まさこさま3
「写真で見た時はどうかと思いましたけど、現地に来ると案外悪くないっすね」
「雄吾さんの言う通り確かにそうですね。何というか古き良き時代を感じると言いますか」
生須家の分家の子であり、まだ20代になったばかりの雄吾と直紀は鴉江町を見てそう呟いた。ただ田んぼだけと老人しかいないという田舎ではなく、小さな公園で子供が遊んでおり、小さな商店街はそれなりに人でにぎわい活気がある。娯楽施設と呼ばれるゲーセン、カラオケ、ボーリング等の施設は殆どなく、代わりに駄菓子屋があったりとまるで昭和の世界だ。
「観光程度で来る分には確かに悪くないわな。ただ……」
談笑している雄吾と直紀の後ろで煙草を吸いながら琢磨は怪訝な顔をしていた。それはこの町全体を覆う不可思議な気配に対してだ。町に入った時はあまり感じなかったが、こうして中心へ来るとそれが強く感じる。
すぐ傍に、誰かがいるような気配。息づくような音、人の体温、そういった僅かな、本当に僅かな気配が周囲に溢れている。
だが霊の気配はまだ感じない。隠れるのが上手いのか、或いは――。
「桐島。現地に着いた。――始めろ」
スマホで町のすぐ外へ置いてきた桐島へ連絡をする。
『わかりました。では鼠30匹、鳥を10羽ほど放ちます』
人とは違う視点からの捜索は役に立つ。痕跡の確認は桐島に任せ琢磨たちが行うのは……。
「おい、始めるぞ。とりあえず聞き込みだ」
地道な聞き込み捜査だ。
日は落ち、星々が瞬くような時刻へと変わる。鴉江町から1つ隣の町の安ホテルに4人の男が集まっていた。
「都会の光が邪魔で星の光が見えにくいという話があったっすけど、案外本当なんすかね。よく星が見えますよ」
「雄吾。いつからロマンチストになったんだ」
「はっはっは。すんません」
二人部屋を2つ確保し、そのうちの1つである琢磨のいる部屋に全員が集まっている。小さなテーブルには近くで買ったコンビニ弁当の空箱が散乱しており、各々手には酒やジュースなどを持っていた。
「んで、成果はどうだ?」
普段は大酒飲みである琢磨だが、仕事中は水しか飲まないため、ミネラルウォーターのペットボトルをラッパ飲みしながらそう投げかけた。
「まずは俺っすかね」
チューハイを片手に飲んでいた雄吾が手を挙げる。
「とりあえず4人の学生が3週間前に来ていたかどうか、それを中心に聞き込みをしたっす。とりあえず提供されたこの写真を見せて回ったんすけど、みんな覚えてないって言ってますね」
スマホに表示されているのは失踪されたとされる大学生たちの集合写真。顔はしっかりと視認できるデータだが、誰に見せても聞きたい答えは得られなかった。
「じゃあ次に私ですかね。私は大学生が失踪後、捜索にきた霊能者たちの写真を見せて回りました。結果は――雄吾さんと同じです。覚えていないと」
そう直紀は肩をすくめる。
「次は僕かな。一応鴉江町全域をくまなく探した。それこそ人が通れないような場所も含めてね。結果だけ言うと何もなかったかな。死体も、遺品も」
ジュースを飲んでいた桐島がそう答えた所で琢磨が指で自身の額をたたき出し、一言零す。
「……妙だな」
その言葉に雄吾、直紀、そして桐島が注目する。そして次の言葉を待った。
「学生連中を覚えていない。それはいい。どれほど滞在していたか知らんが普通はすれ違った程度の人間や、一言二言話した奴の顔なんざ覚えてねぇだろうさ。無論引っかかる点はあるが、まあいい。だが次の捜索をしてきた霊能者共を覚えていない? 観光客も来なさそうな田舎に、霊能者が押し寄せてくるんだ。普通は記憶にあるはずだろう。それは流石にいただけねぇ」
そういうと手に持っていた水を飲み干し、空になったペットボトルをゴミ箱へ投げ入れた。
「その辺はどうなんだ直紀」
「ええ。私もそれは疑問に思い、ここにいる駐在所まで行きました。ただ……知らないの一点張りでしたね。人を捜索するなら確実に行くであろう駐在所でさえこのありさまです。普通じゃないかと」
「となると町ぐるみで何かしてやがるな。恐らく本当は学生の事も覚えてる奴がいたはずだ。なのに白を切った。ってことはだ……」
琢磨はテーブルに置かれている資料の下の方へ置かれていた1枚の印刷された紙を取り出す。そこには1つの単語が書かれている。
”まさこさま”
「確か学生たちはこの怪談の真偽を確かめるためにここへきた。そうだったな?」
「ええ。彼らはオカルトサークルに所属しており、珍しい怪談を聞いた。それを確かめにここへ来たそうです」
「その情報元は? 確か同級生って話だろ。倉敷の連中に調べさせていたはずだ」
「それが――この話をオカルトサークルの彼らにした学生も失踪中との事です」
部屋に沈黙が流れる。皆がそれぞれ険しい顔をする。
「警察は?」
「身内が失踪届を出さない限り動けないと。一応ここ鴉江町にいるご両親の連絡先を確認し連絡したそうですが……家出だろうから気にしないでくれ、そういわれたそうです」
琢磨は何本目かになる煙草に火をつけ、目の前の印刷された紙を見ながら言った。
「明日はこの方向で攻める。全員気合入れろ」
翌日の昼過ぎ。琢磨は直紀が聞き込みをしていた駐在所へ来ていた。身長が高く、強面の琢磨は一見すると堅気には決して見えない。だからこそ、自身が聞き込みをした場合、不用意に相手を怖がらせてしまう事は理解しており、仕方なく1日目の捜索は基本2人に任せ、この町を覆う謎の気配に気を配るだけに留めていた。
