第二十話 長女との再会
入学してから、約一ヶ月が経とうとしている。今学校で学んでいるのは、魔法と体術の基礎。
二年に進級とともに、どちらを極めるか決める。
体術は、師匠からかなりのレベルまで鍛えられたので苦はない。体力が少し落ちていたくらいか。
魔法は――――うん。なんていうか俺にはむいてないっぽい。基礎的な魔法を覚えるのめっちゃ苦労したし、入学してすぐに行われた魔力量検査では赤点レベルの数値を叩き出した。
興味は滅茶苦茶あるんだが、向いてないんだから仕方ない。
とりあえず使える魔法は全部覚える。やれることはやっておかないと。
「さて、行きますかね」
小さく欠伸をして、服を着替える。寮は一部屋二人なのだが、好都合なことに俺のルームメイトはいない。
「いってきます」
返事はないけど、そう声をかけて校舎へ向かう。
せめて元の生活の習慣だけは、忘れたくないからな。
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クラスに入ると、先に来ていた生徒からの視線を幾つか感じたがすぐに俺から外れる。
貴族は貴族同士でグループを組み、平民は平民で組む。種族が人ではない者は同族と。
俺が浮くのは・・・・まぁ、仕方ないよなぁ。
前の学校とあんまり変わらないから気にはしないけどさ。
40人が収まる教室の、一番奥の後ろの席に座る。教室自体は2階にあるため、窓を少し開くと風が頬に当たって気持ちいい。
この世界と俺たちの居た世界は時間の感覚が似ているらしく、一日二十四時間、三百六十五日。しかもこの国には四季があるという。
今は春を少し過ぎたあたりらしく、気温は少し暑いくらいである。
学校で用意された制服は長袖長ズボンなので尚更だ。夏にもこれを着ると思うと今から億劫になる。
「よし。席に着けー。朝の瞑想始めるぞー」
担任の声が聞こえてくる。犬耳のメガネをかけたおっさんだ。無精髭と白衣が、どことなく相反しているように見える。
ざわざわと席に着くクラスメイトたち。そんな彼らを見ながら、俺はいつものように、瞑想という睡眠タイムを味わうべく目を瞑った。
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今日という日も、何事もなく過ぎていく。そう思っていたわけだが――――問題は最後の授業。一年生6クラスによる合同の魔法の授業で起きた。
「何いちゃもんつけてんのよ!アンタが下手なのが悪いんでしょ!」
聞き覚えのある罵り声。まさか、と思いつつ騒ぎを遠巻きに眺めると、どっかの長女さんが明らかに貴族っぽい女三人組に喧嘩を売ってやがった。
俺と同じとこに召喚されたのか、とか、なんでこの学校にとか色々頭をよぎったが、無事で良かったという気持ちが一番強かった。
一応家族なんだし、嫌な奴でもさ。心配くらいしたさ。ちょっとだけどな。
「わ、私を愚弄しましたねこの平民がっ!」
三人組のリーダーっぽいやつが顔を赤くしながら怒鳴り声を上げた。
「愚弄って何よ。アンタがミスって魔法失敗したってのに、近くで練習していただけの私がどうして悪いってことになるの?ねぇ、貴族様。納得出来るように説明してみてよ。ねぇってば」
・・・・なんつうか、挑発しすぎだろうちの長女は。三女みたく普通の女の子っぽく出来ないのかね。
とりあえず傍観しようと気をゆるめた途端、貴族様の怒りが頂点に達したらしい。まぁ、貴族ってことで色々と我が儘してるからな。
『天は地に、地は天に――――』
何か呪文を唱え始めた。途端教師が声を荒げる。
「やめなさいっ!それは貴女が使えるような魔法ではな―――――」
『我が名におき、太陽神の怒りを』
短い詠唱だった。貴族の女の子は手に持った杖を高く掲げる。
