襲撃1
「思ったより人が運ばれてこないですね」
用意してもらった市営体育館に次々運ばれてくる学校の生徒たち。もちろん生徒以外にも学校内にいた事務員、教師なども運ばれてくる。だが当初予定した人数ではない。正直ここの体育館だけで足りるかと話し合っていたのだが、実際は体育館の半分も埋まっていない。
「申し訳ありません。何かありましたか?」
アーデが近くにいた警察官に話しかける。アーデに話しかけられ一瞬顔を赤くした警官だったが、すぐに質問に答えた。
「は、はい。どうも学校側でトラブルがあったそうです。現在報告を待っています」
「……そうですか」
盗み見るようにチラチラみてくる警官の態度にアーデは内心溜息をついていた。彼女自身、自分の容姿が優れている事は分かっているし、異性の興味を引きやすい方だとも自覚している。この警官だけではない。寝ている生徒たちを診ている看護師などの視線も集めている。
医療の心得はなくとも、治癒系の霊能力が使えるという紹介でここへいるアーデはその持ち前の容姿も相まって注目を集めてしまっている。普段はそういった視線も気にしないアーデだが、この状況下でもこういった視線を向けてくる人たちに内心あきれていた。
救急車なども集まってきており、点滴などの機材なども運ばれており、アーデは運ばれた1人1人に近づき、治癒魔法を施す。礼土から聞いていた暴走の危険性はなく、どういう理由か霊力が全員欠乏しているような状況のようだ。そのおかげで魔法の使用は問題なさそうだ。中で乱闘でもあったのかひどい怪我でも骨折程度のため、アーデの想定していた以上の怪我がなくほっとしている部分もある。
「報告です!」
体育館の入り口で大声を上げた警官に全員の視線が向く。緊急の用件なのだろう。その警官の焦った表情からも察せられる。
「馬鹿者! 場所を考えろ!」
現場指揮者の警官がそう声をあげ手を上げた。その意味を察して体育館内にいた警官が頷ぎ、外へ出ていく。外で話すという合図だろう。確かにどういう状況にせよ、ここで話していい内容ではない。アーデも握っていた女の子の手を離し後に続く。
ここ市営体育館はいくつかのフロアに分かれている。屋内には体育館、プールがあり、屋外は庭球場がある。今回は庭球場を駐車場として臨時に使われており、屋内の体育館を収容するためのフロアとして活用している。
アーデを含めて警官たちは体育館を出て、この建物のロビーに集合していた。
「学校内にいる生徒たちの救助ができない?」
「はい。救援に当たっていたランクⅧ霊能者である勇実さんと、現場指揮をしていた山城さんの判断だと伺っています」
その報告を聞き、真っ先に顔を顰めたのはアーデである。
「バカな。どういう判断だ?」
「どうも敷地内にいる要救助者へ触れると強制的な戦闘になるんだとか。そういう訳で唯一中に入れる勇実さんが無理だと判断されたと伺っています」
「なんじゃそりゃ。あそこに霊界領域の気配はなかったはずだ。言ってる意味がわからんな。まあランクが高いといっても所詮素人だろう。おおかた1人で中にいる生徒たちを運び出すのは無理だと音を上げたんじゃな――」
「お言葉ですが」
現場を仕切っていた警官がそう悪態をこぼそうとしたときに凛とした声でアーデが遮る。突然の事にその場にいた全員が目を剥いた。
「彼の力は、この世界にいるどの霊能者よりも強い。また素人とおっしゃいましたが、彼がいなければあのスカイツリーを攻略できませんでした。警察の皆様なら知っているかと思います。あの地獄のような霊界領域を」
静かに語るアーデの言葉に全員が黙った。霊能者と警察、または自衛隊とは基本仲が悪い。正確に言えば、警察や自衛隊は一方的に霊能者に対してよい感情を持っていない。
とはいえこれも仕方がないことだ。警察や、自衛隊は国を、国民を守ろうという強い意識がある。だが霊能者は、自分の力を高めることを優先している者が多く、どうして根底にある目的意識の違いからすれ違いがちなのだ。
だからといってアーデも黙っているつもりはない。他の霊能者は知らないが、礼土がいて解決できないことはないと断言できるほどだ。
「し、失礼しました。ですが、霊の気配もないのにそんな訳の分からない状況になるとは……」
「だから、なのではないですか」
アーデがそう言って学校のある方角に視線を向ける。
「……だから、とは?」
「この状況です。恐らく何かが起きているのでしょう。ならあの場にいた彼らも普通の患者ではないはずです」
「まさか……体育館の中で寝ている子供たちに何かが起きると?」
「可能性です。私には何も権限はありません。ですが、ここの警備は少し強化してもよいと思います」
アーデがそういうと暗いロビーの向こうからペタペタと歩く音が聞こえる。慌てて近くにいた警官が走り照明を付ける。
「きたよ」
「こ、子供?」
突然現れた外国人の子供。年齢的に小学生くらいの小さな、それこそ人形のような子供だ。それが何故か口にお菓子を咥えてそこに立っている。
「お疲れ様です」
「あ、アーデさんのあの……お子様で?」
顔は似てないがどこか人間離れしている雰囲気は似ている。そのため思わずそう聞いてしまった。
「いえ、違います。手の掛からない方の妹です。ではケスカ任せても?」
