恐慌禁死のかくれんぼ16
走る。
出来るだけ物影に隠れるようにして、さらに身体が小さくなるように屈みながら必死に走った。
後ろからは壁や床などを破壊しながら今にもこちらに迫ろうとしている巨大な猿の影が見える。一体なんなのだ。アレは一体なんの霊だ。
自身の楽園であったはずの病棟が今や自分を閉じ込める檻のように錯覚してしまう。それほどまでに今の自分に逃げ道はないと確信出来てしまう。倒壊し始めている4Fの階段まで進み、すぐに3階へ降りる。すぐ近くにいる死神から逃げるように近くの病室へ避難する。
この場所は自分の思う通りになる場所だ。念じればドアを閉める事も開く事も出来る。だが、絶対ではない。病室の扉を閉め、開かないよう厳重に固定する。そのまま近くのベッドの下へ隠れるように身を入れた。
まるで隠れるのを待っていたかのように扉が破壊される。
いくら自身の能力で扉を固定化してもそれ以上の力で叩かれれば破壊されるのは必然だ。本来であれば、自分から逃げようとする客に対して道を塞ぎ、追い詰めるための力。でも今はそれがなんの役にも立たない。
必死に自分の口を手で塞ぎ、息を止める。霊体であるため、呼吸なんて意味はない。だが生前の癖でどうしても緊張状態になると呼吸が荒くなってしまう。それを隠すために必死に手で抑えた。
ベッドの隙間から見える巨大な猿の手足がゆっくりと動き、病室の中へ入っていく。
気が付かれていない?
そう希望的な感想を持った時、唐突にあの猿は自分のいる反対側のベッドを破壊した。どうやったかは見えない。だが想像はつく。恐らく単純に拳を握りそのままハンマーを下ろすかのようにベッドを叩き潰したのだろう。
そしてそのすぐ隣のベッドへ行き、同じように破壊している。そして次、また次へ。
隠れている自分の居場所が分からず手当たり次第破壊しているように見える。一瞬だがそう思えた。だが、1つずつ破壊していく中ですぐに気が付いた。
この猿は初めから自分の隠れている場所に気付いているのだと。
そしてわざわざ恐怖を煽るためにあえてゆっくりと1つずつベッドを破壊して回っているのだと。
そう気が付いた時、身体が震えだした。この猿は遊んでいるのだ。獲物である自分が恐怖に震え隠れていることに悦を感じている。なんという邪悪さ。恐らくこの猿を使役しているあの男が命じているに違いない。
そう考えを巡らせている間に、もう無事なベッドは自分が隠れている場所を含め2つしか残っていない。そう今いる場所とすぐ隣のベッドだけだ。
すぐにここから逃げなくては。そう考えた瞬間、隣のベッドが破壊された。折れ曲がり、無残に破壊されたベッドとまるで重機で破壊されたような床。破片が転がり自分の元へ訪れると、その破壊がもうすぐ自分に降りかかるのだと考えると余計に身体が震え始める。
そうした時、思いもよらない事が起きた。
ポタっ。
伏せている床に液体が垂れている。まさかと思い、ゆっくりとソレを拭う。僅かに洩れる光からそれが赤い液体であると理解した。
ありえない、ありえない、ありえない!
自分は恐怖を与える側であって、決して恐怖を刻まれる側ではない!! そうだ。この世界の主は自分なのだと。
そう自分を奮い立たせようとした時、自分の周囲が僅かに明るくなったのを感じた。先ほどまであった影がなく、床に落ちた血が先ほどより鮮明にその色が見えている。
――まさか。
ゆっくりと顔を上げた。そこには――。
片手でベッドを摘まむようにして持ち上げ、こちらを見てニヤニヤ笑っている巨大な猿の姿だった。
『あ、ああああああああ!!!!』
完全に弄ばれている。先ほどまで自分を鼓舞していたのが嘘のように氷解した。両手をみっともなく振り上げ、必死に走った。どこへ逃げればいい。どこへ逃げれば、どうすれば助かるのか。それだけを考え、廊下を走り、角を曲がった所でその足は止まった。
「おや、こんなところに」
目の前にはあの男が立っていた。銀髪の外国人。こちらを何の感情も見せない表情でこちらを見ている。服装はボロボロだというのに、怪我をしている様子は一切見られない。
そして――その後ろにいる巨大な4つ目の狐がこちらを睨んでいる。一歩後ろに下がろうとしたところで後ろから獣の息遣いを感じ上を見た。
そこには先ほどの巨大な猿がニヤニヤしながらこちらを見下ろしている。
「まったく、探したよ。ほら、ここって色々邪魔されて霊の気配が分からないでしょ。だから面倒だけど虱潰しかなって思ってたんだ。おや――顔に傷があるね」
視線を上下左右動かし少しでも逃げる場所を探す。――あった。すぐ近くに病室がある。一度そこへ身を隠すのだ。そう考えすぐに駆けだした。念じればドアは簡単に開く。そうして開いた扉の向こうに、腕が4本ある人間を見つけた瞬間、視界が180度ぐるりと回転する。
「驚いたな。霊体でも血が流れるんだね。っていうか自分でもそれ喰らっちゃうんだ。あれかな。ここは恐怖を感じたら顔に傷がつくって法則だけど、本当にそこにいる存在は全員って事なのか。なるほど、まさか自分に返ってくるなんて思わなかっただろう」
後ろに進もうとすると前に進んでいる。いや首が逆を向いているんだ。
