亀の甲羅の中にポーションを
~前回のあらすじ~
シーダイルが南の島へと向かっている。
「クルトくん、まだここにいるのかい?」
そう問いかけたのは、近くの診療所に勤めているお医者さんの奥さんだった。
もう70歳近いのに、生涯現役を貫き、看護師として働いている。
「はい……もう少し……ここに居させて頂いてもよろしいでしょうか?」
僕はそう言うと、お婆さんは「いいよいいよ。なんたってクルトくんはこの島の恩人だからね」と言って、部屋から出て行った。
恩人? 僕が恩人?
『ありがとう』
多くの人から言われた言葉が僕の胸を締め付けた。
父を殺し、妹の命綱を絶ってしまった。
そのため、奴隷となり、誰よりも苦しみ生きていく決意をした僕が誰かを救い、誰かに感謝される。
皮肉な結果に、僕は涙を流し、嗚咽を漏らした。
誰もいなくなった救護室。
ここで寝ていた人達は、僕の作った解呪ポーションと、僕を購入した御主人様が用意した通常のポーションにより、完治に至った。
死にそうになっていた人も、褥瘡の治療まで終え、今では畑作業に勤しんでいるという。
……僕の罪は決して消えない。父を殺し、妹を死へと誘う結果をもたらした僕を、僕は決して許すことはできない。
だから、喜んではいけない。
ありがとうと言われても微笑んではいけない。うれしいと思ってはいけない。
なのに……なんで胸に喜びがあふれてくるんだ。
(消えろっ! 消えろっ! 消えろっ!)
僕は自分の胸を大きく叩いた。痛みで嗚咽を漏らす。
僕は幸せになってはいけない人間なんだ。
そうだ、仕事を……仕事をしないと。
ご主人様から貰った薬の材料はまだまだたくさんある。
コメットさんが育てた薬草も、蒸留水の残りもまだまだある。
だから、ポーションを作ろう。
僕は立ち上がると、家へと戻っていった。
途中で畑を耕す男の人が僕に向かって手を振って、「クルト様、ありがとうよぉ」と言った。
また胸が苦しい。
僕は……僕は……一体何をしたいんだ。
海の家と御主人様達が呼ぶホームに戻ったとき、そこにルシル様と、確か、あの時メアリさんと一緒にいた人がいた。
マユさんだったっけ。
「……本当に行くの?」
ルシル様がそう問いかけた。
「いいのよ。魔石を貰ったから転移くらいは……でも……ううん、そうね」
ルシル様が一人で話しているように見えるが。確か、マユさんは話すことができないかわりに、指輪を使って思念の交換ができるらしい。
マユさんは歩いていくと、覚悟を決めた様子で海の中に飛び込んだ。
え?
海の中に入ったマユさんの足が、魚の下半身へと変わっていた。
伝承で聞いたことがある。
人魚……マユさんがそうだったんだ。
「マユさん……人魚だったんですね」
「そうよ……人魚なのに、人間を救うために海に還ったの」
「え?」
ルシルは語った。
もうすぐ、この島にシーダイルの群れが現れる。
北の海岸にはタラさんとコメットさんが向かったが、それでも上陸すれば犠牲者が出るらしい。
だから、マユさんは、魚の魔物の友達がいっぱいいるので、魚の魔物と一緒にシーダイルと戦うんだという。
「え? それって……」
「それが彼女の決めた覚悟なの」
「そんなの間違ってます! 死んだら……死んだら何も残らないじゃないですか!」
「死んでも残るものはあるわよ……私のお父様が死んでも、私が残ったように……彼女もきっとこの島に残したい何かがあるのよ」
ルシルが遠い目で言う。
でも、ダメだ。やっぱり、人が死ぬっていうのはダメだ。
僕はマユさんに死んで欲しくない。彼女が死んだら、僕はきっと彼女の犠牲の上で生きることができない。
何か、何か、何か……
「そもそも、なんでシーダイルはこの島に集まっているんですか!」
「北の海で一角鯨が暴れていたの。山のような巨大な鯨。その鯨から逃げてきたのよ。その一角鯨もコーマ達が倒して、巨大な肉の塊と石に姿が変わったわ」
「……魔物のドロップ……ルシル様、アイランドタートルも魔物なんですよね」
「ええ。そうよ。だから北の島には魔物が来ないの」
「もしかして」
荒唐無稽と笑われるかもしれない。でも、僕はその可能性に賭けたい。
その可能性があったとしても僕の腕で……
いや、やるしかないんだ。
僕は作業場から蒸留水の入った瓶と薬草の粉を取り、薬草の粉を瓶の中に入れていく。
「アルケミー!」
そう叫ぶ。徐々に蒸留水がポーションへと変わっていく。
その間に……どこにこれを使えばいいか考えないと。
「……ルシル様、あの穴はなんですか?」
「コメットちゃんが空けた穴よ。もともと岩が刺さってたんだけど、雷の杖の実験をしたとき、岩が砕け散ったの」
……もしかして!
