五体の根陀離2
『時間を貰って済まないな』
「いえ。こちらからお願いしていた事ですので」
アーデは自室で自身の持っているスマホをテーブルの上に置き、通話をしていた。相手は生須京志郎。礼土が数少ない尊敬の念を抱いている相手であり、現在日本において上位に食い込む程の権力を有している人物である。
そんな京志郎にアーデはある事を相談していた。それは自身の治療を施す依頼人の紹介である。無論、アーデ本人は厚生労働省霊感治療局という場所の名刺をもらっており、本来はそこへ連絡するのが筋なのだろう。実際、アーデ宛の連絡は今もひっきりなしに来ている。
だが、それらを全てアーデは断りを入れた。理由は単純明快で、利権が絡む治療をするのが嫌だからである。一見、なんでもない治療の依頼であったとしても、その裏にある人の欲望が透けて見えるため、全て断った。
だからこそ、アーデは京志郎に頼った。本当に救いを望んでいる人を探してほしいと。
「それでどういった方でしょうか」
『ふむ。名前は前埼綾乃。年齢39歳。夫は既に事故で他界しており、一人息子を育てている女性だ。綾乃氏のご家族も既に他界しており、ご子息である息子を除けば既に親類はない状態と聞いている。親戚付き合いも元から薄かったためか、両親が亡くなってからは完全に縁が切れている。現在も夫が残した財産と複数のパートを掛け持ちしながら生活している状況だ』
アーデはその話を聞きながら手元のメモ帳に内容を書き留める。
『どうも現代医療では既に匙を投げられている状況のようでな、霊力による治療の希望を出している所をこちらで発見した次第だ』
「して、どちらが?」
『ご子息である雄馬君だ』
「……なるほど」
手に持っていたボールペンで手帳を叩く。アーデは考える。恐らくただの怪我ではないのだろう。こういった霊力での治療の値段は決して安くない。簡単な骨折、もしくは事故による怪我などであれば普通は入院等で対応するはずだ。
「どのような怪我を?」
『……保育園で行われている散歩中に、突如暴走して突っ込んできたトラックの荷台が横転。保育士や一緒に外へ歩いていた園児たちを襲ったらしい。幸いといっていいか不明だが、大きな怪我をしたのは雄馬君ただ1人。ただしその時、荷台に乗せていたガラスが割れ、雄馬君の両足をズタズタに切り裂いたという事だ。細かいガラス片がかなり大量に入り込んでしまったそうで、手術でも完全に取り除けなかったという。そのため現在も足を動かすことが出来ず、両足に走る激しい痛みに耐えているという事だ。損傷も激しく、元に戻る見込みもない。それゆえ現在は切断という提案がされている段階と聞く。どうかな?』
「一度直接みて見る必要はありますが、問題ないかと。とはいえ異物が混入している状況というのはあまり経験がありませんので、多少の痛みは我慢して頂く必要がでるでしょう」
アーデがそう言い切ると電話越しに京志郎が息を飲んだ。
『そうか。では彼女らにはこちらから連絡を入れておこう。先方と連絡が取れ次第すぐに連絡する故、今週は予定を空けておいてほしいのだが』
「ええ。問題ありません。治療費に関しては分割で構わないとお伝え頂けますか?」
『承知した。ところで礼土殿の方は問題なさそうかな』
「はい。今は慣れない面接をしてますよ」
『ん? 面接? 驚いたな。勇実心霊事務所で雇う霊能者かね』
「恐らくそうなると思います」
そういうとアーデはリビングで今も行われているであろう面接を、いや面接と呼べるような代物ではないが、先ほどやってきた押しかけ面接の様子を想像し少し笑みをこぼした。
「だから、別に人は募集してないっての」
俺はソファーに背中を預けながら目の前の2人にそう言い放った。
「あの時、何かあれば頼れっていったの礼土さんだろ!?」
「そうです。だというのに探してもどこにもいないなんて……軽い詐欺ですよ」
もう何度目かになるやり取りで俺は段々参って来ていた。目の前にいる少々懐かしい顔の2人。彼らの名前は櫓木唯斗と松良りこ。
少し前に俺のいた異世界へ拉致された日本人であり、色々あってとりあえず日本へ帰還させることに成功したのだ。その後は……いや、そういえば気になる事を言っているな。
「リコ。それはどういう意味だ?」
「え? それってなんですか」
「どこにもいないって部分だ。どこも何も一緒に向こうの世界に居ただろう。他の知り合いが言うのはまだ分かるが、お前さんが言うのはおかしくないか」
「はい? いやですから、地球へ戻ってきて真っ先に礼土さん探したんですよ。SNSで宣伝してるって言ってたからすぐ確認しましたけど、アカウントにDM送れないし……どうしようかって唯斗と話してたら、あの騒ぎですから」
あの騒ぎ? おいおい、まさか。
「人類に霊力が宿ったっていうあれか?」
「そうです。私たちも結構バタバタしちゃってたんですが、ようやく見つけて」
待て、どういう事だ。
「ちょっと待て、俺の認識だと、地球へ戻ってきたのは1ヶ月くらい前だぞ」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください」
「いやいや、俺達と1年近く違うじゃねぇか!」
確かに俺はこの2人とヤマトは先に帰らせたはずだ。それでそのあとあの爺の領域に行って少し話をしてから転移されたはず。って事はその間で1年近く経過してるって事になるぞ。おかしいだろ。
「くそ、流石に意味がわからんな。っていう事はお前さんたち霊力は?」
「持っています。ランクはⅡですけど」
「俺もあるぜ。ランクはⅢだ」
思ったより低いな。
「私の方は霊力を身につけた後、少ししてからすぐ使うのをやめたんです。なんか霊力を使うとすごい気持ちが悪くて……」
「気持ちが悪い? どういう事だ」
「なんていうか。身体の中に違う意識がある感じというか。これだったら魔法を霊力と偽った方がマシかなって思っちゃいまして」
「最初は我慢すりゃいいかと思ったんだけど、思ったより気持ち悪くてな。だから俺も霊能力と偽って魔法使ってる感じだ」
おい、待ってくれ。まさかそういう感じじゃないだろうな。
「よし、お前らを雇うとしよう」
「え、あ、ありがとうございます」
「おお? でもなんで急に」
不思議そうな2人に向かって俺は早速指示を出した。
「早速だが、2人ともすぐに病院に行って検査してこい」
「はぁ!? ちょっと待ってくれよ! まさかさっきの事か?」
「少し違う。病院での検査はこの事務所の――正確に言えば魔法が使えるやつは全員強制している。俺だって毎月行ってるんだ。何かあってからじゃ遅い。この話は以前にもしただろう?」
「そりゃ……そうだけど」
「いいか。まだ仮説段階だったんだが、どうも霊力と魔力の相性があまりよろしくない。その気持ち悪さも何かの兆候かもしれん。俺たちは霊力を持っていないからその辺分からなかったんだが、今の話を聞くに少し危険な気がするな」
となると、アーデの魔法の治療もどうなるか分からんな。こればっかりは試してみないと分からないのがネックか。
「あれ、礼土さん霊力ないんですか? この化け物みたいな霊力は?」
「それは俺のペットだな」
「――マジかよ。この人ナニを飼ってんだ?」
うるさいな。とりあえず病院行け、病院。




