相対する3
天ヶ瀬梨央は戸惑っていた。彼なりに覚悟して勇実家へ訪問した。聖女強奪の一件の詫びのため、そしてその一件によって目が覚めた事への感謝のために。とはいえ、相手からすれば仲間を攫い、命の危険まで追い込んでしまったわけだ。
行き成り殺されるという事は日本であればないだろうと甘く考える天ヶ瀬ではない。事実、あの襲撃時、勇実礼土は人を殺しているのだ。死体も残らぬ方法で消されたために証拠もない。目撃者である天ヶ瀬が警察に証言すれば何か違うかもしれないが、それで法の裁きを待つような男でもないことを天ヶ瀬は知っている。だからこその覚悟だ。無事に帰れないかもしれないという強い覚悟を背負ってきている。
――だというのに。
「紅茶でよろしいですか?」
「あ、ああ」
目の前にいるのは当然、勇実礼土。だが天ヶ瀬を見るその顔から怒りの表情は感じられない。どちらかというと戸惑い、恐れさえ感じ取れる。そのことに天ヶ瀬は混乱している。どう考えても立場は逆だろうと言いたいくらいである。そして視線をずらすと赤い髪の女性がテーブルに肘をつき、こちらを睨みつけている。
(いやいや、お前は誰だ?)
見知らぬ女から睨まれ戸惑う天ヶ瀬だが、感じる潜在的な魔力量はかなり高い。そしてそれを窘め何故か紅茶の用意をしている聖女アーデルハイト。警戒はしているのだろうが、強い敵意は感じない。いやそれさえ隠して笑みを浮かべているのだろう。それはいい。
天ヶ瀬の中で一番の問題。
「……その……あの幼子は?」
「気にするな。ちょっと不貞腐れてるんだ」
「むぅ。薬中の途中だったのに」
(いやいやいや。お前確か真祖の吸血種ケスカだろう!? なぜここにいる!? いやそれ以上に薬中の途中ってなんだ? まさか勇者レイドは真祖の化け物を薬漬けにしているということか!?)
天ヶ瀬の額に汗が流れる。この部屋の中はどうなってるんだと叫びたい気分であった。
「それで、どうやって家の場所がわかった?」
天ヶ瀬の心臓が跳ねる。余計な障害が多くあったがようやく本題に入れるようだ。
「私は、アマチという会社の代表をしている。それなりに色々な場所にコネがあるのだ。それにお前たちはスカイツリーの一件で有名になったからな。調べるのは容易だった」
そういうと用意していた紙袋をテーブルの上に置く。
「とりあえず手土産だ。調べによるとお前たちは大のコーヒー好きと……」
そこまで言って天ヶ瀬は強い殺気を感じる。視線を上げると礼土、赤髪の女、そして聖女が真っすぐ天ヶ瀬を見ていた。いや睨みつけている。
(……何を間違えた? こいつらが懇意にしている不動産の田嶋という男は頻繁にコーヒーの差し入れをしているという事は間違いないはずだぞ)
「――何か不味かったかな?」
「いや――なんでもないさ。そうか、それほどか。……だが俺は屈しない」
「何だって?」
「とりあえず、こちらお預かりしますね」
天ヶ瀬と礼土のやり取りを見ながら受け取ったコーヒーをキッチンへ運んでいくアーデ。まさか好感度を稼ごうと思ったコーヒーで行き成り修羅場になるとは思ってもいなかった天ヶ瀬は既に背中に大量の汗をかいていた。
「……本題だ。まずは先日の件、改めて謝罪しよう。申し訳なかった」
そういうと天ヶ瀬は立ち上がり腰を曲げ頭を下げた。数秒間の沈黙が流れゆっくり頭を上げる。
「言い訳のしようもないが、あれはこちらで発生した問題だ。私にできる範囲なら君たちの要求を呑む準備をしている。慰謝料という形で金銭を渡すのは当然として何か要望があれば可能な限り聞こう。だからどうかまず怒りを納めてほしいのだ」
そう言い切ると怪訝な顔をしていた赤髪の女が手を挙げた。
「何かな?」
「あれ、確認なんだけど。おじさんうちにガラス代の弁償を求めに来たわけじゃないの?」
「は? ガラス代? なぜだ」
「いやだって礼土が派手に壊したんでしょ? ニュースでやってたし」
「そんなわけがないだろう。アレも含めてこちらの不手際によるものだ。そんな事をするつもりは一切ない」
というかそんな発想すら天ヶ瀬にはなかった。ただどうやって最悪の勇者との正面衝突を避けるかだけを考えてきたのである。
そしてその天ヶ瀬の言葉を聞いて、礼土と赤髪の女が一気に顔を崩して背もたれに体重を預け始めた。
「はあーマジかよ。びびって損したぜ」
「危なかったねぇ。いい人でよかったじゃん礼土」
「良くない。いいか、ネム。俺はどうやってこの賠償から逃げるかを必死に考えてたんたぞ」
「ただでさえ、うちのガラスの修理代もあるもんねぇ」
「やめてくれ、へこんでるんだ」
目の前で妙に生ぬるいやり取りを聞き、天ヶ瀬は頭痛を感じていた。天ヶ瀬からすれば、目の前の存在はこれ以上怒らせてはならない存在であり、自然災害のようなものだ。唯でさえ、失態を犯している状況だというのにそれはそれ、これはこれという精神で壊れたビルの弁償を要求する度胸などない。
「はぁびっくりした。それで……あれはどういう意味なんだ?」
緩んだ空気の中、突然刺すような視線に驚く天ヶ瀬。ゆっくり呼吸し椅子に座る。
「まず、改めて自己紹介をしておこう。私は天ヶ瀬梨央。だがお前たちにはこちらの名前の方が伝わりやすいだろう。私は……魔王リオネだ」
「はぁ!? リオネってあのか!」
「リオネ、リオネ。あー知ってる。アタシの2つ前の魔王でしょ?」
ネムと呼ばれた赤髪の言葉に逆に天ヶ瀬が喰いついた。
「ちょっと待ってくれ。魔王だと!? 君が!?」
「うん。デュマーナって名前だったんだよ。一応リオネの次々代の魔王だね」
「ちょっと待て、何か。この空間に、勇者、聖女、魔王が2人に真祖までいると?」
「そうなるのかな?」
整えた髪をガシガシと乱し皺が寄るくらい目を瞑る天ヶ瀬。それをどこか悪戯が成功した子供のように笑うネムと、腕を組みながら「確かにすごい面子だな」とアーデに話しかけている礼土というカオス空間となっていた。
「もしかして人間へ転生したって奴か?」
礼土の質問に天ヶ瀬は答える。
「あ、ああ。そうだ。一応魔法も使えるが、どうやらあまり魔力量がないようで正直使い物にならないがな」
「待て。魔法が使えるのか? 体調は?」
「……その質問が出るという事は理解しているのだな」
「ああ。以前に人間に転生したヘンリヤと会っている。その時に聞いたよ。魔法の使い過ぎで病魔に蝕まれていると」
「そうか。まずはその辺りから話すべきだな」
乱れた髪を軽く手櫛で戻し改めて天ヶ瀬は礼土の方へ身体を向けた。
「私は、以前この身体で魔力量を増やせないかと各地を巡り旅をしている時――この星の神と出会い、眷属となる呪いを受けた」