僕は瓶を握り、力を込めながらその穴へと走って行った。
穴を除くと、中は暗くてよく見えない。
断面が土、亀の甲羅となっている。そして、その奥は……きっと。
これに賭けるしかない。
その時、ポーションが完成した。
僕はポーションを穴の中へと注ぎ込む。
……僕はこれに賭けるしかない。
アイランドタートルはまだ死んでいない。
魔物は死んだら光となって消え、ドロップアイテムを残す。
じゃあ、アイランドタートルはどうなのか?
もしかしたらアイランドタートルは死んでいないんじゃないのか?
仮死状態。
そんな可能性を考える。
いや、荒唐無稽だと思う。そもそもアイランドタートルが死んだのは何百年も昔だと聞いた。
何百年も仮死状態なんて……食事もせずに……そんなことが。
「でも……それでも……」
亀の甲羅がドロップアイテムだというのなら、亀の甲羅の中は空洞のはずだ。
だが、甲羅の奥に何かがある。暗くてよく見えないが、空洞ということはない。
きっと――きっと――
(ドクンっ)
鼓動を感じた。
わずかな鼓動。
だが、それは――
「クルト! どいて!」
ルシル様もその鼓動に気付いたようで、懐から一本の薬瓶を取り出し、一滴垂らした。
すると――甲羅がみるみるうちに塞がっていき、
遠くから、獣の鳴き声が聞こえた。
※※※
ボートの上でもその鳴き声は聞こえた。
それがアイランドタートルのものだとすぐにわかった。
「コーマさん! あれ!」
「ああ、島の守り神の復活だ」
索敵スキルでもアイランドタートルが復活したことがわかった。
そりゃ、鑑定スキルでもドロップアイテムとしてアイランドタートルの甲羅が表示されなかったわけだ。まだ死んでいなかったんだから。
そして、前方ではアイランドタートルの首が海面から現れ、雄叫びをあげた。
同時に、南の島へ向かっていたシーダイルがユーターンして海の中に潜って行った。
通信イヤリングが揺れる。
ルシルからだ。
そして、俺は何があったのか、彼女から聞かされた。
「そうか……クルトのやつか」
思わぬ救世主の出現により、ようやく蒼の迷宮35階層は平和に……
(コーマ様! 大変です!)
その思念が海の中から届けられた。
海面からマユが顔を出した。
大変って、シーダイルのことを言っているのか?
と思ったが、どうやら違うようだ。
(アイランドタートルの奥さんが、夫が生き返ったことを喜び、こっちに向かってきています)
アイランドタートル二匹が近付くのか……なら、今後定期船とかも距離が短くて楽になるな。
(一緒になろうと……その……アイランドタートルの)
マユはとても言いにくそうに……本当に言いにくそうに告げた。
(アイランドタートルの交尾はとても激しいので、このままだと南の島にいる人全員が海に落とされます!)
え……えぇぇぇぇぇぇぇっ!
その後、3時間かけて二匹のアイランドタートルをマユが説得。
なんとか最悪の事態だけは避けられ、蒼の迷宮35階層に平和が訪れた。
アンケートの締切りは25日の23:59までです。
集計ののち、活動報告にて結果を発表します。
次回の更新は26日の12時予定です。




