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第15灯

都内 S区 2016年10月24日 午後6時~


「えっと、ここって」

「明さんが都内で仕事をしていた時に住んでいたところ」

C区から車でしばらく行ったところにある、いわゆる閑静な住宅街と呼ばれるであろう地区。そこに当時、多賀城明が住んでいた借家がひっそりと建っていた。

「なんでまた。今回の事件とは関係あるかねぇ」

「わかんない。でも、リストにあった小説家の権田は明さんが初主演にして一気に知名度を高めた『灰色の』シリーズの原作者。要は当時のマネージャー、なんだか事件の根本は過去にある気がするんだよね。兄さんは車に乗っててもいいよ。俺、当時のこと知ってる人がいないか聞き込みしてくるからさ」

「いいよ、弟の勘を信じようじゃないか」

珍しく協力的な颯馬に一抹の気味の悪さを感じながら、車のドアを閉める。

「ああ、明さんねぇ。覚えてるよ」

警察であることを伝えた途端、堰を切ったように話出したこのご婦人は旧多賀城家のはす向かいに住まいを構える水嶋家のお姑さんである。

「そうねぇ。当時は報道陣が連日押しかけていて、賑やかでしたよ。週刊誌の記者も遠慮がないしね。私も何度もインタビューされたものよ。いつどんな人が家の中に入っていったか、出ていったかとか。情報をお金で買いますよなんて人もたくさんいたんだけどね。私は言ってやったんですよ『わたくし、お金には困っていなんですって』ね」

水嶋夫人はこちらが相槌を打てばそれだけ話す。もう、条件反射のごとくだ。

「ええと、当時、そうですね、明さんが有名になってからで、何か揉め事や後ろ暗い話を聞いたりとかはしませんでしたか」

「そうねぇ。ああ、そうだ!あれは、明ちゃんが初めて出たドラマの3作目が終わったころかしら。ちょっとした事件があったのよ」

どうやら、俺の勘は冴えていたらしい。

「3作目というとたしか―――」

「灰色の手袋、業火に魅せられて」

「え」

颯馬がつぶやいていた。

「だから、多賀城明が出演した『灰色の』シリーズの三作目だよ」

「そうそう!その時だわ」

水嶋夫人が思い出したようにまた話し出す。

「そのドラマが終わるか終わらない時よ。原作を書いた先生、ああ、誰だっけね。その人が『あれは小説を馬鹿にしている』なんて発言したしないとかで騒ぎになったりしてたのよ。それで、そこのね、路地のところ。見えるでしょ。あそこで、明ちゃんが襲われそうになった事件があってね。きっと待ち伏せしていた小説のフワン(ファン)の人が犯人だろうって言われたんだけど、結局捕まらなくてね。でもねそれからよ。明ちゃんちに変な張り紙が張られるようになったのは」

「張り紙と言いますと…?」

夫人はより目を輝かせて、でも、声のトーンは落として話し出す。

「それはもう、気味が悪くてね。真っ赤な文字。そう、血で書かれたような文字だったわ。『凡人』とか『有名気取りの女優は消えろ』とか…でも、一番ひどかったのはあれね」


都内 S区 車内 2016年10月24日 午後8時~



「『殺人犯がテレビに出るんじゃない』か。その直後だったんだね、明さんが芸能界を引退したのは。権田先生があんな過激な発言をしていたとは驚きだ」

「んまぁ、ドラマと原作はだいぶ改変があったからね。熱心な原作ファンからしたら納得いかないこともたくさんあったみたいだぜ。ま、先生が本当に言ったかは闇の中だけどな」

原作の実写化にはつきものなんだよな、この手の話題は。

車はもうY県との県境まで来ていた。外はもう暗い。

「まぁ、そんな脅迫めいた張り紙を張られた辞めたくもなるわな。その時はもう、妊娠していただろうし」

そう、当時の彼女が守るべきは自分だけではなくお腹の子もいたのだ。自分の志した道を捨ててでも守りたいものだったのだろう。

「それにしても、よくあのドラマの三作目のタイトルなんて知ってたね」

「ああ、あれね。だって、母さんが見てたからさ。晴吾はまだ小さかったし、覚えてないか。すげぇ気味悪くて覚えてたんだよ。火事で亡くなった一家の生き残りが無差別天誅のごとく関係者を謀殺していくんだ。殺され方がみんな惨くてさ。だから、あのドラマ見て『ああ、悪いことはしちゃいけないんだなぁ』って子供ながら感じてたんだ」

