閑話 ネム・ワーク
「なんだこれは……」
汗が額から流れ落ちる。額に玉のように出た汗が次第に流れ、眉間をつたい、鼻先に溜まった汗がそのままテーブルに落ちる。目の前にあるのはスマホ画面。そこに映るものにアタシは震えている。
「なんだと聞いてる」
「えっと――その――これは……」
普段お気楽そうに笑っている礼土。だけど今はどうか。まるで戦う敵を睨め付けるかのような鋭い視線を向けている。
「部屋で大人しくしているかと思えば、どうすればこんな金額が使えるって聞いているんだ」
「ち、違うの。どうしても完凸しないと火力が……」
「トンカツだが完凸だが知らないが、どうやったら一ヶ月のゲームでこんなに金を使うんだ?」
そういって指を指されたスマホ画面。そこには今月の請求額として98500円と書かれている。
「だってあのガチャおかしいよ。絶対確率操作されてると思うんだ。そうだよ! 訴えるならあの会社をッ!」
「この馬鹿チンが!」
「アイタッ!?」
絶対拳骨が飛んでくる。そう確信していたからこそいつでも避けられるように臨戦態勢を整えていたにも関わらず、いつの間にか額が痛い。
「ちょ、デコピンの痛さじゃないんだけど!?」
「あったりまえだ。ネムの防御を貫こうと思ったらそこそこ強い力じゃないとだめだろう」
「むーー!! ねぇ一緒に遊ぼうよ! そうすれば思わずガチャってしまう気持ちも絶対分かるって! 礼土の好きなアニメ調なんだよ?」
色々調べたけど我が家にはお金がそこそこある。だったらこのくらいの金額は使ってもいいじゃないか。これはあれだ。ソシャゲをやったことがないから無駄だと決めつけているんだ。
「……理解していないようだな。金の重みというやつを」
すっと礼土がタブレットを差し出した。
「ん。なにこれ?」
「教科書だよ、ネム。これを読んで学びなさい」
タブレットには何か鼻が角ばった男の人の目がこちらを見ている。どうやら漫画らしい。タイトルは――。
「賭博借金録エイジ?」
「そう。まずはそれを読むのだ。そして理解しろ。金の重み、その大切さをな」
それだけいうと礼土は自室へ戻っていった。額に鈍痛がまだするけどとりあえず、デイリーを消化しながら読んでみよう。
「礼土!!!!」
リビングの扉を思いっきり開く。そこには紅茶を飲んで寛いでいるアーデとテレビでアニメ放送を見ているケスカの姿しかない。
「あれ、礼土は?」
「寝てますよ。どうしたんです、そんな青い顔をして」
「こ、こ、このままじゃ……アタシ……地下労働へ連れて行かれる!」
「――はい?」
「どうしよう。いやだよ、むさくるしい人たちと一緒にビールと焼き鳥を食べながらサイコロ振るんだ。たすけてぇ」
「落ち着きなさい。流石に意味が分からないわ」
どうすればいい? ガチャ代をどうやって返せばいいの? 期間3週間。それまでにこの問題を解決しないと、次のガチャピックアップでキャラが引けない。
「アーデ! お金貸して! お願い!」
「私もまだ本格的に仕事を始めていないのでありませんよ。基本的に礼土のお金しか我が家にはないのです」
「そんな……」
絶望だ。世界が暗く混沌へと落ちていく。どこへ行っても金、金、金。エイジだってせっかくパチンコで当てたのに騙されて盗られていた。なんて恐ろしい世の中なんだろう。アタシはただ、メインストーリーで登場したあのキャラを次のガチャで完凸させたいだけなのに。酷いよ。
「落ち着いて下さい。礼土の意図はある程度わかります。恐らくネムにお金の大切さを学んでほしかったのでしょう」
「じゃあ、変なサイコロ振らなくてもいいの?」
「その変なサイコロっていうのがわかりませんが、きっと教訓にしてほしかったという事だと思います」
「……そっか」
ならノーカンとか叫ばなくてもいいのかもしれない。そう思うと少しほっとする。
「あれ、でもなんでアタシだけなの?」
「何がですか」
「お金のことよ。だって礼土やアーデだってお金沢山使ったんでしょ? なんでアタシだけ怒られるの」
「ああ。それは用途の違いです。私たちが買ったのは仕事のため。公的場に出るための服装として用意しました。それについては礼土も納得しています。でもネムの場合は、詳しくは分かりませんが娯楽のためでしょう? 娯楽の是非を否定するつもりはありませんが、話を聞くにどうもギャンブル要素が強いように感じています」
「うッ!」
ギャンブル、サイコロ、パチンコ、くっ頭が――。
「別に私たちと同じように霊能者になって何かをする必要ありません。自分なりにお金を稼ぐ方法を見つけてみてはいかがでしょうか? 自分で稼いだお金を好きに使う分にはなにも言わないと思いますよ。生活費は私たちが稼ぎますので」
「自分のためのお金か。なるほど――考えてみる!」
ゲーミングチェアのリクライニングを全開にして寝そべりながら考える。お金を稼ぐ方法って何があるだろうか。前の世界ならお金はあまり必要じゃなかった。魔人のみんなで自給自足の生活だったし、適当に島にいる魔物を殺してその肉を食べればよかったからだ。でもここの生活にはお金がいる。それに礼土の足を引っ張るのもいやだ。
「そうだ、みんなに聞いてみよ!」
アタシはリクライニングを戻しマウスとキーボードに触れる。マウスを操作し、別モニターに表示しているディスコードをメインモニターへ移動させ最大化させた。
ネム:ねぇ! 質問してもいい? ゲームしながらお金稼ぐ方法とかないかな?
沼お:どうしたん、急にw。
あき:それなら配信者とかじゃないかな。
GG:配信者になんの?w 友達に宣伝するわ。
ネム:配信者かー。確かYooTubeとかだよね。でも顔出すのはなぁ。
あき:ネムちゃん、声可愛いしVやれば?
沼お:それはありかも。何なら私がママやろうか? 絵描けるし。
GG:ちょまって。沼おさんママって中身女性なん?
沼お:さて、どうかなぁ。
ネム:VってVtuberだっけ?
沼お:そそ。興味あったら教えてね。
Vtuberか。何度か配信見た事あるけど、なんかゲームしてるだけな気がする。確かにそれならアタシでも出来るかな。
GG:ネムってFPSとかも上手いし、案外伸びるかもよ。
あき:力入り過ぎてマウス壊したのは笑ったけどねw
ネム:それは忘れて……。でもそっか、家の人に聞いてみる!
沼お:ちょっ家族に聞いちゃうの!?
あき:判断が早すぎて草。
アタシはリビングの扉を開いた。
「アーデ!!」
目的の人物は先ほど変わらない姿勢で紅茶を飲んでいる。
「あら、今度はどうしたの?」
首を傾げてきょとんとした顔でこちらを見ている。それにアタシは満面の笑みで言った。
「アタシ配信者になるわ!」
「……は、背信者ですって?」
次から新しいエピソードの予定です。
このネムの話は各章の間に小分けで挟もうかなと思っております。




