業の蔵11
知座都の持つ霊能力は憑依。発動の条件は複数ある。1つは自身より霊力が低い人間である事。2つ、自分と会話したことがある人間であること。3つ、相手に触れた事がある事。4つ、対象の意識が喪失状態である事。
条件が多く扱いにくい能力だが知座都の憑依は、本来の憑依と異なる。それは完全に自己を形成させる力があるという点だ。本来の憑依能力は短時間だけ身体を操れるだけの力。だが知座都のそれは器の肉体を自身に書き換え、新しい自分の身体へ変貌させることが出来る。そうすることによって対象の記憶も情報として手に入れる事が出来るようになる。
呪具作りをしている区座里と共に過ごしていた知座都は常に自身もいくつもの呪具を携帯している。それらを使い能力の底上げを行った結果だ。その代償は重いが、それでも知座都はこの能力を気に入っていた。
脳を収集する際、服装を変え、髪形を変え、話し方も変え、多くの人間に近づいた。この学校もその一環だ。思春期の脳は多感だ。それ故、蓄える情報も新鮮であり、依頼人である彼らの要望にも適い、且つ自身もその収集という行為を楽しんでいた。
だから、今回の大仕事はその仕込みを最大限利用しようと考えた。
貰った呪星を使い、ターゲットであるあの男が通う学校へ行き、少しずつ憑依するための準備を進める。確かに頑丈なセキュリティであるが、それでもこの道を何年も続けていた知座都にとって侵入は容易い。元々収集活動をしていた場所という事もあり準備は簡単に終わった。
星呪を発動させ、芽吹くのを待つ。そしてその予兆が訪れ、この学校の浄化が始まった。ただ本能に従い暴れまわる生徒を見るのは楽しかったし、そのあとのイベントを考え準備するのも楽しかった。
そうして浄化の段階が進み始めた所でさっそくターゲットであるあの男がこの空間の異常に気付いた。
当然驚く。最初は彼も影響を受けているようにしか見えなかったのに、なぜ正気に戻ったのか、本当に疑問だった。だが仕方ない。このまま逃げられては意味がないのだ。
だから早咲きになってもいいかと考え、彼の前に姿を現した。既にマーキングしていた生徒たちは意識を手放している。今なら移り放題だ。だからこの能力を最大限生かし、遊ぼうと思った。この時点で知座都の最大の目的は楽しむ事になっていたからだ。
それからは本当に驚いた。あの男は正気を保っている。殺すように誘導しても殺さないし、自殺しようとしてもすべて防がれる。知座都にはなぜそうなるのかさっぱり意味がわからなかった。
だから趣向を変えよう。
あいつの顔が苦痛に歪むところがみたい。殺せなくてもいい、今まで準備していたことが台無しになってもいい。ただあいつを虐めてやりたい。だから憑依出来る方の神城の身体を使い、接触した。能力を発動するように誘導し、発動した瞬間に肉体の主導権を完全に奪う。
こうして手に入れた! 奴の秘密! そのすべて!
元の肉体の能力が低いせいか、過去すべては視れなかった。だがそれでもここ数週間の出来事は手に取るように理解できる。そして俺は知ったんだ。奴の力の秘密。
奴は霊力を持っておらず、使役した悪霊で代用しているだけのペテン師! あいつ自身の力だと思っていた霊力はすべてあの3体の悪霊の力。スカイツリーの出来事まで見れなかったのは残念だがそれが知れただけでも十分だ。
あの呪星は俺の血をたんまり吸っている。繋がっているんだ。だからある程度は操れる。この浄化の地にいる業を背負ったものたちを。
狙い通り奴の使役していた悪霊が俺の前に現れた。全身に刺さる程の霊力を感じる。今まで飽きるほどの霊を見てきたがあれは特別だ! 1体だけでも暴れれば都市を容易に壊滅出来るであろう悪霊。それが2体も制御下に入った。恐らくまだ1体だけ奴が悪霊を保持しているようだがもう意味はない。戦力は覆った! 完全に詰んでいる!
