踵を返す。少し先では浅見がどこかに電話をかけている。こちらには気づいていないようだ。

 さて、帰ろう。


「あのイケメン君は逃がすんじゃないよ!」


 なんか良くわかんない言葉を言われたけど、気のせいですね。


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