「でもここまでだ。君の生い立ちやここまでの人生には同情はするけど、一線を越えてしまったならそこまでかな。せめて安らかに逝ってくれ」
――勇実礼土 視点――
目の前で消えていく端野という男性の霊を見送る。すると建物全体がまるで幻のように揺らめき始めた。
「ここも消えるって事かな。はい、はい! 注目してください!」
そういって俺は手をパンパンと叩く。するとそれに反応したマサ、キィ、コンが姿勢を正した。
「とりあえずお疲れ様。反省会は後でやるとして撤収しようか。特にキィ! お前は暴れすぎ。もう少し加減ってやつをだな」
俺がそういうとキィは目を泳がせながら身体を小さくして行き、何やら愛想笑いを始めた。こやつは笑えば誤魔化せると思っているのだろうか。
「まあいいや。とりあえず全員戻れ」
そうして3匹を指輪に戻す。さて、このボロボロの服はどうするべきかな。そう思って周囲を見るとどうやら元のお化け屋敷の建物に戻ったようだ。
「建物の傷はやっぱりないか」
キィが散々暴れたはずだが、周りを見るとこれといった傷などが見当たらない。つまり先ほどまでの霊界領域は本当に別の空間だったという事だ。構築された建物なんかもあの霊が作ったものだと。
「俺のあれと似てるんだな」
俺は周囲を見て何か服の代わりになりそうなものを探したが、ボロボロの汚いカーテンとか、そういうのしか見当たらない。仕方ない、もうこのまま外に出るか。幸い致命的な個所は破損してないし大丈夫だろう。
そうして外に出ると意外な人物がいた。
「随分ボロボロのようですね。礼土」
「む、アーデ? なんでここに」
「呼ばれたからですよ。負傷者が出たと聞いて、あり得ないとは思いましたが万が一という事もあります。念のためと思いここへ来たのですが――ふふ、そこまでボロボロな恰好の礼土を見るのは初めてかもしれません」
酷い言いようである。
「一緒に入った霊能者の2人が顔面傷だらけなんだ。治してやってくれ」
「ええ。分かりました」
「礼土君!」
アーデの横から栞が走ってきて、そのまま身体をじろじろと見られた。
「怪我は? 大丈夫そう?」
「ああ。服だけ綺麗にボロボロにされちまったくらいだ」
「そうですか。よかった。あ、礼土君のお姉さん、早く中へ行って下さい! 当弥さんが霊視で見た感じだと随分ボロボロのようですよ」
何故だろうか。言葉に棘がある。あと篤とかいう君、そんなに睨まないでくれ。
「はいはい。じゃ行ってくるわ」
どこか困った様子のアーデは手を振りながらお化け屋敷の中へ救急隊、警察と一緒に入っていった。
「あれ、なんで警察も?」
「中にある仏さんを回収するためだよ」
「ああ、当弥さん」
当弥さんとその後ろに空さんも控えて立っていた。
「一応霊視で見た感じだと端野が殺した被害者の遺体がまだあるんだ。そのために警察もいるって感じだね。でもま、このレベルの霊界領域をスピード解決したのはおじさんもたまげたよ。あんまり長く霊界領域が続くと死体も腐っちゃうからさ」
「そういえば、この霊界領域って放っておくとどうなるんですか」
「ん、ああ。仮説だけど……この世界に根づいてしまう。って言われてるよ。実際海外で放置されている霊界領域はその状態になりつつあるらしい」
根づくってどういう意味だろう。別空間にあったアレがそのまま現実の場所に存在するようになるという事か。だったら向こうの世界の迷宮と一緒だな。
「だから国もやっきになって霊界領域を潰したいのさ。今回みたいなレベルの領域ならなおさらね。振込楽しみにしてていいと思うよ」
「それはどうも」
そういって当弥さんは手を振ってその場を後にした。空さんもお辞儀をして当弥さんと共に去っていく。
「礼土君! 連絡するから、ちゃんと電話でてよね」
「あ、ああ。そうだ利奈は? 元気か」
「一応スマホでやり取りはしてるから多分元気だとは思うんだけど、最後にあったのもう一ヶ月前だから……」
「そうか。連絡先を教えて貰う事は?」
「今はちょっと厳しいかも。私はもう現場に出てるから平気だけど、当主候補になってる利奈はまだその辺の連絡関係もちょっと監視があってね」
おいおい、そこまでやってるのか。随分徹底してるな。
「うちの鬼婆って本当に権力欲の塊みたいな人でね。政治の道具としか思ってなさそうなのよ」
「――栞」
俺はしゃがみ栞に目線を合わせた。
「やばくなったらすぐ言え。いいな。どんな状況でも助けにいくから」
「――うん。本当にやばそうになったら連絡するね。礼土君なら本当に助けてくれるって私信じてるし」
これなら万が一やばくなったらすぐ連絡がくるはずだ。大丈夫だと思いたいが、もし本当に現在の神城を仕切っている人が政治的な部分しか見ていないのだとすれば碌な事にならない。その場合は仕方ないと色々割り切ってすぐに助けにいこう。
「おい、栞! もう行くぞ!」
「うん、わかった。じゃあね、礼土君」
「ああ」
そうして俺の日本へ戻ってからの初仕事は幕を閉じた。
「あ、服どうしよ……」
こちらでこのエピソードは終了です。
仕事がかなり立て込んでおり、更新が遅く申し訳ございません。
次回は短い話を挟んで新しいエピソードに入る予定です。
よろしくお願いいたします。