「はははは! 精々自分がこき使っていた霊たちに殺されるがいい!」
両手を掲げ高らかにそう叫んだ。楽しい。ただこの瞬間が楽しくてたまらない。
そうこの瞬間までは。
様子がおかしいと感じたのはあの大猿や狐が動かない事からだった。間違いなくあの男にこの2体の霊は牙を向いている。なのに動かない。――それに何故だ。苦しそうな顔をしているように見える。
「お、おい、何をしている。さっさと奴を殺せ」
再度命令するが、動かない。いやそれどころか……俺の身体の様子も変だ。震えている? どうして? そう頭に疑問がよぎった時、静かだった男がゆっくりと口を開いた。
「何をしている」
恐ろしく低く、響くような声。静かな声色だというのにはっきりと聞こえる。男が一歩前に足を踏み出した。
その瞬間、もはや悪霊というカテゴリーを超えているはずの大猿と狐が一歩引いたのだ。
ありえない。なんだ、このプレッシャーは?
「俺が言った事を忘れたのか?」
心臓が早鐘のように鼓動する。呼吸が浅くなり汗が止まらない。
「なぜおまえらがここにいる。利奈を守れと言ったことを最早忘れたのか」
視界が暗くなる。立っていられない。いやここから逃げ出したい。全身を刺す悪寒が止まらず身体が震える。いやよく見ればあの2体の化け物たちもどこか怯えているように見える。どういう事だ? なぜ大した霊力も持たない人間にここまで怯える! ありえないだろう!!
「はあ、はあ」
呼吸が苦しい。だめだここにいてはいけない。間違いない、この感覚、この全身を支配する感情。俺が久しく感じていなかったこれは――。
「お前たちには、もう一度教育が必要のようだな」
これは恐怖だ。
俺は間違いなく恐怖を感じている。何が起きているのかさっぱりわからない。あいつは何もしていない。ただ話しているだけ、霊力だって感じない。なのにこの感覚はなんだ? まるで心臓のすぐ手前まで刃を刺しこまれたような感覚、極寒の中、裸でいるような寒気。だからわかるのだ、動けば死ぬと。憑依していた自分の本体は安全だという確証があってもそう感じてしまう程の絶対的な恐怖。一挙手一投足、細心の注意を払わなければならないと本能で感じてしまう。
俺が憑依を解いて逃げようかと逡巡していると轟音が響く。視線を移せば既に大猿の上半身が吹き飛んでいる。何が起きている!? 本当に何が!
「少し調子に乗り過ぎだ。数日は反省しろ。その間、半分ほどの霊力をマサに渡す。……お前もだコン」
いつのまにか移動しており、身体が消失していく大猿の足元にいた。そして4つの尾をもつ狐が必死の形相で逃げようとした瞬間、狐の霊も真っ二つになり、光の粒となって男の元へ消えていった。
「……ば、ばけものめ」
脳裏に過る。もう名前も思い出せないあの男が、あそこまで取り乱していた姿を。だめだ。もうここにはいられない。すぐにでも逃げなくては!
