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第12灯

Y県 月光館 2016年10月23日 午前15時~


「さすがは名探偵。早速その推理を聞かせてもらえるのかな」

権田が少し楽しみな様子で満希にきく。

「あ、うん。怪盗は大富豪だったんだ。いわゆる、裏の顔ってやつ。夜な夜な怪盗業で暗躍しては不要そうなものを盗んで、表向きの流通業をしながら裏に流していたんだ。どんなものにだって買い手がつくのはいつの時代だって同じだろう?」

「なるほど・・・興味深い。では、どうして大富豪は自分自身に予告状を出すなんて意味のないことをしたのかね」

権田がもっともらしい質問を投げかける。

「あの予告状を出したのはおそらく息子たちで、彼らは父親の汚い面を知っていて、告発しようとしたんだ。でも、尻尾を見せないから自分たちで予告状を出した。そうして、あまりにも予告状に対して余裕な様子を見せたから、確信をもって町奉行に通報したんだろうな」

「筋は通っているんだけど、決め手がないような気もすんだよぁ。明さんはどうよ?」

要が唸りながら明に尋ねる。

「そうですねぇ。満希くんの説はストーリーとしては完成されているんだけど、決め手になる証拠がないですね。そういえば、時代は関係あるんでしょうか。幕末ってかなり限定されている気もするんですが…」

「たしかに。怪盗の話だけなら、時代を限定する必要はそこまでありませんからなぁ。私も小説を書く時なんかは時代設定がそのままトリックに直結するようなこともありますからねぇ」

ここまできて、結局堂々巡りの推理会となっていた。一応、俺の命が懸かってるんだけどなぁ。

「あのー、ちょっといいですか」

「どうしました、灯哉くん?」

明が俺の小さな挙手に気づいてくれる。

「この話のそもそもの部分なんですけど、怪盗ってそもそもいたんですかね」

「えっ」

「いやぁ、文章の上で証拠を残さず怪盗業を行うって書くのは簡単なんですけど、実際はすごく難しいはずじゃないですか。だから、思ったんです。怪盗はそもそもいないんじゃないかって」

「面白い推理をするね。これはパラダイムシフトだ。つまり、君の推理の結論はどうなるんだい」

権田が目を丸くして俺を見ている。

「俺の結論は―――」

「灯哉、残念。それは違ってるわ」

おい!ここからが、俺の見せ場じゃないか。満希がさすがのタイミングで割り込んでくる。

「どういうことだよ」

「お前の推理には穴がある。ひとつは物語の根本を崩しすぎ。怪盗がいたという設定で推理しないと、怪盗を出現させた意味がないだろ。それに、大富豪が『不要なものなどない』といったくせに息子たちに家の守りを固めさせたのはなんでだ?」

おいおい満希、くってかかりすぎ。

「ううん、盗まれそうなものに察しがついていたから…」

「そう。そのとおり。大富豪にだって不要なものはあったわけだ」

「そうなると、やっぱりこの探偵坊ちゃんの話が一番有力なのかねぇ。なんだか丸め込まれたような気もしねぇわけではないんだけどな。じゃあ、坊ちゃんの考える『大富豪の不要なもの』ってなんだったんだ?」

要がどことなく悔しさを滲ませている。

「息子たちだよ。大富豪は家の前に子供たちを置いて、怪盗に盗ませようとしたんだ」

「ひどい父親ね。子供が不用品だなんて」

明が吐き捨てるように言う。

「まぁ、一代で富を築いたんだ。富を誰にも渡したくなかったんじゃないかな」

後味が悪い幕切れだった。ここで、今まで気配を消していた烏丸が声を出す。

「さて、皆さまそろそろ推理時間も刻限となってまいりましたが、結審へと移らせていただいてもよろしいでしょうか」

一同が頷く。

「それでは、ただいま最後に出てきました留木様の推理に賛成の方、挙手をお願いいたします」

全員の手が挙がる。満場一致だ。

「では、留木様の推理と答えを合わせさせて頂きます」

そう言って胸ポケットから答えが入れられている封筒を取り出すと丁寧に開封していく。

「それでは、今回の答えを読み上げます。怪盗の正体は不用品を盗まれたそれぞれの家の者たち。明治維新、文明開化を直前に控えた江戸の町では『西洋らしさ』が求められていました。町の者たちはそのため、今までの不用品を夜な夜な廃棄しては怪盗のせいだと囃し立てた。理由は現代に匹敵するほどゴミ処理には厳しかったため。そんな中、大富豪は怪盗の存在を信じていた。そして、不要に感じていた息子たちを盗んでもらおうとした。怪盗の存在を知っていた息子たちからの申告によって、町奉行が動いた。ということです」

ここまで、よどみなく読み切る烏丸。

「って、ことは、推理間違ってたってこと」

灯の声が震えている。

「はい、恐れながら。よって、榎本様はゲーム上では死亡。これから先の推理会への参加権を失います」

「おいおい、探偵さん大間違いじゃねぇかよ。助手の彼が死んじまったらどうするんだよ」

俺を目の前にしてよくもそんな縁起でもないことが言えたもんだ。

「そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ。うちの助手はちゃんと俺が守るんでご安心を。それに、犯人の察しはもうついているんで」

テーブルに動揺が走る。

「ど、どういうことだよ。てまりちゃんを殺した犯人がもうわかっているっていうのかよ」

満希はもったいぶって首を振る。

「いや、まだ確証はありません。もう少しだけ調べてみないことには何とも」

「チッ、なんだよ。さっさと犯人を特定してくれよ。じゃねぇと、安心してトイレにも行けやしねぇじゃねぇか」

「あのぉ、おれ、一応、死んじゃったんですけど、そっちの心配ってしてもらえないやつですか?」

場が和むようにと冗談を言ったつもりだったんだけど、恐ろしいほどに空気は凍り付き取り返しのつかない一言を放ったことを即座に後悔した。だめだ、冗談の限度がわからない。


「さて、みなさん。ここからいったん解散とさせていただき、午後6時より夕食とさせて抱きます。その後は、月光の集いの2夜目恒例の奥様による一人芝居を3階の月光劇場にてご覧いただきます」

「おお、明さんの芝居が今回も見られるのですなぁ。それは楽しみだ」

権田が嬉しそうにつぶやく。人が一人死んでいて、今も殺人鬼がこの中にいるかもしれない状況にみんな慣れてきているのか。それとも、麻痺してきているのか。いずれにしても、良くない状況であることは間違いないのだが、満希の方は相変わらずケロッとした様子だ。

三々五々に部屋に引き上げていく参加者たち。

「満希、俺たちも部屋に戻ろっか?」

「おう」

そう言って、俺たちも部屋に向かうホールの階段を登ろうとしたところだった。

「お二人さん、ちょっと良いかな?」

話しかけてきたのは権田だった。

「あ、はい。どうされたんですか?」

きょろきょろとあたりを見回す権田。

「すまん、ここでは少し話しづらいから私の部屋に来てもらえないかな」


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