「うん。ばっちこい」
そういうとケスカはアーデの近くまで歩き、そのままちょこんと座った。
「あ、あのこの子は……」
「何でもありません。どうか気になさらず」
そういって笑みを浮かべるとその場にいた誰もが口を閉ざしその笑顔に見惚れた。
護衛のために呼んだケスカだが実際の所そこまで必要性があるとはアーデも思っていない。護衛という意味であれば、陸門道行という切り札をアーデは持っている。現状多くの悪霊と戦った礼土が言ったのだ。陸門道行は礼土の持つあの悪霊たちに近い強さを持っていると。
アーデは理解している。礼土の持つあの3体の悪霊は暴れだせば国を落とせるだけの力があることを。幸いな事に、あの悪霊三体は礼土を恐れ絶対服従の状態にある。逆らう事はまずない。それに近いだけの強さを持っている陸門道行がそばにいるため十分だろうと考えていた。
だが、ネムはそれでも良しとしなかった。
ケスカを呼ぶことを妙に拘っていた。嫌な予感がすると、ただそう言って。
ネムはどこか礼土に似て理性で動くタイプではなく本能で動くタイプだ。なら信じるべきだろうと思いケスカを呼んだ。
(過剰戦力なような気もしますが……)
それに加え警察までいるのだ。さり気なく警備を強化するように会話を誘導したが、やはりそれでもやりすぎな気がしてならない。
それから1時間程度経過した。予想していた通りあれから追加の生徒たちは送られてこない。何かあったのだろう。礼土の力をもってしても苦戦してしまうような何かが。
「ケスカ。少し警戒しましょう。今回の事件、どうやら普通では――」
プツン
照明が落ちた。
体育館内にいた看護師たちが立ち上がり声を上げる。
「停電? おいブレーカーは!?」
「落ち着け! おい誰でもいいブレーカーのある場所へ行って様子を見てこい!」
周囲が騒がしくなってきたとき、アーデの服をケスカがゆっくり引っ張った。
「どうしました」
「何か来た」
「――敵、ですか?」
「わからない。でも何か変」
光魔法の結界を張るか考える。だがこの暗闇で結界を使えば悪目立ちしてしまう。アーデは魔力を使用した身体強化を得意としていない。だがわずかでも動けるように身体に魔力を満たす。
「どうする? 行く?」
「……ここから無力化できますか?」
「無傷は無理。あと敵味方の判断ができない」
「待機しましょう。まだ状況が掴めません」
暗い屋内に人が走る音が響く。警官の声が響き、木霊する。そうして――。
パンッ!
何かが弾ける音が聞こえ……悲鳴が響いた。
「うぁああああああ!!!!」
「救援を呼べッ! 武装しているぞ!」
武装。そして今の破裂音。そこから導く事態をアーデは否定したかった。
「この音、映画で聞いたことある」
「ええ。銃……でしょうか」
間違いない、この場所が襲撃されている。だが何故か。日本という国で銃を持つという事は簡単な話ではない。だというのに銃を使っての襲撃。なら当然次の疑問がわく。
目的は何か。
「仕方ありません。私たちも動きましょう」
そうケスカに言って立ち上がろうとした瞬間だ。
バンッ! そう音を立てて体育館の入り口が開く。
そこに人影が立っている。
それを見てアーデは眩暈に襲われた。
それは、白い人間だった。髪はなく、身体をくねくねと躍らせている。そして異様であるのはその顔にたった1つの眼しかないという事。眉も鼻も口もなく、ただ縦におかれた1つの眼。それがまっすぐアーデを見ている。
何故かアーデの瞳から涙があふれる。悲しみが襲う。あの日、礼土が死んだと報告を受けた時に味わった喪失感。脳内に言葉が溢れる。
死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ななくてはならない。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
「そっちよろしく」
「承知した」
そう声が聞こえると、アーデの指輪から黒い煙があふれ出し疾走する。それが段々と人の形へと変わり、黒い武者の姿になった。そして黒い刀による一閃にて白い人間が両断される。
「阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿阿」
恐ろしい声を上げ消えていく。そして同時にアーデの自殺願望が消えた。玉のような汗を流し、アーデはすぐに状況を把握するため前を向く。
「大丈夫?」
そこには黒い衣装に身を包み、夥しい数の札を張った銃器を持った人間を抱えているケスカだった。
「その、方は?」
「しらない。でも舞台裏からアーデ狙ってたから狩ってきた」
「アーデ殿。ここは危険です。すぐ避難しましょう」
「ですが……」
突然起きた事態に対しまだアーデの頭は混乱している。
「アーデ殿。先ほど、そこの童が討ち取った敵ですが、明らかにアーデ殿を狙っておった」
「うん。アーデ、結界使って。変なのまだいっぱいいる」
「……わかりまし――」
体育館の窓が割れる。缶のような物が投げ込まれ、煙が噴き出し始めた。そしてそれに追従するように、浮遊する5体の日本人形がけたたましく笑いながら体育館の天井を浮遊し、こちらを見ていた。




