天空墓標11
どういう理由か不明だが、うおさんの気力が回復したようだ。ただ何故か俺に対し妙にたどたどしい感じがする。何かしただろうか。
「さて、まず上の様子を見てみます」
こちらもどういう訳かやる気があふれている福部。いや手が僅かに震えているところを見ると気丈に振舞っているだけのようだ。なら俺が安心させてやらないといけないな。
「ああ。頼んだよ。大丈夫、何かあっても俺が必ず助けるよ」
「……あ、ありがとうございます」
「安心してくれ。俺のペットは後2匹いるからね。福部とうおさんに其々護衛につけても大丈夫さ」
「は……? アレがあと2体も……?」
「嘘でしょ……」
目を見開いて福部とうおさん。なんだ? 信じてないのか。
「本当だよ? なんなら2匹とも出そうか?」
「ちょッ! 落ち着いて! まだ大丈夫です! 勇実さんのソレは秘密兵器でしょう? 今使う場所じゃないです!」
「そ、そうよ! そのまま秘密にすべきだわ!」
これはあれか。残りの手持ちを使ってしまうと俺の力が落ちると思っているのか。
「安心してほしい。あの程度は正直戦力として考えては……いや待て」
よく考えたら残り2匹も手放したら俺の霊力が二人から見たら0に見える。それはあまり良くないか。
「そうですね。今使うべきじゃないか」
「ぜひそうしてください。とりあえず蟲を出します」
福部は光る蟲を数体作り出しそれぞれが飛び去って行った。目を閉じ集中している福部を見守りながら俺はこの階層に来てから感じていた気配の事を感じていた。
頭の上。つまりこの階層の上空から何か気配を感じる。霊の気配を感じることができない領域内でおかしな話だが確かに何かを感じるのだ。そう、この気配を俺は知っているような気がする。随分昔、まだガキの頃の記憶。あれは確か……。記憶の霧が晴れそうになっていた時、福部が目を開けた。
「少し状況がわかったと思います」
福部の話に俺とうおさんは静かに耳を傾けた。
「まず。この周囲ですが、僕の操作できる蟲の活動限界距離まで飛ばしてみたんですが、足場も前にいたような石像も、何もありませんでした。ただ一か所を除いて……」
「上ってことかな?」
「はい。勇実さんの言う通りです。ですがこの上、距離としてはおおよそ500m程度の距離一面に何か水のようなものがあります」
「水?」
水たまりでも浮いてるのか?
「ちょっと待った。それってどの程度の規模だい?」
「直径約600mくらいの大きさの池みたいな感じです。あとこれを見てください」
そういうと福部は懐から先ほど食べた時のゴミを放り投げた。放物線を描いて飛んでいくゴミだったが、足場から出た途端。まるで吸い込まれるように上へと落ちていった。
「つまり俺たちがここから一歩でも出れば元の重力に戻るってことか。となるとこの先の出口は――」
「はい。目新しいものがない以上、恐らくあの水面の向こうだと思います」
「じょ、冗談じゃないわ。つまりあれ!? 出口があるかわからない水面に飛び込めってことでしょ! しかも目をつむりながら!」
確かに。確実に出口があると確信できない以上、かなりの決断力を試されるか。
「空中に水面があるだけなのか?」
「はい。一見すると本当にただ水が浮いているだけです。あの後ろに足場があるわけでもありませんでした。ただこの空間にあるのはあの水面だけです」
「そうか。ありがとう、かなりの情報だ」
さてそうなるとどうする? 選択肢が飛び降りるしかない。しかも福部の話ではここから全力でジャンプしてギリギリ届くかどうかの距離らしい。もちろん俺なら余裕ではあるが。
ジャンプするのはいいとして、その水面の先に何もない。下手すればそのまま落下していく可能性すらある。
「無理でしょ、流石にこれは――」
「そう……ですね。勇実さん、どうしましょう」
