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幕間 帰郷

 さて、大学三年目となった5月。大学生になってから初の里帰りなのだが、予想外の出来事が一つ起こった。


「おはよう」

 土曜日早朝の駅は人もまばらで、これなら余裕で座れるだろうと喜んで改札をくぐった先にいたのは

「なんで」

「二人きりで出掛けるのは初めてだね」

 私の疑問に答える言葉ではないだろ、それ。しかも二人きりで出掛けるってどう言うことよ?私の行き先知ってて言ってんのか。

 奴は唖然としている私の腕を早々に掴むと、ホームに入ってきた電車に拉致しやがった。まぁこの電車に乗るつもりだったけど。

 どうしてこうなった。



 修也の荷物を引き取りに行くと浅見と松戸の両名に告げた。別に大した意味はなく、週末に家を留守にする旨、義弟には理由を告げずに行くこと、何かあったら彼を宜しくと隣人としてお願いにしに行ったのだ。最近頻繁に遊びに来ている浅見がその場にいたのは仕方がないこととは言え、若干イラっとしたのは秘密だったりする。

 松戸は私の頼みを快諾してくれたが、同時に心配もしてくれた。

「ずっと帰ってなかったのに大丈夫?」

 この『大丈夫?』には多くの意味が込められているのだ。なんせうちの非常に複雑かつ他人には知られたくなかった事情を松戸は知っている。だけどこればかりは嫌だからでは避けようにない。

「仮にも父親だし、自分の家でもあるからね。いざとなったら親戚にでも電話して取り成して貰う」

 引っ越していなければ同じ市内に父方の伯母夫婦が住んでいる。最後に会ったのは5年前にあったお祖母ちゃんの七回忌の時だったけど、私のことをわかってくれるだろうか。

「お父さんがいれば良いけど、いなくて別の人がいたらどうする気さ」

 修也の話を聞いてるんであれば、その疑問も浮かびますよね。えぇ、私の心配の大部分もそれです。

「何とかするよ」

 出来る限り穏便に済ませたらなぁとは思っているけど、この泥棒猫!とか昼ドラ真っ青な台詞吐かれたらどうしよう。いや、この世界の男性陣はそんな陳腐な言葉は口にしない筈。

 どちらかと言えば『やっぱり女の人が良いんだ……』とか涙目で逃げだすイメージがある。で、恋人が急いで追いかけて『誤解だ!俺にはお前しか見えてない。あんな女、お前と比べるまでもない』なんて優しい?言葉をかけて抱き寄せ接吻の一つでもかませば修復完了、めでたしめでたし。やっすい三文芝居の出来上がりとなる。

 これを自分の父親が演じて、間近で見物しなければならないとなると、かなりの拷問だ。

「面倒だけど、修也君の為だし行ってくるわ」

 義弟はただいま元気に出勤中で、昨夜も家庭教師のバイトから帰ってきた私を笑顔と特製パスタで出迎えてくれた。つくづく良い義弟を持ったと思うと同時に、悪しき愚父をコテンパンに叩きのめしてやらなければ気が済まなかった。

 現実には大の男を伸すことは難しく、かと言って社会的制裁を加えるには大学生の私には厳しい上に、どこまでも男尊女卑を貫いていくこの世界では女の主張は尽く潰されていくような予感しかしなかった。

 ならばせめて彼の思い出たちだけでも回収して来ようではないか。

 そんな決心を一人、内に秘めていたのだが。




 眉をひそめる私と対称的に笑顔を見せる浅見。

「弟君の荷物を運ぶんだったら、男手があった方が良いでしょ?」

 修也の私物がどれだけあるか分からない。しかしながら服だってこちらで買った数着を着まわしているし、カードこそあるものの通帳も印鑑も実家に置きっぱなし。携帯電話の充電器は機種が同じだったのは幸いだったが、いつまでも私と兼用と言うわけにもいかない。保険証も持ってないと言うのだから……と、考えれば考えるほど大きなものから小さなものまで持ってくるのは大変そうだ。

 だとしても宅配業者に実家まで来て貰って、あとはアパートまで送って貰えば良いや程度に考えていた。そこまで男手必要か?

 黙る私に浅見はまだ引くことをしない。

「俺も松戸も沙世ちゃん一人で行かせるのはまずいって思ってたんだ。けど二人で押しかけてもアレだし、松戸は弟君のこと任されたから行けないって言ってたから、代表して俺が付き添いで来たわけ」

 だから俺のことジャンジャン使ってよ。

 と、無駄に良い笑顔で言い放った。別に私はあんたを扱き使おうなんて思ってもないんですけど。


 正直、少し心は揺らいでいた。

 今まで自分勝手(と言うことは一応理解している)な都合で毛嫌いしていた男を利用するのは如何なものなのか。ましてや相手の労力はかなりのものだ。自分とは関係ない相手のプチ引っ越し作業のお手伝いなんて、金にもならない労働を頼むなんて図々しいにも程がある。


 ただ、今回ばかりは自分でも色々整理が付いてないところがありまして、久々に実家に帰るのも実は怖かったり、見知らぬ人間が家にいることを考えると気味が悪かったり、万が一その男が暴力でも振るってきたらなんて想像するだけでもゾッとしたりとここ数日、眠れなかったのが現状で。

「……あんまり迷惑掛けないようにするけど、お願いします」

 悩みに悩んでいたところに垂れて来た蜘蛛の糸に私は縋りました。

 どうぞ罵って下さい。私は厚かましい女です。

「大好きな女の子に頼られて嫌な男なんていないよ」

 あんまキラキラした表情でこっち見ないで、自分の薄汚さに凹むから。

 松戸とのことがなければ男に好かれてるだけの可哀想な知り合いで済んだのに。私の覚えていない昔のことも聞く気になれただろうに。


 帰郷のお土産の釘バッドは用意できなかったけど、代わりに男性キラーな生物兵器を連れて行きます。この兵器は毒じゃなくて対男性用フェロモン持ちだと思う。


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