第20灯
Y県 F市内 2016年10月25日 午後1時半~
「要さん―――どうして。彼は火事で亡くなったはずじゃ…」
烏丸、いや、颯馬が「要」と呼ぶ男は表情一つ変えずに立っている。
「いやぁ、まんまとあなたに騙されてしまった。お見事でしたよ。替え玉作戦」
替え玉。どういうことだ。
「火災現場で、命からがら逃げおおせた従順な執事。それが、あなたの化けの皮だったわけだ。スーツ姿で倒れていて、顔にやけどを負った上に意識不明ときた。そりゃ、誰だってあなたを執事の烏丸さんだと思いますよね」
つまり、颯馬が言いたいのは烏丸と要がどこかで入れ替わっていたということなんだろう。
「はぁ、何を言い出すかと思えばそんなことでしたか。私は烏丸です。明さん、奥様にお仕えしていた者です」
「だったら、どうして病院を抜け出したんですか」
たまらず、俺が聞く。
「それはもう、お嬢様や皆さんが心配で。ああ、私は少し混乱してしまっていたのかもしれないです。あれから何日経っているのかも定かでないのですから」
「では、質問を変えましょう。探し物は見つかりましたか?」
「はて、何のことでしょう?」
病院着の男は何も知らないといった表情をしている。
「じゃあ、こう聞いた方がいいですかね」
颯馬が一瞬の間を置く。
「台くんは見つかりましたか?」
男の顔が見る見るうちに歪む。
「どうして…どうしてその名前をお前が…」
「彼なら警察が無事保護をしていますよ。あなたは「ここで、男の子の目撃情報があったっていう」病院に詰めていた刑事の話を聞いてきたんですよね」
「お前、わざとその情報を俺に聞こえるように…」
図書館につく前に颯馬が何やら電話で指示をしていたのはそういうことだったのか。
「試すような真似をしてすんません。でも、やっぱり名前を知っていましたね。烏丸さんだったら知らないふりをすると思うんですけどね」
「うるさい!どうして貴様がその名前を知っているのか聞いているんだ」
「教えてもらったんですよ、粟屋社長にね。明さんのこと、俺の推理、その辺りを聞いてもらったら、渋々だけど話してくれましたよ」
憎悪だ。男の顔に浮かんでいるのは間違いなく憎悪だ。しかも、殺意すら感じさせるほどのまがまがしい憎悪だ。
「あの野郎…」
■
「あーあ。やっぱり要さんだったか。怪しいと思ってたんだよね」
背後から幼い声がする。振り向くとそこには、少年がいた。
「おっと、名探偵のご帰還だ。もう体は大丈夫なのかい」
颯馬が間が抜けたように話しかける。
「もう大丈夫です。って、これ、俺が受けた依頼なんですけど。勝手に解決しないでもらってもいいですか?」
「あぁ、ごめんね。いやぁ、君の伝言のおかげで俺たちもここまでこれたよ」
あっけにとられている要をよそに今度は留木少年が話だす。
「ああ、ええっと、要さん。とりあえず、一回騙されちゃったから、まずはさすがです。でも、それに安心して俺を殺さなかったのは大きなミスだったね。あとで気が付いたんだ。あの玄関にあった死体、靴を履いてなかったって。それで、要さんが烏丸さんと入れ替わっていたんじゃないかって思ったんだ。あの火事の中ではズボンを履き替えさせるだけで限界だったんですよね」
要は大きなため息をつく。
「君に目覚められる前に姿を消す予定だったんだけどねぇ。やっぱり、うまくはいかないもんだな」
「ってことは、一連の犯行を認めるんですね」
「まぁ、全部が全部俺がやったわけではないんだけどさ。名探偵さんはどこまでわかっているんだい?」
要は降参だとばかりに手を挙げて地面に座り込む。