「待ってくれ。少し考えよう。これまでの階層の踏破条件を考えれば何かヒントが見えるかもしれない」
まず第1,2階層。頭を下げるということだ。頭を下げたまま進まなければ先へ進むことができなかった。そして第3階層。左足から進まなければ石像が襲ってくる仕掛けだった。これらに共通することはなんだ。決まっている。
「神に対しての何かの儀礼のようなものばかり要求されている」
「確かに……そうですね。鮫田さんも左進右退は神道のルールだって言ってました。そう考えるとこれは――神に謁見するための行いということでしょうか」
神への謁見ねぇ。
「だとしたらこの状況はなんだろう。何か思いつくかな?」
「1つだけ。鮫田さんが言っていました。ここは神道に近い概念があると。であればあの水は手水じゃないでしょうか」
「手水って神社とかにある手とか洗うアレかい?」
「はい。参拝前に身を清めるための行為です。ここが神への謁見前ならそういう行動もありえるのではないかと」
なるほど。となればここでの行動で試されるべきは、勇気を出してあの水面に飛び込めるかどうか。
「なら話は早い。ここでぐずぐずしても仕方ないでしょう」
俺は福部とうおさんの腰に手を回し抱き上げた。
「え、え!?」
「ちょっと勇実さん!? あんたまさか行く気なわけ!?」
「ああ。安心してください。失敗しても死なせないので」
俺はそういうと念のため左足を前にしてジャンプした。視界の僅か隅に見える水面をとらえる。この位置なら間違いなく水面に着水できる。そう確信をもって目を閉じ叫んでいる二人をしっかり抱きかかえながら俺も目を閉じた。
身体に触れる冷たい水の感触。それが全身へぶつかるように当たる。そしてそのまま落ちていく。俺は上を見ながら目を開けた。するとそこには――。
星もない。完全な夜空が広がっていた。
未だ俺の身体から魔力は出せない。つまりまだ領域にいるということだ。ならこれは正解を引けたかな。そう考えていると足が地面に当たり俺はすぐに着地の姿勢をとった。
「よし、ついたみたいだね」
俺がそういうが二人から反応がない。どうやら気絶している様子だった。
「参ったな。どうしたもんか……」
そう思い周囲を見渡す。そこは今までとは違い、広い広場のようだった。周囲には松明が設置され、この暗い闇をわずかに照らしている。そして広場には祭壇のようなものがあり、その前に数人の人影が蹲っている。
人数は8人。つまりこのスカイツリーの発生源である事件と同じ人数か。
「あ、あれ。勇実さん。ここは……」
「うおさん、目を覚ましたか。福部は?」
「まだ伸びちまってるね。いろいろ文句を言いたいけどここはまさか……」
「はい。間違いなく最上階層かと。ここからは俺の出番です。福部と一緒にできるだけ遠くに避難を」
「気をつけな、ネムちゃんが待ってるだろうし」
「はい」
そう言葉を交わし俺は歩く。念のため下は見ないように、ただ真っすぐ前を見た。そして蹲っている8人の近くへ行く。
どうやら7人が横に並び、さらにその前に1人がいるようだ。俺はしゃがんでその人たちの様子を見た。全員、まるでミイラのように果てた姿をしていた。
そしてどうやら7人は両手を組み祈りをささげているように見える。そして1人だけ前にいる男には見覚えがあった。
「長谷川か」
顔の面影はミイラのように果てているためわからない。だがあいつが着ていたスーツには見覚えがある。
「さて、長谷川がここにいるとなるとここの親玉は……」
そう呟いたとき。上から強大な気配を感じた。立ち上がり振り返る。
そこには――1つの魔があった。
真っ赤な赤い髪、褐色の肌。少し伸びた耳。ぼろぼろの服を着ているが屈強な肉体、そしてどこか見覚えのある顔つきした険しい表情をした男。
約20年を経て人間として再会したのに再び魔王になったヘンレヤの姿がそこにあった。




