ゆく年くる年
年越しそば
「ねぇ、コーマ。年越し蕎麦って、なんで食べるか知ってる?」
年の瀬。
ルシルがそんなことを言い出した。
日本人の俺に対し、日本の知識で挑戦してくるのか?
「細く長く生きれるように、だろ? 日本人としては常識だな」
俺はできるだけドヤ顔にならないように意識がけ、さも当然のように言った。
「うん、他にも蕎麦はすぐに切れるから、悪い縁が切れるようにとか、蕎麦を打つっていうのが相手を討つみたいな意味があるんだけど、私が言いたいのはそういうことじゃないのよ」
そういうことじゃなかったらしい。
しかも、俺の知らない意味を教えてもらった。ドヤ顔をしなくてよかったと思う。
「じゃあ、どういうことだよ」
「たぶん、蕎麦って、労いの意味だと思うのよ。ほら、引っ越し蕎麦だって、引っ越しで疲れた人に振舞われるでしょ? それと同じで、今年一年お疲れ様って意味で蕎麦を食べるんだと思うのよ」
なるほど、ルシルにしてはとてもいい説だ。
確かに、蕎麦は胃に優しい。
ここ最近、疲れることがいっぱいあった。
なるほど、ルシルは俺を労いたいのか。
「よし、逃げるか」
「ちょっと、コーマ! なんで逃げるのよっ!」
「このパターン、最初からわかっていたよ! お前の料理は昨日食べたばかりだ! 昨日の夜、三途の川の向こうでエントとドリーが嬉しそうに手を振っていて、あいつらあっちで幸せにやってるんだなって思ってちょっと嬉しかったという経験をしたばかりなんだ」
「嬉しかったのならいいでしょ!」
「よくねぇよ。生死の境を彷徨ったって言ってるんだよっ! そして、やっぱりそうだよな。俺を労いたいとか言って蕎麦を打ったんだなっ!」
「打ったわよっ! 会心の出来よっ!」
「会心じゃねぇ、痛恨だ! お前の料理は俺にとっていつも痛恨の一撃だ!」
そして、わかっているんだ。
細く長い蕎麦。
それが料理になったらどうなるか? 俺の予想だと、蛇だ。
蛇に違いない。
現れたのは、無数の蛇で出来上がった球体だった。なぜか中央には巨大な目がある。
よし、蕎麦ゴルゴンと名付けよう。
ってそれどころじゃない。
「どう、コーマ! 私が打った蕎麦は! 最高の――」
突如、蕎麦ゴルゴンの目が光ったと思うと、ルシルの体が石になった。
信じられない――ルシルが料理に襲われるだなんて。
いままでの料理は、なんだかんだいって生みの親であるルシルだけは襲わなかったのに。
愛するルシルが石になってしまったという絶望感よりも、俺は恐怖が先に立った。
「くっ!」
俺は部屋を飛び出した。
気配で、後ろから蕎麦ゴルゴンが追ってきているのがわかる。
なにか、なにかあいつを止める方法はないか!?
その時、廊下を歩いてきた一人の少女――メディーナがいた。
元祖、相手を石にする系少女だ。
「メディーナ! 俺を追ってくる奴を石にしろ!」
「えっ!? わかり――」
「『わかりました』か、『わかりません』かわからんが、いきなり石になるなよっ!」
雪女が凍ってしまうみたいなオチはやめてくれ。
くそっ、メディーナでもダメか……このままでは魔王城が壊滅だ。
年越し蕎麦のせいで、年を越せずに壊滅とかシャレにならないぞ。
このままでは魔王城が壊滅だ。
なにか、なにかないか?
そうだ、ゴルゴンを倒すにはあれを使えばいい。
俺は鞄の中から水銀の入っている試験管と錫を取り出す。
この錫、とても懐かしい。コメットちゃんと融合する前のグーが拾ってきてくれた錫だ。
これを使わせてもらう。
「アイテムクリエイト」
試験管の中の水銀と錫が融合し、水銀アマルガムとなった。
そして、空になった試験管は当然ガラスでできているから、
「アイテムクリエイト」
とさらに唱えると、水銀アマルガムとガラスが融合し、
巨大な姿見となった。
「どうだ! これならっ!」
ゴルゴンは自分の目を見て、自分が石になってしまう。
そう思ったんだが――
「なっ!?」
鏡が一瞬にして石になり、崩れ去った。
嘘……だろ?
崩れ落ちる石の向こう側に、こちらを見る一匹の蕎麦ゴルゴンの姿が――
※※※
「ん?」
俺はゆっくりと目を覚ます。
あれ? 俺、なにをしていたんだ?
「コーマ、大丈夫?」
「ん? あぁ、大丈夫だ。あれ? なんで俺、立ったまま寝ていたんだ?」
「覚えていないの? 私もコーマもメディーナも、ううん、魔王城にいる全員石になってたのよ」
「っ!? 思い出した。そうだ、蕎麦ゴルゴンにやられて――あれ? ルシルが治療してくれたのか?」
「ううん、そうじゃないの。勝手に石化が解けたの」
「勝手に?」
「うん、年を越したから。明けましておめでとう、コーマ」
どういう理屈かわからないが(ルシル料理を理屈で考えようとするのは最初から間違えているが)、蕎麦ゴルゴンの石化は年を越すと解けるらしい。
「あぁ、ひどい目にあったな。ほんとうにもう疲れ――ん? そういえば全然疲れがないな」
俺は肩をまわす。とてもスッキリしていた。
「当然よ。あの年越し蕎麦の力は疲れを取る目的で作ったんだから。あの目を見たとき、体の凝りとかが表面に浮き上がって石化する仕組みなのね」
「そんな当然、俺は知らない……ところで、あれ? 蕎麦ゴルゴンはどこにいったんだ?」
「知らないわよ。私が目を覚ましたらいなくなっていたんだから」
そうか、いなかったのか。
あいつは年越しの化身――きっと年末になると、どこかの町に現れては人々の疲れをとっていくのだろう。
感慨深げに俺はそう締めることにした。
「ところで、コーマ。年が明けたら御節よね」
「いや、郷に入っては郷に従えというし、日本の文化に拘る必要はないかなって思うんだけど。それに、お前も石化解けたばかりだし、御節を用意する暇なんてなかっただろ」
「やーね、コーマったら。御節は年末に用意するに決まってるじゃない」
そうだよな。
つまり、ルシルの後ろにいる五段重ねミミックは幻覚ではないということだ。
さて、今年も死なないように頑張るかっ!
お久しぶりです。
急に思いついたネタです。