「まずは、最初の殺人で亡くなったてまりさん。ってか、あの時てまりさんは死んでなかったんですよね。権田先生もグルだったんだ。さしずめ、てまりさんに協力を依頼されていたんじゃないかな。「集いを面白くするために一芝居打ってほしい」って感じで。権田先生、人がいいから快諾してくれたんでしょう。それで、てまりさんは晴れて透明人間になれたんだ。そして、明さんを殺害したのも彼女だろうな。皆さんが明さんを運んでいる間に舞台上の立ち位置を示す目印に小さい毒針が仕込まれてたのを見つけましたよ。明さんはそれを踏んでしまった。仕込めたのは俺たちと常に別行動をしていたてまりさんだけだ」
「おうおう、饒舌だねぇ、名探偵。君の話だと犯人は俺じゃなくて穂積てまりだ。証拠もないって事は、俺は火災で煙にのまれて気が動転した上に記憶が混濁してしまった。とでも証言しようかね。立件は不可能じゃないかな」
要が言っていることは無茶苦茶なように聞こえるが、筋は通っていた。確かに、今の話だけでは彼が犯人であることを示すことはできない。決定的な証拠がない。
「要さん、あんたは最後に、権田先生を殺害した後のてまりさんと落ち合って、二人で逃げようと約束していたんですよね。でも、それを最後の最後で裏切った。だからてまりさんは最初に見た姿、つまり胸にナイフを刺された状態で発見されたんだ。あんたが、てまりさんを刺したわけだ」
「はいはい、空想話はそこまででいいかな?俺たちは確かにてまりがちゃんが死んでいることを2度も一緒に確認したじゃねぇか」
「あぁ、2回目は…そう、俺たちてまりさんの顔を確認していなかったですよね。シーツに人型の膨らみがあったことしか確認していない。あの下には、明さんがいたんだ。亡くなったばかりの。てまりさんの遺体が安置されている部屋と明さんの部屋は一部屋を隔てただけ。男一人でも運び出すことは容易だ。事実、明さんの遺体はてまりさんの部屋から見つかっています」
「だから、それだけじゃ証拠にならねぇって―――――」
「証拠ならあるさ、ほら」
そう言って、少年は自身のスマホを取り出すと音声を流しだす。
◇
おい、手筈と違うじゃないか。
知らないわよ。急に煙が出てきて。あたしは何にもしていないんだから。
権田のじいさんは?
死んだわ。最期まで信じられないって顔をしていたわ。
ま、じいさんには悪いが仕方ないな。
これで、姉さんもきっと浮かばれるわ。
そうだな。じゃあ、お前もむすびのところに行くんだ。
え、う・・・どうして・・・。
バタッ(何かが倒れる音)
◇
「これ、要さんとてまりさんの声でしょ。ま、言い逃れようっても声紋鑑定したらすぐにわかると思うけどさ」
「お前がどうして…」
「俺じゃないんだなぁ。実はさ――――うっ、腹痛てぇ、んもう、こんな時にまで」
探偵がうずくまったと思うと、またふらふらと立ち上がる。
「痛ってぇなぁ、もう。こっからが大事なのによ。白煙をまき散らしたのは俺たちなんだよ。隠れている9人目をあぶりだす作戦だったのによ、結局、あんたに乗っ取られた形になっちゃった。けど、そのおかげであんたが動転しててまりさんと話しているのをうちの優秀な助手が録音しておいてくれたんだよ」
「な、あの助手は死んだはずじゃ」
要の表情がこれまでになく驚愕のものへと変わる。やけどを負ったその顔はもはや化け物じみていた。
「あーあー、勝手に殺さないでほしいですね」
次々と登場人物が増えてしまい、俺や颯馬は今やもう完全な脇役じゃないか。月見ヶ丘を上ってきたのは、名探偵と常に行動を共にしていることで名の知れている助手の榎本灯哉だった。颯馬が歓迎と言った様子で両手を広げる。
「おやおや、榎本くんまで。これで全員集合だね」