「なるほどね。でも、そっちも火事か。ここまでくると、関連がない様には思えないんだけど」

そうだな。と言ったきり、颯馬は腕を組んで目をつぶると静かになった。これは寝ているわけじゃない。俺にはわかるんだ。彼は今、頭の中で事件を再構築している。俺には到底真似できないようなスピードと角度で。これこそ彼を警部足らしめている理由だ。

俺は颯馬を邪魔しないように安全運転を心がけてY県警を目指す。

県警に戻って署長に報告をする間も、颯馬は車から降りてこなかった。

捜査本部に新しい情報は入ってきておらず、執事の烏丸、小説家の権田の周辺を洗っていた所轄も別段これといった成果を上げることはできてなかった。また、意識不明のまま入院している身元不明の男性は峠を越えたもののいつ目覚めるか分からないとのことだった。そして、あの少年探偵もいつ目覚めるか分からない状況は同じということだ。

そんななか、唯一手に入れることができた情報と言えば出火元が特定されたということだった。一番、延焼が激しかったのが館の食堂に当たる大広間の奥。そこが火の元とみてほぼ間違いないだろうとの報告だ。

「おまたせ」

颯馬はすっきりした表情だった。

「いや、署長はなんだって」

「今日は帰って休めって。明日9時に捜査本部で会議」

「おっけい。それじゃ、我が家に帰ろうぜ」

「それで、事件のことは―――いや、何でもないや」

颯馬にそれを聞くのは野暮ってもんだ。きっと、明日にはこの事件は解決する。ま、これも、俺の勘だ。


Y県 月光館 2016年10月23日 午後8時~


雨雲のせいで見えない月明りの代わりにスポットライトが灯されている以外は、真っ暗な劇場。それぞれ、思い思いの場所に席を取り開演を待つ。


そしていよいよ幕が開く。最初に現れたのは烏丸だった。

「皆様、大変お待たせをいたしました。それではこれより、奥様による一人芝居を開演いたします。演題は『密告』でございます。それでは、ごゆるりとご鑑賞くださいませ」

舞台袖からゆったりとした普段着を着た明が素足で登場する。長い髪をアップでまとめており、先ほどまでの華やかな印象とは真逆で質素さすら感じる。そして、第一声が上がる。



○警察署・取り調べ室


明、イスに深く座り両手で顔面を覆う。


明「わかりました、すべてをお話ししましょう。私が彼を殺すことになったそのすべてを」


 明、椅子から立ち上がり部屋の中を左右にゆっくりと歩く。


明「私は、それはもう幸せでした。満ち足りていた。あの狭いアパートで二人、暮らせていた。それだけで、もうそれ以上、何も求めるものはありませんでした」


 明、部屋の中央で止まる。


明「でも、彼はそうではありませんでした。質素を嫌い、豊かさを求めていきました。一週間の内、夜になっても帰ってこない日ができ始めたと思うと、徐々に家にいる時間の方が減っていきました。そうです。よそに支援者がいたんです」


 明、すとんと椅子に腰かける。力の抜けた表情。


明「ええ、捨てられたんです。都合のいい時だけ帰ってきては、僅かな蓄えをむしり取っていくだけ。でも、それでも、よかったんです。そうです。愛していましたから」

沈黙。そして、明がゆっくり顔を上げると嘲るような表情に変わっている。


明「じゃあ、どうして殺したのかって? 刑事さん、そう答えを急がないでくださいよ。時間はたっぷりあるんでしょう? そうね、そこをお話しする前にお水を一杯下さる?」


 明、刑事からコップを受け取り一気にそれを煽る仕草をする。


明「はぁ、ありがとう。少し落ち着きましたわ。じゃあ、改めて彼を殺さなくてはいけなくなったその理由を――――」



そこで明の動きが止まった。

操り手を失った人形のように膝から崩れ落ちると、おおよそ人間が出せるのかわからないような叫び声をあげ始める。もはやイタコが憑りつかれたような様子だ。

怪演とはまさにこのことだろう。

「ヴヴヴヴヴヴぁぁぁぁぁぁぁ」

真っ白な腕がまっすぐに天井に伸びる。そして、残る力を振り絞るようにして立ち上がった彼女は舞台をふらつく足で降りて客席へ向かう。


「お前か?」

目の前に座っていた俺に対して親の仇でも見るような血走った目を向けて、今度は空をつかむようにして演技を続ける。

「お前か?」

「お前か?」

そこまで言ったところで、ばたりと倒れた。それはまさに、怪演だった。


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