人身共喰3
小笠原は口の中にガムを入れながら火の付いていない煙草を咥えている。喫煙者に厳しくなった現代では小笠原のような愛煙家は生きずらい世の中だ。出来るだけ禁煙しようと試行錯誤している内にガムを食べながら煙草を咥えるというスタイルに行きついた。
照りつける太陽を見上げていると汗が頬を伝い顎へ流れ地面に置いていく。適度に水分補給をしなければ間違いなく脱水症状になるだろう気温と戦いながら小笠原はホテルのロータリーに立っていた。
「約束は11時。そろそろのはずだが……くそ、コーヒーでも持ってくるんだったな」
ホテルは高い場所に建設されている。そのためホテルへ向かう道路は少し勾配になっており坂を上るように進んでいく必要がある。ホテルの1階のすぐ近くに作られたプールからは連日のような黄色い声などは聞こえてこない。またあれ程多かった浜辺にいた観光客も今は姿を消している。
現在ホテル朝霧は休業中だ。表向きの理由は各設備の点検のためとされている。あの事件はニュースにも未だ報道はされていない。正確に言えば出来ないと言った方が正しい。
数年前と違いこの世界から霊被害は霊能力と共に消え去った。特別な力と共に現れた災害とも言える霊の被害。警察の方でも対応できないそういった事件を多くの霊能者が解決し納めていった。だから霊能力がなくなって悲観する人々もいたが、それと同じくらい霊による被害が終わったのだと安堵する声もあったのだ。
だからこそ。未だ続く霊被害を大っぴらに報道できない。なぜなら解決できる霊能者がほとんど消えてしまったからだ。下手に報道すればどうなるか。霊とはもはや災害なのだ。何が起きるかわかったものではない。
今回の事件が深夜帯に起きたのが幸いだった。表向きは複数の客による酒のトラブルとして処理し、多くの客もそれを信じている。従業員にも口止めをし、何とか説き伏せたこの期間で解決しなければならない。
「とはいえまず本当に霊による被害かどうかを確定させるべきか」
小笠原はとしてはほぼ黒だと確信している。過去に扱った事件の経験からくるものだ。だが確証を得たい。だが気になる事もある。
あの霊全盛期とも言える時に心霊現象は起きなかった。確かにそう言っていた。なら自縛霊というものはない。何か別の霊の仕業の可能性もある。
「ん、来たか」
タクシーが1台こちらへ向かって走ってくる。それを見た小笠原は咥えていた煙草を箱に戻し口の中のガムを飲み込む。そうしてやってきたタクシーがロータリーに入りホテルの前へ止まった。
後部座席の扉が開き、2人の人物が降りてくる。1人は長身の男性。ラフな格好をしており年齢は想像していた以上に若く恐らく大学生くらいかと小笠原は考える。そしてそのあとに続くのは逆に高齢の女性だった。杖を携え、眼鏡をかけ白髪頭にはかわいらしいリボンが添えられている。
「お待ちしておりました。私は小笠原隆利。この事件の担当をしているものです」
そういって警察手帳にある自分の顔写真を見せた。
「これはどうもどうも。お師匠様! 刑事さんだよ刑事さん。本物っぽい!」
そういうと細目の男性が調子の良さそうな声色でそう声をあげる。
「この馬鹿者」
そういって杖で男の足を軽く叩いた。
「いってぇ! もう勘弁してよお師匠様!」
「まったくいい年なんだから大人しくしなさいな。さて、刑事さん。私は梅原桜。こちらは弟子の――」
「はい、はい! 梅原弥七です」
「この馬鹿者。もう20歳になったんだから大人しくなさい」
「あいたぁ!」
梅原桜。界隈では有名な霊媒師でもある女性。そしてその孫である弥七。共に元から霊感を持ちつつ未だ霊力を保持している貴重な霊能者。
「ん、お待ちを。もう1名は? 確か3名と聞いていましたが……」
小笠原がそういうと杖で叩かれていた弥七が足をさすりながら答えた。
「ああ。一緒にタクシーに乗っていた山辺さんですね。あの人は――何か途中で帰りましたよ?」
「――帰った? それはどういう……」
「仕方ない事です。どうか彼を責めないでください」
そういうと梅原桜は杖を地面につき、小笠原を見上げた。
「化け物がいる。ここはだめだ。早く逃げるべきだ。そう山辺さんは言っていましたよ……刑事さん」
背中に冷たい汗が流れる。すぐ近くにあるホテルが別のナニカに思えて仕方なく、またそう語る梅原桜の目があまりに不気味でしかながなかった。




