73、白い蜥蜴の生態
クラッシュ、ヴィデロ、マック、『リターンズ』を連れてセイジが跳んだ先は、洞窟型のダンジョンだった。
岩に着いた青いヒカリゴケで、さほど周囲は暗いと感じない。足元もしっかりとしているので、戦闘時に苦戦することもなさそうだった。
セイジが率先して進んでいく。その後ろをクラッシュが歩きながら、時折周りにある素材に手を伸ばしていく。
後ろで雑談しながら足を進めるメンバーに苦笑していたセイジは、ふと気配を感じて、注意を促した。
ここではどんな魔物が出てくるのか。
「ここではどんな属性のやつが出てくるのかな。楽しみだぜ……スライム以外」
陽炎の呟きに、セイジが苦笑する。
その呟きで、ダークスライムのいる神殿に『リターンズ』も挑戦したんだということに気付いたセイジは、「頼もしいね」と口角を上げた。
途端に目の前に飛び出してくる、岩。壁から剥がれる様にして飛んできた岩は、岩のような外見をした、蜥蜴の魔物だった。
ガキン、と硬い音がして、クラッシュが岩蜥蜴の攻撃を防ぐ。「耐久値が」というクラッシュの呟きに力が抜けそうになるが、魔法陣を描こうと振り向いたところで、セイジはとんでもない光景を目にした。
『ゴハン』
岩蜥蜴に、白い蜥蜴が飛び掛かり、パカっと口を開けてその岩に噛み付いた。
「リザ! そんなもの食べるんじゃありません! お腹壊しちゃうだろ! 石ならキラキラのやつまた買ってあげるから!」
慌ててリザを止めようとするエリモにちらりと視線を向けつつも、リザはバリバリゴリゴリと凄い音をさせながら、岩蜥蜴を咀嚼し、小さな細い舌で口の周りをぺろりと舐め、ケフっと可愛らしく息を吐いた。
その場にいた全員が、呆気に取られていた。それはセイジもしかり。
『リターンズ』の面々も呆然としていたことから、この白い蜥蜴が魔物を食べるとは思っていなかったらしい。
リザは食べ終わると、周りを見回して『オイシイノホシイ』とねだっていた。魔物はまずかったのか、とセイジはちょっとだけ肩を揺らした。
「いったいどんな身体の作りをしてるんだよ」
笑いながらセイジがリザに突っ込むと、隣でエリモがリザの喉を指で撫でた。
「聖地で生まれた聖獣の赤ちゃんなんだってよ。そのうち育てば話し出すって言われてて、ついさっき言葉を発し始めたんだ。可愛いだろ」
「まあ、可愛いけどな・・・・・・あの硬い魔物を食っちまうなんてちょっと怖いな」
「確かにな。どんな顎してるのやら。でもな、魔物を食ったのって、さっきが初めてなんだわ。好き好んで石は食ってたんだけど。まあ、俺らのことは食わねえよ」
な、とエリモが声をかけると、リザが『ネ?』と返す。意味が解っていなさそうなのがまたおかしかった。
次に現れたのは甲虫型の魔物だった。
姿を見せた瞬間ヴィデロが走り出し、一刀両断する。
そのスピードと攻撃を見て、セイジが口笛を吹いた。流石アルに認められただけはあるな、とセイジが声をかけると、ヴィデロは肩を竦めて「魔物が弱いだけ」と返してきた。
その後は、甲虫と岩蜥蜴が集団で襲ってくるも、特に苦戦することなくスムーズに進んだ。
リザが岩蜥蜴を食べるのは、思った以上に戦力になった。敵の勢力の約3分の1がリザの腹の中に消えたことになる。
「ダメだ、岩蜥蜴が食料にしか見えなくなってきた……」
誰かの呟きに、全員が声を上げて笑った。
何より面白かったのが、いつの間にやら聖魔法を身に着けたマックが魔法を放つ度、リザがその魔法を浴びに行ったことだ。最初は皆が焦っていたが、気持ちよさそうにするリザに毒気を抜かれ、後半ほぼリザのためだけに聖魔法を放っているような状態になっていた。
いつもよりも和やかな雰囲気のシークレットダンジョンには、セイジも苦笑する以外なかった。