だがそれでは埒が明かないと考え、まず確実に霊能者たちが来ていたことを知っているであろう駐在所へ行くことを決めた。
この仕事をする上で琢磨は自身の容姿や体格が交渉の場で有利に運びやすいと自覚している。女性ならば端麗な容姿で、男ならは威嚇するほどの体格で、それぞれ有利に事が運びやすい。相手が勝手に怖がってくれれば儲けもの。逆にひ弱な軟弱ものと見られれば、ある程度権力を持った立場の人間と対等な交渉なんてまずできないからである。
「よお。邪魔するぜ」
だからこそいつも通り、琢磨は横柄な態度を崩さない。そしていつも通り琢磨を見た駐在所の警察官は驚愕した様子で琢磨を見上げ、腰が引けている様子であった。
「え、あ、どのようなご用件で」
「よお。ちぃっとききてぇことがあんだが」
そういうと目の前にあるパイプ椅子へ腰を下ろす。大柄な琢磨が行き成り座ったため、パイプ椅子が少しきしむ音が響く。
「確か5日前だったか。ここに倉敷事務所所属の霊能者が来ただろう。何を聞いてきた?」
琢磨は大方の予想通り怯えている警察官の目を見ながら淡々と話す。この手の会話で主導権を握ろうとした場合、下手に感情的にならず、無表情で話すのが効果的であると琢磨は理解している。何故なら感情が読めない相手にどのように接すればいいのか必ず考えてしまう。そのうえで見た目が厳つい琢磨を怒らせようとする人間はそうはいない。それ故無意識的に怒らせないようにしようと判断してしまう。
「……すみませんね。5日前でしたっけ? ちょっと見てみますねぇ」
そういって警察官は日誌を開いた。何月何日に何が起きたのかを記載しているものだろう。しばらく待つと警察官は少し怯えたような笑顔を見せながら言った。
「5日前は武さんっておじいさんが財布を拾ってきたくらいですね」
「その前後は?」
「これといって何も書かれてないですねぇ、はい」
「そうかい。そういや話は変わるが、栗本さん。あんたここに来てもう10年になるんだって」
「……は?」
突然話が変わり、警察官は口を開いたまま固まった。
「いやね。俺も最低限は調べてきたんだわ。栗本秀樹。鴉江町に来てもう10年。随分不思議だったんだが、この町の警察官は妙に少ないな。いくら小さな町だからって一人ってことはないだろう?」
「……ははは。わざわざ私の名前まで調べるなんて本当に何の用で?」
「随分、失踪していたらしいじゃないか。だがいくら調べても行方が分からず、警察官が相次いで失踪する事件は闇に葬られ、最終的にあんただけになったってわけか」
「いや、ですから何の事かさっぱり……」
「霊って存在が確認された現在ではなく、10年も昔のちょっとした怪談話。その臭いものに流石の警察も諦めたと」
そう話していくにつれ、栗本という警察官の顔色がどんどん青くなっていく。そこで琢磨は爆弾を落とした。
「まさこさま。だっけ?」
「ッ!」
そう言った瞬間だ。栗本は立ち上がり、先ほどとは一転して琢磨を睨みつけた。
「し、知らない! 帰ってくれッ!!」
「ここに倉敷の霊能者が来たな。あいつらになんて話した?」
「だから! 知らない!」
口の端から泡が出るほど激高する栗本をじっと見ながら琢磨は考える。想像以上にあの言葉は劇的であったと。
「なあ。まさこさまって何なんだ? 知ってるんだろう」
「知らない! わ、私は何も知らないッ! 帰れッ! この町から出ていけッ!」
「そんな反応して知らないなんてなぁ。まさこさまってなんだ? 人名か? それともそういう霊がいるのか?」
琢磨が言葉を並べる度に、栗本は瞳から涙があふれ、口から唾が飛ぶ程顔を赤くし小さなテーブルをドンを叩いた。
「俺はこう見えても結構高ランクの霊能者だぜ。そんなに怖いならまさこさまって霊を俺が祓ってやるよ。だから詳細を――」
「だまれぇぇえええええッ!!!」
そう言葉を続ける前に、目の前にいる栗本が警棒を持ちそれを血走った目で振り下ろそうとしていた。琢磨の頭に真っすぐ直撃する警棒は鈍い音が響く。普通の人間なら一溜りもない一撃。だが常に霊力を吸収する生須の力を最大限に利用し、膨大な霊力を纏った琢磨に取って、この程度は赤ん坊に叩かれた程度の力しか感じていない。
だからこそ、曲がった警棒、栗本の手に残っているまるで金属を叩いたかのようなしびれ、そして咄嗟の事とはいえ、一般人に手を出してしまったという失態、それらの情報が栗本に降り注ぎ、腰を抜かして床に尻餅をついた。
「まったく。そんなにビビるって相当だな。ほれ、話せ。今のでわかったろ。俺は強い。お前さんたちが怖がっているまさこさまって奴を祓ってやる。だから情報をよこせ」
琢磨は立ち上がり、腰を抜かし床に座っている栗本にゆっくりと近づいた。そしてある事に気づく。
栗本が両手で顔を覆っていた。
「なんだ。泣き顔を見せたくないガキみたいな真似を……」
カァー。カァー。――カァー。
「ちっ。なんだってんだ。妙に烏がうるせぇな」
後ろを振り向く。いつの間にか空は茜色に染まり、青空がオレンジ色へグラデーションのように変わっている。そして駐在所の向こう側に見える電柱の影。
そこに黒い和服を着た老婆がこちらを見ていた。




