恐慌禁死のかくれんぼ15
更新が遅くなってしまい申し訳ないです
恐怖には鮮度があるといったのは何のキャラクターだっただろうか。人は慣れる生き物だ。どれほどの窮地であろうとも、どれほど恐怖を感じる場所であろうともいずれは慣れていく。だからこそ常に鮮度の高い恐怖を与えるというのは存外難しい。
端野弘之が作り上げたこの霊界領域は彼の存在をそのまま形として作り上げた空間である。自身の顔へのコンプレックス。そしてそれを利用して他人を驚かせていた時の愉悦感。それらが入り混じった複雑な感情を形に仕上げたのだ。
父親を殺した時に端野という男の人生は既に幕を引く直前であった。すべてがどうでもよくなり、唯一の居場所であったあの場所で死のうと決めたのだ。父親を殺した包丁を隠し持ち、返り血を浴びた顔はそのままに、服だけ着替え移動を始める。
そしていざ自分の墓標となる愛すべきお化け屋敷へ行こうと考えた。
どうせ死ぬのならせめて最後に仲間を増やしたい。
容姿が整ったバイトの仲間たち、うわべだけ取り繕った愛すべき同僚。なら自分と同じ傷だらけの顔に、向こうが自分と同じになればいい。
そう考えたら笑いが止まらなくなった。そう、自分が合わせる必要はない。仲間の配置は当然把握している。だから大きな騒ぎにならないギリギリのラインを考え1人ずつ襲った。
ただ1つその時点での端野のミスは殺害してしまった事だ。
父親と違い、その時端野に明確な殺意はなく、ただ顔を切り刻みたいだけだった。だが当然ではあるが、相手も大人しくその凶刃を受けるはずがない。
だからどうしても暴れる同僚を大人しくするために、顔以外の箇所も刺さざる得なかった。腹部を刺せば動きは遅くなる。後は簡単な作業だ。恐怖と痛みで苦しむ同僚に対し、顔を切り裂いていく。
そうして1人、また1人と自分と同じにして彼らを殺してしまっていた。
そして次の獲物を探す端野にとって予想外の事が発生した。
それは、殺害した同僚の霊が自分に憑りつこうとしていた事だ。
父親の時は霊体となった父親をすぐに使役している霊で祓った。だが今回はその人数が多く、弱い端野の霊では彼らをすべて祓えなかった。そして苦悶しながら最後にその包丁で自分の喉を切り裂いた。
そうして成った。
自分の死と、自らを呪い恨む魂を吸収し、生まれながらの悪霊として新たな誕生を果たした。
既に自分の明確な意識はなく、ただ恐怖を刻み、自分と同じにする。それだけの存在として霊体から溢れる力を存分に使い、自らの妄執を実現しようとした。
だが、その思いはすぐに崩れ去った。
最初は順調であった。新しく入場したお客様を存分に怖がらせ、仲間へと加えていく。滑り出しは順調だった。だが次に来た客は、悪霊となり自意識を失ったはずの端野が初めて感じた異物であった。
妙なモノが自分の中へ入った。言葉に出来ない違和感をすぐ埋めるように配置していたキャストたちを向かわせる。だがおかしい。彼からは何も感じない。どれだけのキャストを向かわせようと彼の心音が高くなることが一度もない。
――ありえない。
百歩譲って、恐怖を感じないのは理解できる。だが、入場してから今に至るまで常に一定の心音でしかないなんて考えられない。
まるでいつも歩く道を散歩しているような静けさ。何もなかったかのように行動している彼を集中的に狙う事に決めた。
彼が3つ目のアイテムを取りに4Fへ上がった時、もう嘗て端野であった悪霊は荒れ狂っていた。まるで自分が作り上げたお化け屋敷なんて怖くもなんともないのだと、そう言われているかのように見えており、それが端野の怒りへと繋がっていた。
その時点で端野は無意識に、本来のお化け屋敷に有るまじきことに、隠れて入場者を驚かせるキャストが正面から怖がらせに行くという暴挙に出ていた。少しでも怖がらせようと、必死になるあまりに出たその行動は自身を苦しめる事となる。
『なんだアレは……』
客である彼が4Fへ解き放った1匹の大きな猿。それが彼と別れた後、徐々に巨大化した。その巨体で床や壁、天井が破壊される程にだ。そして狂ったように暴れるあの猿のあまりにも暴力的な霊力は怒りに狂っていたはずの端野に全く違う感情をもたらした。
『なんなんだ……』
既にこの階ギリギリの大きさとなった猿は暴れながらとある場所を一直線に目指す。それは紛れもなく、この空間の中心であり、端野がいる場所。
3つのアイテムがなければ開く事が出来ない場所だ。
自身で作り出した空間ではあるが、すべてが端野の望んだ通りにはならない。例えばこの霊界領域内の法則だ。恐怖を感じただけで顔に傷を負うという事象を発生させる。強力な悪霊として生まれた端野であっても、それだけの法則を作るためには当然幾つかの制約が存在する。
1つめは元のお化け屋敷のルールを再現しなければならない事。
2つめは入場されてから最初の30分はキャストを使って襲わせる事以外出来ない事。
3つめは30分経過したら脱出を可能にしなければならない事。
4つめは入場した客が3回怖がらないと殺せない事。
5つめはすべてのアイテムを30分内に発見され、使用された場合、その時点で端野は攻略者を襲う事が出来なくなる事。
これらのルールによって端野は、このお化け屋敷のストーリーにも登場する少女が隠れている場所から動けない。本来であれば3つのアイテムが揃った時点で初めてマップにこの場所が表示されるのだが、どういう訳かあの巨大な猿は居場所を知っていたかのように一直線に向かってくる。
轟音と共に建物が揺れる。
天井の照明が明滅し、埃などが落ちてくる。すぐそばで起きた衝撃音。端野も理解していた。すぐそこにあの猿がいるのだと。失っているはずの心臓が鼓動する錯覚を覚え、ゆっくりと未だ轟音と共に揺れる扉を見る。
あの扉の向こうであの猿が剛腕を放っている。
既に想像していない事態。だがそれでも心の余裕を保てていた。なぜなら鍵を使われなければあそこは開かないのだから。例の男は3つ目のアイテムを入手したようだが、それでも制限時間内にこの場所へ到着するのは不可能だ。もう既に制限時間は30秒を切っており、間もなく30分が経過する。その時点であのアイテムで開く事は出来なくなる。
そう安堵しようとした時だ。
今までで一番大きな音が鳴ったと思った瞬間、扉が吹き飛んだ。
『――あり得ない。もう30分経過して……』
そう30分経過している。だからこそ、端野は外へ出れるようになったのだ。つまり言い返せば外へ繋がる道が出来ているという事。
自身を縛っていたはずの法則によって身を守っていた端野が、その暴力の権化の前にその身を曝け出してしまっていた。逃げる事はできない。では戦うのか。
自身があの猿と向かい合って戦う。そんな姿を想像し即座に否定した。
『勝てるはずがない。――――直ぐにかくれなくちゃ……』