苦も無くボス魔物のいる場所の手前に到達する。
セイジはほぼ見ているだけ、魔法陣魔法すらサポート以外放つことはなかった。
壁の向こうには、大物がいる気配が感じられる。
足を止めた一行は、ボス戦前に、と回復を始めた。
クラッシュも自前のマジックハイポーションを飲んで、MPを回復している。
このダンジョンに入って目を瞠ったのは、クラッシュの強さだった。
前よりもさらに力をつけたクラッシュは、辺境で活躍する異邦人にも引けを取らない技術を身に着けていた。
「クラッシュ、あんな剣に魔法を纏わせる戦い方、どこで覚えたんだよ」
「あれは、ヴィルと一緒に各街の図書館巡りをしていたら、昔の文献に載ってて。使ってみるとすごく攻撃力上がるんですよ。魔法に弱いタイプにはてきめんで。でも剣の耐久値がめちゃくちゃ減るんですけどね。だから普段は使わないことにしてます。剣が勿体ないし」
勿体ないというクラッシュに、セイジは声を出して笑った。
それと同時に、ここに立っているのは、エミリの息子であるクラッシュではなく、一人前になり、相応の強さを身に着けた一人の男だということに思い至った。
いつもの癖でクラッシュの頭に手を伸ばしそうになり、ふと、躊躇う。一人の男としてここに立っているクラッシュに、安易に子供扱いするのは躊躇われた。
皆の能力を魔法陣魔法で底上げしていると、マックが好奇心いっぱいの目でセイジを見上げていた。
「セイジさん、今の魔法陣の右下のワードってなんて書いてあるんですか?」
魔法陣魔法を見ていたらしい。セイジが教えると、マックは試しにとばかりに真似して宙に魔法陣を描いた。でも単語のスペルを間違い、魔法陣が霧散する。がっくり肩を落としたマックに、セイジは冷静に間違い個所を訂正した。
それよりも気になるのは、マックの聖魔法。廃れたはずの聖魔法、しかも高位の魔法をかなり使っていたことに驚かされる。
そのことを指摘すると、マックはにこやかに、腰に差した短剣を抜いた。
その短剣は、前にマックと共に向かった昔の研究者の所にあった物で、でも少しだけ変わっている。
よく見せてもらおうと思った瞬間、短剣に触れちゃいけないような感覚に襲われ、セイジは顔を顰めた。
「この短剣、前にセイジさんたちと一緒に行った研究者の場所にあった物なんですけど、俺もともと魔法とかあんまり使えなくて。だからこの短剣がないと聖魔法が発動しないんです」
「前とちょっとだけ違うみたいだな」
「聖剣の宝玉をつけたら聖短剣になっちゃいまして。『ルミエールダガールーチェ』っていう名前なんです。希望の光を意味する」
「ルーチェ、ねえ……」
久しぶりに聞くその単語に、セイジが苦笑する。
希望の光。本当にその通りだったらどれだけよかったか。苦い思いが沸き上がるが、セイジはそれを顔に出さずにそっと呑み込んだ。
もう一つオーブをそろえて、本当に希望の光として、あの地に立ちたい。ここは、求めていた物があるだろうか。
今までの行程から、多分違うだろうな、と半分あきらめにも似た気持ちを抑え込む。クリアオーブが出てくる場合は、途中の魔物もかなり苦戦を強いられていた。ここは、苦戦どころじゃなく、温い。
一緒に来た者たちが強いから苦戦しなかったのかもしれないが、それだけじゃない何かが決定的に違っていた。
「さて、休憩もしたし、行くか」
セイジが皆を促すと、隣にいたマックが、フッと視線を下にして、小さな声で呟いた。
「蘇生薬、出来ました」
今日伝えたかったことは、それらしい。
たった一言トレの街で伝えれば、ここまでついてくることなかったのに、とセイジは不意におかしくなった。
「そうか。じゃああとは、俺だけか」
クリアオーブあと一つが、近くて遠かった。