「人を化け物呼ばわりとは失礼な奴め。お前もだ。逃げられると思っているのか」
「は、はは。馬鹿め。俺の本体がまさかこの学校にいると思っているのか? そんなわけないだろう。精々苦しめ、どうせもう止まらない」
そう言い残し俺は憑依を解いて逃げ出した。
残された礼土は和哉へ戻り気絶している身体に触れる。あの斑色の髪の男と最初に戦った時、礼土は一度逃がしている。だから今回も最終的には逃げるだろうと思っていた。憑依という仕組みが分からず強引に魔力で閉じ込めたとしても誰かの肉体を檻にするだけになる。
だから必死に覚えた。霊力が感じにくい体質であるが、あの男の僅かな霊力の気配を。操っていた肉体にも触れ、その僅かな霊力の変化も逃さないように必死になった。
だからもう遅いのだ。どこへ逃げようが意味はない。
「甘くみたな。俺は今まで本気で追いかけて逃がした奴は1人しかいないんだ。お前の霊力はもう覚えたぞ」
礼土から発せられた魔力を籠められた閃光は一瞬、校舎を照らす。そしてその光は校舎から、街へ、そして文字通り光速で日本を駆け巡った。
「眩しッ! 何、太陽?」
「なんかすごい眩しかったね。まあいい天気だしそのせいじゃない?」
一般人にはただ一瞬の眩しい光に感じられた。
「ひぃ――礼土怒ってる」
「はいはい。大丈夫よ。戻ってくるときにはいつもの礼土に戻ってるわ」
「ケスカは情けないなぁ。アタシを見習うといいよ」
「見習うって……真っ先にトイレに行くって事?」
「違うわよ!」
魔力を探知できるものは、おおよその事態を把握した。
「この感覚……馬鹿な。私の知るレイドよりも――更に成長しているのか……化け物め。……いや今はこれで奴の怒りが収まることで良しとすべきか」
「なんじゃ、何か感じたのか?」
「地球にないものですからね。貴方にはわからないのでしょう。私ですら今更この感覚を呼び戻すとは思わなかった。さて、事後処理の準備をしましょうか」
「ふむ、やはり気になるの。さてどうするべきか」
且つての礼土を知る者は未だ成長しているその力にさらなる警戒を強める。
そして。
地方のとある田舎町の小さな家。無理やり強化した能力の代償のため、味覚と右足の感覚を失った一人の男が目を覚ます。
「マジでやべぇ。こえぇよ。なんなんだよあれは!」
近くにあったペットボトルを壁に投げつけた。頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚を覚えながら整理できない感情に振り回される。無茶な憑依の代償のためか、今度は左手が僅かに痺れている。恐らく近いうちに動かなくなるだろう。だがそれもどうでもいい。あの貰った呪星を自分なりに加工してからどうしても思考が纏まらない。
それでもよかった。楽しいことだけでいっぱいだったからだ。ゲームで強い装備、珍しいスキル、新しい仲間。そういったものが手に入った時、使ってみたい、試してみたい、そういう衝動とよく似ている。
だというのに今は真逆だ。恐怖だけが心も身体も支配している。
松葉杖を使い、立ち上がる。さっさと日本から脱出するためだ。本能的に理解できる。もうここにはいられないのだと。
「持ち物は必要最低限でいい。さっさとここから――」
そう言いかけて俺は床に倒れた。積み上げていた本も倒れ、埃が宙に舞う。
何が起きたのか理解できなかった。ただゆっくりと自分の足をみて――そこには4つ以上関節が増えた自分の無残な足があった。骨が皮膚を突き破り血が流れている。
「は……は……」
すると今度は自分の左手が動く。麻痺していたはずの左手。それがゆっくりと曲がってはならない方へ捻られている。
乾いた枝を折ったような音が室内に響く。
「あ……な、なんで……」
不思議と痛みはない。それよりもなぜ? という疑問だけが頭をよぎる。自分の身の守りには最大限注意を払っていた。誰に貰ったか忘れたが、強固な結界も纏い、万全な状態にしていたはず。なのになぜ。
ゆっくりと部屋を見渡すとそこに女がいた。直観で理解する。アレはあの男の使役している霊なのだと。あの学校からここまでどれだけ距離が離れていると思っているんだ。無茶苦茶だ。
女のようだが、やはりあの猿や狐同様に普通じゃない。腕が4本あり、腕や指が異様に長いのだ。人間霊がそこまで形を変えるなんて普通はありえない。一体どれほどの怨念をその身に宿している。そしてその指が何かを握るようにゆっくりと動く。
それに呼応するように右手が曲がっていく。まるで俺が施した結界など意味がないかのように、腕の原型がなくなっていく。そしてとうとう……首に力が入る。曲がってはならない方向へ少しずつ、少しずつ。
「……花が咲くところを――見たかったなぁ」
そう言い残し、首が千切れた。