杖とは、魔法の力を増大させる特別な棒のことだ。
杖の数メートル上空に異常な魔力濃度が集まる。
大きな、火の固まりが出来た。それこそ、車一台よりも大きな火の固まりが。
「――――ッ!」
長女は目を見開き、逃げようとする。魔法を発動させた女の子の取り巻きがそれを抑えた。アホかあいつら。巻き込まれるぞ。
「ど、どう?こんな魔法を使える私が、下手だって?・・・・謝るなら、許してやるけど?」
金髪の髪を、余裕がなさそうな表情でかきあげながら女の子は言う。
そうか。取り巻きはこうなるって知ってたんだな。たぶん、こうやって強力な魔法を使って誰かを脅したことがあるんだろう。
「・・・・あ、謝るからっ。ごめんなさい!」
長女の方は、挑発したりと態度は悪いが頭は悪くないようだ。まぁあんな火の玉見せつけられたら態度がどうのこうの言ってられないか。
「ふ、ふんっ。それでいいのよそれで」
女の子はそう言うと目を瞑って深呼吸をする。気持ちを落ち着けて魔法に使う魔力を絶ち、魔法をキャンセルさせるのは最初に習う技術だ。
柔道でいうとこの受け身に近い。
「・・・・・う、そ」
怯えたように目をゆっくりと開き、女の子は慌て出す。
火の玉は小さくなるどころか、少しづつ大きさを増していってる。
「止まらない、どうしよう!」
暴走だ。魔力を魔法に使うというのは、簡単に説明すれば水道の蛇口からバケツに水を溜めるイメージに近い。
自分が使えないはずの魔法を使うということは、つまり、それだけ魔力の放出が大きくなるのだ。
蛇口を、思い切り捻ってさらに捻ったらどうなるか。制御機能は壊れて、まさに゛暴走゛する。
生徒たちが離れていく。俺もそれに乗じようと足を動かすが――――視界に、我先にと逃げ出す先生の姿が。・・・・まじかよ。
女の子の取り巻きも逃げようとしているが、魔法を発動させている奴が心配なのかアタフタしている。
取り巻きにしてはいい奴らだな。
長女様はといえば―――――キョロキョロと辺りを見回して助けを求めている。
ほっといて逃げればいのに何やってんだ。
そして他の生徒たちはずっと遠くに離れこちらを見ている。魔法の訓練は外で行われているので最悪、長女と他三人が火の玉に押しつぶされてそれで終わるはずだ。
逃げないと―――そう思って火の玉に背を向け始めて気づいた。俺以外、皆さん安全圏と呼べそうな位置にいらっしゃる。
そして何というか、ね。振り返ってみると長女さんと目が合ってしまったわけですよ。
「あ、アンタ、どうしてここに・・・・」
答えてる暇なんかねーよ。とりあえず今は逃げるしか「ねぇ!」
いや、呼び止められても俺は気にしないから――――「お願い・・・・」
何がお願いだ畜生。一年間俺のことシカトしてた奴が、こういうときに限って助けてなんて言うつもりじゃねーだろうな。
「妹たち探すまでは死ねないの・・・・だから、助けてっ!」
なんて身勝手な野郎だ。知らんぞ俺は。
足が、止まった。
意味がわからなかった。・・・・いや、違う。意味はわかりたくなかった。
・・・これ以上家族を失いたくない。それもある。
三女の―――香撫が長女が死んだと知った時の悲しむ顔は見たくない。それもある。けど――――。
「みんなからの視線に吐き気がするからな。しょうがなくだしょうがなく」
なんて言い訳を自分にして、フラつく金髪少女に声をかける。
「めんどくさいことするな、この貧乳野郎!」
驚いたような表情をする金髪さん。
「あ、あなた何を言ってるんですか!私のどこが――――」
火の玉を睨みつける。そしてイメージした。
火の玉を捻って、この空間から消し去る。一瞬で玉から紐のように細まった火の玉は、まるで最初から存在していなかったかのように消え去った。
微かな何かが燃えるような臭いと、妙な沈黙だけが風に流されて空に舞った。




